第99話 15歳のイングリス・天恵武姫護衛指令7
イングリス達は、校長室のミリエラ校長とセオドア特使の元を訪ねた。
手合わせはいいが、二人に話しておく必要があるとリップルが言ったためだ。
「手合わせですか? まあイングリスさんの事ですから、そう言い出すと思っていましたよお。予想通りですねえ?」
「よく生徒の事を理解している校長先生ですね」
と、セオドアが笑顔を見せる。
「ええ。これでもちゃあんと校長先生やってるんですから」
「クリスは普通の子よりすっごく分かりやすいと思いますけど――?」
「そうね……いつも同じこと考えてるし」
「ですわねえ」
「はははっ。イングリスちゃん、言われてるよ?」
「それより早く戦いたいです! いいですよね校長先生!? はやくはやくはやく……!」
イングリスの目はキラキラしたまま戻っていない。
「あははは……では、お待たせするのも可哀そうですから早速どうぞ。セオドアさん、アレをお願いします」
「はい。ではレオーネさん、これをどうぞ」
と、セオドア特使が取り出したのは、元々レオーネが持っていた黒い大剣の上級魔印武具だった。
使用者の意思に従い、刀身が伸長したり巨大化したりする奇蹟を備えている。王城に墜落しそうな空飛ぶ船を弾き飛ばした時に、イングリスが力を込め過ぎて壊れてしまったものだ。
「あ、これは私の……!?」
「はい。ベースは元々レオーネさんが使われていたものと同じですねえ」
「ベース?」
「ええ。見た目は同じですが、改良品です。元の奇蹟に加え、もう一つ――二つの奇蹟を搭載したスグレモノですよっ! 新技術です新技術っ♪」
「へぇ……」
「わぁ! いいなあ! レオーネ!」
「もう一つの奇蹟とは、どのようなものですの?」
「周囲の人間を異空間に転移させて、隔離する効果です! 前に言っていた、校舎を破壊しない、別空間跳躍タイプの安全対策ですね! 魔印の属性から、皆さんの中ではレオーネさん、あなたが使うのが適任です」
「急遽作成したばかりですので、空間の強度や効果時間などを確かめて頂きたいんです。訓練試合はその魔印武具の効果内でお願いします。結果に問題なければ、他の班の方にもお配りしますので」
ミリエラ校長に続き、セオドア特使が補足する。
「前に天上人の異空間に閉じ込められた時は、中で魔印武具が動作しなくなったんです。これは……?」
「もちろん、そんな事はありませんよ! 安心して使っちゃって下さい、レオーネさん」
「分かりました、やってみます!」
「じゃあレオーネ、今すぐやって。すぐすぐ!」
「ええっ!? ここで使うの?」
「いいですよ。私達も一緒に入って、魔印武具の動作を見たいですから」
「わかりました、じゃあ――」
と、レオーネは剣の柄を両手で握り締め意識を集中する。
「う……っ! くうっ……ちょっといつもと感じが……!」
「焦らなくていいですよ。慣れていない奇蹟ですからね? 息を大きく吸って、魔印の生み出す流れに身を任せて――」
「はい――」
ミリエラ校長に言われ、レオーネは一度深呼吸する。
呼吸と魔素の流れが整うと――黒い剣の刀身が、だんだんぐにゃりと歪み始める。正確には空間の歪みが発生して、刀身が曲がりくねったように見せかけたのだ。
「いいですよレオーネさん。そのまま続けて下さい」
「はい――!」
歪みが広がり、最高潮に達すると、もはや目の前は何も見えない。
それから視界が戻り始め――戻った時には、壁も縁も無い空間がそこに広がっていた。
「……できた!」
レオーネの言葉の通りだ。その部屋にいた七人全員が、異空間へと入り込んでいた。
「わ! 来たわね。ほんとに『試練の迷宮』とか天上人の魔術にそっくり!」
ラフィニアが周囲を見渡して言う。
ここは変な幻が出たり、魔印武具の効果が封じられる事はないようだが。純粋に隔離用の奇蹟という事になる。
「レオーネ、大丈夫? きつくない?」
まだ慣れないためか、少々辛そうである。
「だ、大丈夫――慣れてないだけだから。手合わせを始めていいわよ」
「分かった、ありがとう。ではリップルさん、お願いします」
「ん、分かった。ちょっと離れよっか? ミリエラ、流れ弾は防いでね」
「はぁい。空間の強度も確かめたいですから、始めはかるーい感じで行って、それからちょっとずつ強くしていく感じでお願いしますねっ」
「はい、校長先生」
なら――はじめは武器も飛び道具も無い格闘戦で。
イングリスは一度、掌を拳でバシッと打つと構えを取る。
「りょーかい、ミリエラ。じゃあイングリスちゃん、おいで!」
これ程真っ直ぐに手合わせしてくれるなんて、リップルはいい人だ。
アカデミーに来て貰う事を提案して良かった。
その上、まだ彼女の周囲に現れる魔石獣にも期待できるのだ。
「はい! 行きますっ!」
イングリスは地を蹴り、真っ直ぐ突進して拳を繰り出した。
小細工も何も無い真っ向勝負である。
「いいパンチだねっ!」
バチイィィィンッ!
リップルの掌がイングリスの拳を受けると、その場に高く音が響く。
空気が振動して震えるかのようだ。
「早いし、重いよっ!」
リップルの逆の拳も、イングリスを狙って飛んで来ていた。
バチイィィィンッ!
「そちらこそ、重い拳です!」
今度はイングリスが、リップルの拳を受ける。
そのまま、相手を押し込む力比べが始まった、
まだまだ小手調べだが、流石天恵武姫は凄い手応えだ。
お互いの力が拮抗して、動きが止まってしまう。
「ふふっ……!」
リップルがにやりとする。
「?」
ふさふさしたリップルの尻尾が、生き物のように動いているのだ。
けっこうな長さのあるそれが――
腕が伸び切って空いたイングリスの腋を、こちょこちょとくすぐった。
「ひゃっ……!?」
これは予想外。思わずビクッと身を竦めてしまった。
力が緩んだ瞬間、リップルはもう身を捻って、体のバネを溜めている。
「隙ありっ!」
鞭のようにしなる上段蹴りが、すぐ目の前だ。
このままでは当たる! ちょっとズルい気もするが、さすがだ!
「解除っ!」
超重力を自分にかけ続ける修練は、いつもの通りだ。
無論今もやっている。それを解くと――反応できないものにも反応できる!
イングリスは瞬間的に増した速さで、蹴りの軌道の外に身を運ぶ。
「うそぉっ!?」
当たると思っていたリップルが吃驚する。
イングリスは、すかさず再び突進。今度は拳の連続打撃を繰り出す。
「はああああっ!」
「やああああっ!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
イングリスとリップルの拳と拳がぶつかり合い、重い音が空気を震わせる。
「す、凄いですわ……! こんな戦いがあるんですのね――」
リーゼロッテは圧倒されて、思わずそう漏らしていた。
「でも、まだまだよ。二人とも、格闘だけだもん」
「……後学のために、よく見ておきませんとね――」
高速の拳の打ち合いは、超重力を解除した分イングリスがだんだん圧していた。
「えぇぇぇいっ!」
甘くなったリップルの腕の防御を押し退け、肩口を拳がとらえた。
「あっ――つうっ!?」
尻餅を着きつつ、リップルの体が後ろに吹っ飛ぶ。
だがすぐに体勢を立て直し、飛び跳ねるように起き上がる。
「やるなあ、イングリスちゃん――!」
「そちらも!」
拳に少し痺れが残っている。リップルの力が只者では無かった証だ。
「……じゃあ――そろそろ本来のやり方でやらせて貰うよ! ボク、本来肉弾戦の人じゃないからね?」
リップルはすっとイングリスに向けて手を伸ばす。
その掌に――金色に輝く筒状のものが現れる。
「――銃!?」
「そういう事♪」
と、リップルはにっこりと笑顔になった。
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