第一二話 防戦(魚雷戦)
8月2日 10時15分
防衛省 中央指揮所(CCP:Central Command Post)
「『あまぎ』護衛隊群は東亜国側の妨害を受けながらも、先島諸島への航海を順調に進めています」
防衛省情報本部に所属する倉木香織一等陸尉が、陸海空各自衛隊の幕僚長に状況を説明していた。支給され始めた陸自の新制服に身を包んだ香織は「クールビューティー」という言葉が似合う女性幹部自衛官で、25才の若さであったが防衛大学校を首席で卒業し、緊急に処理を要する情報及び外国軍隊の動向に関する情報の収集・整理並びに統合幕僚長、各自衛隊に対する直接的情報支援を行う統合情報部の所属であったが、最年少での一尉への昇進を含め、いずれは情報官となることを約束されるなど情報本部でも一目置かれる存在であった。
「東亜国海軍潜水艦による攻撃を『あまぎ』が受けたと聞いているが」
「群司令の梅津海将補を含め多数の負傷者が出ましたが、航行に支障はないとのことです」
海上幕僚長の厚木海将の質問に香織は答えた。
「『あまぎ』護衛隊群以外の部隊の状況はどうなっている?」
陸上幕僚長の伊丹陸将が質問する。
「初動で沖縄の第15旅団が動いていて、旅団隷下の普通科連隊、偵察隊、飛行隊が宮古島に到着しています。占領された石垣島と与那国島の奪還部隊も、随時移動中で今日中には所定の目的地へ到着する予定です」
「島嶼部での作戦だと即応性が求められる。普通科部隊を基幹部隊とした戦闘団編成で対応させる必要があるな」
「はい。機甲科と特科は必要最小限の編成で十分だと思います」
続けて航空幕僚長の入間空将が言う。
「築城のF-2戦闘機に対地・対艦装備を爆装させ、待機させる必要があるな」
「対地攻撃にはJDAM(Joint Direct Attack Munition:統合直接攻撃弾)による精密誘導爆撃が適しているかと思います。万が一民間居住区を誤爆するようなこととなれば、自衛隊の存亡に関わってきます」
「倉木一尉の言うとおりだ。特戦群(特殊作戦群)を先行させ、空爆目標を特定させよう」
伊丹が言う。湾岸戦争やアフガニスタンにおけるタリバン・アルカイダ掃討作戦においても空爆のターゲットを特定し、爆撃を誘導したものグリーンベレーやSAS(英陸軍特殊空挺部隊)などの特殊部隊だった。ハイテク兵器が発達した現代戦においても重要な存在は特殊部隊を含めた「歩兵」なのだ。
「いずれにせよ今の時点では東亜国海軍北方艦隊以外の、かの戦力が不明だ。我の戦力を投入するにも、もっと正確な情報が必要だ」
厚木の言葉に、伊丹が同意する。
「そうだな。この作戦には陸海空自衛隊の統合運用が重要となる。そのための情報収集を徹底させるよう、西部方面総監の村井陸将に今一度伝えよう。倉木一尉、よろしく頼む」
「分かりました」
香織は敬礼し、支給品のパンプスの足音を響かせてその場を去る。
「こちら『エコー1』。スクリュー音探知!深度400、『あまぎ』を攻撃した潜水艦です!!」
哨戒ヘリ『SH60K』からの報告を聞き、汎用護衛艦『せとゆき』艦長の高嶋一等海佐は眉に皺を寄せた。
「おいでなすったな」
「方位190、距離8000。速力15ノットで、真っ直ぐ本艦隊へ向ってきます!」
「こいつはまた撃ってくるぞ」
高嶋の言葉にCICにいる隊員全員が振り返る。
「対潜戦闘用意!アスロック、データ入力!!」
「・・・艦長。東亜国の潜水艦に本気で魚雷を?!」
若いソナー員が訊く。
「俺だってできれば撃ちたくない。だが、撃たなければ『あまぎ』が今度こそやられる」
『あまぎ』を守る盾はイージスだけではない。守るためなら覚悟を決めるしかない。
「対潜戦闘用意!アスロック、データ入力。目標、敵潜水艦!!」
砲雷長が復唱する。哨戒ヘリとのデータがリンクされていて、敵潜水艦のデータを入力された対潜ミサイル「アスロック(Anti Submarine ROCket:ASROC)」を発射することができる。
『エコー1』からのデータをアスロックへ入力している、その時だった。
「敵潜水艦、魚雷を撃ちました!!」
ソナー員が声を上げた。
「『せとゆき』から『あまぎ』へ!敵潜水艦が魚雷を発射。数、4本!!」
『せとゆき』からの報告を受け、『あまぎ』艦内に衝撃が走る。
「『あまぎ』各員、および各艦へ。対潜戦闘!魚雷を回避、一発も被弾するな!!」
西島より命令が下る。
「副長、操艦を頼む」
「了解!」
佐々木が答えると、「魚雷に正対!取り舵いっぱい!」と命じた。
「取り舵いっぱい」
操舵員が復唱する。
「デコイ、発射!」
続けて佐々木が命じる。『あまぎ』のスクリュー音に酷似させたデコイ魚雷を発射すれば、敵魚雷は攪乱される。その隙に時間が稼げ、アスロックで仕留めることができれば被弾は免れる。
『あまぎ』よりデコイ魚雷が放たれた。『あまぎ』と同じスクリュー音を響かせて、敵魚雷とすれ違う。デコイ魚雷の放つスクリュー音に引っかかった敵魚雷が方向転換し、デコイ魚雷の後を追う。
「敵魚雷、デコイにかかりました!『やまぎり』よりアスロック発射!!」
『あまぎ』CICからの報告を、艦橋にいる佐々木も聞いた。
(これで魚雷から免れる)
そう思った時、
「『いかり』から『あまぎ』、敵潜水艦がふたたび対艦ミサイルを発射!数、4発!!」
「ミサイルだって?!」
佐々木は驚愕した。敵潜水艦はデコイで魚雷を攪乱することを読んでいた。その隙を突いて、またミサイルで攻撃してきたのだ。
「『いかり』、迎撃ミサイルを発射!3発を撃墜するも、1発が『せとゆき』へ向かう!!」
佐々木が『せとゆき』のいる方向へ目を向ける。
「高嶋艦長!!」
佐々木は思わず叫んだ。
迫りくるミサイルを、『せとゆき』は必死に迎撃しようとするが、敵ミサイルは掻い潜ってくる。
「敵ミサイル、本艦に向かって突っ込んでくる!!」
「チャフ、発射はじめ!!」
「間に合わない!!」
高嶋が命じる。
「総員、衝撃に備えー!!」
全員が頭を下げ、身構える。次の瞬間、激しい爆発音とともに激しい衝撃が襲った。
「『せとゆき』、被弾!!」
『せとゆき』にミサイルが着弾する瞬間を、『あまぎ』にいる佐々木にも見えた。
「『せとゆき』は無事か?!」
佐々木が叫ぶ。
「右舷ウィング後方に被弾したようです!沈没の気配無し!」
沈む心配がないことに安堵するが、おそらく艦内では負傷者が出たはずだと思い、佐々木は高嶋達の無事を祈った。
「敵魚雷1本、本艦に向かってきます!!」
佐々木は慌てて双眼鏡を見る。敵魚雷の1本が『あまぎ』に向かってくるのが見えた。
「マスカ―開始!取り舵いっぱい!!」
艦の周りを泡で包囲し、船体から出る音を遮断すれば、魚雷を回避できる可能性がある。
『あまぎ』の艦底から細かい泡が放たれ、みるみるうちに周りを囲った。
しかし、敵魚雷は確実にすぐそこまで近づいていた。