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自衛隊空母『あまぎ』戦記  作者: 高本五十六
18/32

第一六話 戦闘と戦争

8月2日 12時30分


「『せとゆき』と『やまぎり』は艦隊を離れ、宮古島へ帰還しました」

「自衛のための戦闘とはいえ、潜水艦一隻、150名もの命を奪ってしまったことは、何とも言えませんな」

「今後下手に敵を刺激するような戦闘は控えるように、『あまぎ』護衛隊群に伝えろ」

官邸の危機管理センターでは、自衛隊が戦後初の戦闘で相手に死者を出したことについて、今後の対応を話し合っていた。

「・・・このことはいずれ国民にも話さなくてはいけません。記者会見の準備をしておきましょう」

「しかし総理。このタイミングで記者会見を開くのはどうかと。自衛隊に死者が出たこと。そして自衛隊が戦闘で相手側に死者を出してしまったことは国民には衝撃が強すぎるかと思います。下手に対応を間違えば、政権が吹っ飛んでしまいます」

記者会見を開くことには消極的な閣僚が多かった。責任を問われることを恐れてのことだろう。

「政権のダメージはいくらでも直せます。しかしこの日本という国を直すことはそう簡単ではありません。このことはいずれ国民に知ることとなるでしょうから、その時に国民の信頼を失ってしまえば、それこそ終わりです。現場の自衛官達のためにも、国民の理解と支持を失ってはいけません」

現場の自衛隊が命を懸けているのに、自分達政治家が逃げ出すわけにはいかない。佐藤が自衛官から政治家を志したのも、現場の自衛隊のためでもあったのだ。

「総理の仰る通りだと私も思います。防衛省側も会見の準備をします」

「よろしくお願いします。井之上大臣」

盟友でもある井之上の助け舟にはいつも助けられる。現場で日本を守るために犠牲となった自衛官達、そして『あまぎ』を守るために盾となった『やまぎり』の瀬戸内艦長の思いを無駄にしてはいけないと、佐藤は思った。


「自衛艦隊司令部からです。『今後の外交交渉に影響する戦闘は、極力回避されたし』。以上です」

国連で安保理が開かれたことを考えてのことだろう。と佐々木は思った。

「『戦争』への拡大は防げ、ということか。・・・一体どこからが戦争なのか?」

「我々自衛官のみならず、平和に暮らす一般国民に被害が及ぶ時、それが『戦争』だ」

西島が答えた。

「・・・艦長、ちょっとよろしいですか?」

佐々木はCICから西島を連れ出し、周りに自分たち以外に誰もいないことを確認すると口を開く。

「・・・一つだけ、お前に聞きたいことがある」

西島のことを「艦長」ではなく「お前」と言う佐々木。立場上、西島が上官であるが、佐々木と西島は互いに防大での同期であったため、二人きりの時は敬語を使わずに話す。

「何だ?」

「東亜国の潜水艦を撃沈するとき、何のためらいもなかったのか?」

自分たち自衛官にも親もいれば家族もいる。それは相手側も同じはず。潜水艦一隻を沈めてしまえば、どれほどの人たちが悲しむことになるか。

「沈めなくても、対潜弾で追い払うこともできたんじゃなかったのか?撃沈する必要があったとは俺には思えない」

「佐々木、戦闘に私情を挟めば、指揮と判断に鈍る。あそこで撃沈しなければ、5人以上の死者が出ていただろう。『撃たれる前に撃つ』。それが戦いの鉄則だ」

「だが、瀬戸内艦長が重傷を負ってまでこの『あまぎ』を守ったのは、そんなことを望んでのことじゃなかったはずだ」

「違う。瀬戸内艦長が守ろうとしたのは、平和に暮らす国民の命だ。国民に誰一人として戦争犠牲者を出してはいけない。瀬戸内艦長と高嶋艦長もそう望んだはずだ」

国民に誰一人として戦争犠牲者を出してはいけない。佐々木も同じ思いだからそれは理解できる。しかし、

「司令部から『今後の外交交渉に影響する戦闘は極力避けろ』と来たが、今度また同じ状況になったら、またためらいなく引き金を引くのか?」

「それで国民を守れるのなら、俺はためらわない」

それだけ言うと西島は踵を返した。佐々木には見向きせずに速足で通路を進む。

(この国と国民を守って死ねるのなら、自衛官として本望だろう)

以前、防衛出動が下令される前の西島の言葉を思い出す。

「西島・・・」

通路を進んでいく西島の背中が、佐々木にはひどく孤独に見えた。


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