第88話 15歳のイングリス・天恵武姫の病9
「天上人側の都合――ですか」
ラファエルが表情を少し鋭くする。
「そうです、聖騎士殿。地上にもいくつもの国があり一枚岩ではないように、天上領にもまた思想信条の違いによる派閥があります。ですが一つの政体ではありますから、外からは少々分かり辛いでしょうね」
「つまり、これは大公派のお前に対する教主連からの妨害であるという事か」
ウェイン王子がセオドア特使に尋ねる。
やはり天上領への留学経験があるというだけあって、天上領の事情にも詳しいようだ。
「ええ、ウェイン。個人的に――という事ではないでしょうが。私達大公派は従来の魔印武具に加え、機甲鳥や機甲親鳥も取引する事を容認し始めました。が、教主連は強硬に反対している。いずれ自分達の寝首を掻かれかねぬと恐れているのです」
先日の事件では天上人になったファルスまでもが特使ミュンテーの暗殺を企てていた。
その背後には、地上側に下賜する戦力を巡った路線対立があったというわけだ。
しかも暗殺にまで事が及ぶのだから、その対立はかなり激しいはず。それである程度納得がいった。
ミュンテーは同じ天上人から刺客を送られ、反天上領のゲリラである血鉄鎖旅団にも狙われ、更に王国側の騎士からも攻撃を受けていた。
忙しいことである。あの場にイングリスがいなくとも、その運命は変わらなかっただろう。
「……私達を内輪揉めの駒にしようと? 私達は地上を魔石獣から守るために天恵武姫になったのに――そんな事のためじゃないわ!」
エリスが憤っていた。同じ天恵武姫の仲間の事なのだ。当然だろう。
「ご尤もです。ですが、あなた方天恵武姫は天上領が生んだ守り神――それを授けた者達が意にそぐわぬならば、内から滅ぼす手段も用意してあるという事でしょう。今起きているのはそういう事かと推測します。リップル殿は教主連が生み出した天恵武姫であるがゆえ、詳細までは分かりませんが……逆にエリス殿、あなたは我々大公派の天恵武姫です。この国では昔からそうやってバランスが取られて来ました。ですが、大公派との結びつきがより強くなることで、それが崩れつつあったのです」
「つまり、状況が変われば、私がリップルのようになっていたかも知れないという事ですね……? ある意味その方が気が楽だったわ、天恵武姫になって随分経つけれど、天恵武姫について何も分からないなんて、嫌になるわね――」
エリスは深い深いため息を吐く。
「エリスさん、でも……」
と、ラフィニアがエリスに語り掛けた。
「何よ?」
「あたしは、機甲鳥や機甲親鳥があった方がいいです……あれがあれば、今までより早く、遠くまで魔石獣に襲われている人を守りに行けるんだもの――」
その言葉には、口には出さないまでも頷く者が多かった。
ここにいるのは、魔石獣から国や人を守る事を己の使命として真剣に捉えている者達ばかりだ。その彼等にとって、ラフィニアのこの純粋な意見は響くのだ。
ラファエルや、ウェイン王子さえも、彼女の言葉に頷いていた。
「……ラフィニアの言う通りだわ――ね、イングリス?」
レオーネが小声で耳打ちしてくる。
「そうだね。その方がいっぱい戦えていいね」
「いや、何かイングリスのはちょっとずれてるような……」
「結果は一緒だから、いいよね?」
「ははは――聞いた私が悪かったわ……」
一方エリスは押し黙っていた。
「……」
「ご、ごめんなさい生意気言って――!」
ラフィニアが頭を下げる。
「……いえ、いいわ。多分あなたのように考えた方がいいのよね――」
「私も全力を尽くします。リップルさんがこれまで通りでいられるように……ですから、暫く耐えて下さい」
「――はい、お願いします」
セオドア特使の言葉にエリスは頷く。
「ありがとう。おかげでエリス殿も冷静になれたようです」
ラフィニアの肩にぽんと手を置き、微笑みかける。
「純粋で率直な意見だった――君は見た目だけでなく心も美しいんですね」
「い、いえそんな……あはは、美しいだなんて――」
と、真っ直ぐ見つめられ、はにかんだように応じるラフィニア。
少々頬を赤らめてもいる。こんな様子は、イングリスも初めて見たかもしれない。
同時に重大な危機感を覚える。
これは――見つけたかもしれない、悪い虫を。追い払わねば。
ラフィニアには、そんな事はまだ早い。許さない。
「名前を教えて貰っても構いませんか?」
「ラフィニア・ビルフォードです。そこにおられる聖騎士ラファエル様の妹です。わたしは従騎士のイングリス・ユークスと申します」
イングリスは、すかさずラフィニアとの間に割り込んで先に返答した。
危険だ。可能な限り接触をさせない。
「ちょ、ちょっとクリス……! どうしたのよ急に」
「何でもないから気にしないで。わたし、ラニの従騎士だし」
しかし、セオドア特使には気にした様子も無く――
「ビルフォード――そうか、君が聖騎士殿の妹か……! それにイングリスさん、君の名も聞いています。君達が私の妹の命を救ってくれたという――」
「妹?」
「ええ、セイリーンは私の妹なのです」
「「えええっ!?」」
イングリスもラフィニアも、思わず声を上げていた。
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