第十話 被弾
東亜国海軍の潜水艦発見と対艦ミサイルの接近の報は『あまぎ』の艦橋にも届き、隊員達はざわついていた。
「『あやなみ』、『あすか』!ミサイル迎撃を」
佐々木が命じようとするが、すぐにCICにいる西島に遮られた。
「駄目だ、間に合わない!砲雷長、対空戦闘用意!チャフ発射、CIWS(Close In Weapon System:近接防御火器システム)で対応!!」
電波を反射するアルミ箔を空中に散布すれば、敵のレーダーが妨害され、ミサイルの誘導が狂う。その隙をついてミサイルや航空機を至近距離で迎撃する20mm機関砲CIWSで撃ち落とす。日本の海上自衛隊が採用しているのは米海軍で使われている「ファランクス」と呼ばれているタイプだ。
「対空戦闘!チャフ発射、CIWS攻撃始め!!」
砲雷長が命じた。
『あまぎ』の甲板に設置されているランチャーから、チャフが放たれ、銀色に光る無数のアルミ箔が空中を舞う。ミサイルが向かってくる方向に20mm機関砲CIWSの銃口が向けられる。
「目標、距離2500。まもなくCIWSの射程内です!」
艦橋に立つ佐々木は息を詰めるようにしてミサイルが向かってくる方向に目を向けていた。
「(射)てぇーっ!!」
砲雷長が命じ、CIWSの20mm機関砲が火を噴いた。
ヴオオオオォォォォーーー、と独特の発砲音を響かせて、迫りくるミサイルに対して20mm機関砲弾を放っていく。
機関砲弾が命中したミサイルが次々と空中で爆発して、破片が海上へと落ちていく。
「ミサイル一発、本艦に向かって突っ込んできます!!」
CIWSの迎撃を掻い潜ってきたミサイルが『あまぎ』に真っすぐ向かってくる。
「総員、衝撃に備え!!」
CICの西島と艦橋の佐々木が命じたのが同時だった。
その次の瞬間、激しい爆発音と共に艦全体が激しく揺さぶられた。『あまぎ』にミサイルが着弾したのだ。
「副長!大丈夫ですか?!」
何とか転倒を免れた佐々木に隊員が声をかける。
「大丈夫だ。他の皆は無事か?!」
「数名が負傷しましたが、命に別状はありません!」
死者が出なかったことに佐々木は安堵し、「負傷者を医務室へ」と命じた。そのとき、
「群司令が重傷を負った!早く医務室へ!!」
「群司令が?!」
佐々木は耳を疑った。「後を頼む」と言い残して艦橋を飛び出した。
「放水!」
「延焼防げ!」
「応援呼べ!」
様々な怒号が飛び交う中、佐々木は艦橋からCICへ向かっていた。そしてCICから担架に載せられ運ばれる梅津を見つける。
「群司令!」
佐々木が担架を持つ隊員に「何があった!?」と聞く。
「ミサイルの着弾の衝撃で、群司令が椅子から飛ばされて頭を打ちつけられました!」
梅津が佐々木に気づく。
「・・・副長、何をしている?早く持ち場へ戻れ」
「しかし・・・」
「早く行け!!」
佐々木は頷き、担架を持つ隊員に「群司令を頼む」と言って艦橋へと戻る。
警報音が鳴り響く中、『あまぎ』の医務室前の通路にはミサイル着弾の衝撃で負傷した隊員達で溢れ、阿鼻叫喚の地獄とも言える状態であった。
「しっかりしろ!絶対に助かる!!」
負傷した隊員の肩を支えて必死で励ます同僚。頭から血を流して床に座り込む隊員や、血が流れる腕を押さえてよろけながら歩く隊員もいる。
担架に載せられた血塗れの隊員を見て、詩織は足がすくんでしまった。
「久保士長、しっかりしなさい!!」
衛生科での上官である月船さゆり一等海尉に叱責され、「すみません」と謝り、負傷した隊員の手当てをする。
「応急長、被害の状況は?」
CICで西島は『あまぎ』の被害状況の確認をしていた。
「本艦の左舷後方にミサイルが着弾。被弾箇所で火災が発生して、弾薬庫と燃料庫への引火を防ぐべく消火作業を徹底させています。ただ、着弾の衝撃で電気系統に障害が起こっている可能性があり、最悪の場合、航空機用エレベーターが動かなくなる可能性もあります」
「すぐに確認を。戦闘機を飛ばせないとなると状況は厳しくなる」
敵戦闘機が飛んできても空で迎え撃つことができない。それは制空権が失われることを意味していた。
「分かりました。早急に取り掛かります」
「頼む」
ディスプレイに目を向ける。
「敵潜水艦の動きはどうか?」
「ソナーに反応なし。海域より離脱した模様です」
「・・・」
沈没は免れたが、東亜国側の攻撃で艦と人員共に被害を被った。
いつもは冷静な西島も、この時ばかりは表情が険しくなった。
「失礼します」
西島と佐々木が医務室に入ってくる。ベッドには頭に包帯を巻かれた梅津が寝かされていた。
「群司令、お怪我の具合は?」
西島が聞く。
「この通り頭をやられてしまってね、世界がグルグルと回っているよ」
梅津は笑って言った。
「群司令、先程は持ち場を放棄することをしてしまい、申し訳ありませんでした」
佐々木が深々と頭を下げる。
「もう良い、副長。私こそ心配をかけてしまってすまなかったな」
梅津は幸い命に別状はないと診断されたが、精密検査などの専門的な治療のため、輸送ヘリによって他の重傷者と共に宮古島への後送が決定された。
「このタイミングでの戦線離脱は司令官としては忸怩たる思いだが、この状態ではどうしようもない」
笑みが消え、真剣な表情で言う。
「西島一佐。『あまぎ』護衛隊群の指揮権を貴官に委譲する」
「はっ」
「副長、補佐をしっかりと頼む」
「了解しました」
西島と佐々木が敬礼する。
『あまぎ』護衛隊群の指揮権が西島に委ねられた瞬間だった。
負傷した隊員達の治療を終え、詩織は自分の両手を見つめていた。
血塗れになって負傷した隊員を目の当たりにして、すぐに手当てをしてやれなかったのが情けなくなってしまう。
「詩織」
高本が声をかけた。
「・・・」
高本を見て安堵するが、すぐに涙が溢れそうになって、彼の胸に顔を埋めるように抱きつく。そんな詩織を見て、彼女の気持ちを察して頭を撫でる。
「大丈夫。もう大丈夫だ」
詩織を安心させたくて声をかける。
「足がすくんでしまって、手が止まってしまったんです。高本三尉が言ってくれたのに、私は怪我した皆を助けようと、でもできなかった・・・」
「けど、それでも手当てをしただろ?詩織は十分に戦った。それでいいんだ」
高本の言葉に気が楽になるような感じがした。
高本も詩織が無事だったことに安堵していた。
そして二人はしばらくの間抱きしめ合った。