第81話 15歳のイングリス・天恵武姫の病2
「エリスさんにリップルさん。お久しぶりです」
イングリスは丁寧に天恵武姫のふたりに一礼した。
特にエリスと顔を合わせるのは数年ぶりだ。懐かしい気持ちになる。
「ええ。三年ぶりかしら。すごく綺麗になったわね。あの時はまだ幼かったけれど、すっかり大人びたわ」
「ありがとうございます。エリスさんはお変わりありませんね」
「そうね。天恵武姫だから」
天恵武姫は長命だと聞いたが、数年ぶりに顔を合わせてもエリスの外見には一切の変化が無く、二十手前の美しい姿のままだ。
十五歳のラフィニアやレオーネと比べると幾分大人の雰囲気であり、年齢よりも少々大人っぽく見えるイングリスとは同年齢くらいに見える。
「お久しぶりです!」
「こんにちは!」
ラフィニアとレオーネもぺこりと一礼していた。
リップルはにこにこと愛嬌のある笑みをイングリス達に向けた。
「聞いたよー? この間の天上領への物資献上の時の話! みんな大活躍だったみたいじゃん、本当ならボクたちが何とかしなきゃいけなかったのに、頑張ってくれてありがとうね?」
「私からもお礼を言うわ」
「いいえ。別任務で留守中なら仕方ありません。おふたりが留守だったからこそ起きた事件かも知れませんし――」
もし天恵武姫や聖騎士ラファエルが睨みを利かせていれば――
アールシア宰相の部下の騎士達も、迂闊な真似は出来なかっただろう。
特使ミュンテーも魔印喰いの活動を控えさせたかも知れない。
血鉄鎖旅団も警戒して、現場に現れなかったかも知れない。
つまり、そもそもあのような事態になっていなかった可能性が高い、と思う。
「おかげさまでわたしはいい実戦経験を積めましたので、感謝しています」
「うわ。中身は全然変わっていないのね、あなた――とんでもなく好戦的なままだわ」
そう言われて、イングリスは可愛らしく微笑み返す。
「はい。できれば再会を祝して斬りかかって来て頂けると嬉しいです。また手合わせをしましょう?」
「嫌よこんな街中で! 変な人に思われるわ!」
「はははっ。いいじゃん頼もしくて!」
リップルがそう言った瞬間――
イングリスはすっと右手を持ち上げていた。
バチィィィン!
直後、その手の内にギラリと輝く肉厚な刃が収まっていた。
いきなり降って湧いた後頭上からの攻撃を受け止めたのだった。
完全な死角からの一撃だったが、イングリスはその気配を察知して反応した。
直後に、ドスンと大きな何かが着地する音がした。
つまり、上から飛び降りざまに攻撃をしたという事になる。
「「っ!?」」
「い、いきなり!?」
「な、何してるのクリス!?」
イングリス以外の皆が、驚いた反応を見せる。
「ちょうど襲って欲しい気分でした。ありがとうございます」
と、イングリスは襲撃者を振り返る。
全く見慣れない、異形だった。
青黒い皮膚をした、獣の耳と尾を持つ巨人――
身長はイングリスの倍はありそうだ。
体のあちこちには、硬質の宝石のようなものが埋め込まれている。
それは一見して分かる魔石獣の特徴だ。
宝石の色は青で、体中が霜のようなものに覆われて、シュウシュウと冷気を立てていた。
かなり強力な氷の属性の力を持っている――と推察できる。
両の腕には、分厚い刀身の巨大な鉈のような剣を握り締めていた。
「あれ? ラファ兄様じゃない」
まだ来ていないラファエルが来たのかと思ったのだが――
全く無関係の魔石獣がいきなり襲って来た、という事になる。
しかも獣の耳と尾こそあれ、人型をした魔石獣だ。
「兄様はそんな事しないわよ!」
「気を利かせてくれたのかなって」
イングリスはラフィニアの方に顔を向けて答える。
その瞬間、魔石獣はイングリスの死角から刃を振り下ろして来た。
が――イングリスは全くそちらを見ず、何でもない風にそれを受け止めていた。
「そんなわけないじゃない。それより何なのこれ、人型の魔石獣よ!」
「ということは、天上人……!?」
ラフィニアもレオーネも驚いている様子だった。
この地上では虹の雨の影響で自然の生き物が魔石獣と化し、人々を襲う。
普通の人間は虹の雨で魔石獣化する事は無いが、天上人は魔石獣化する事があり得る。
イングリスは既に何度か、その現場に遭遇していた。
しかしそれがいきなりこの場に現れるとは、明らかに異常な事態ではある。
そもそも虹の雨など降ってはいない。
「違うよ、獣人種の魔石獣だよ。獣人種には虹の雨が効くから――ボクは天恵武姫だから別だけどね」
リップルは犬のような耳と尻尾を持つ獣人種だ。
天恵武姫がどう誕生するのかは知らないが、リップルに同族意識はあるらしい。
不意に現れた魔石獣を見る目には憐れみと哀しみがこもっていた。
「また現れたわね。とにかく放ってはおけないわ」
エリスは厳しく表情を引き締めていた。
「また? おふたりは何かご存知なのですか?」
「ボク達が王都に戻って来てからかな、どこからか急に魔石獣が現れるようになったんだよ。獣人種の魔石獣だけじゃなく、他のも出たりしてる」
「原因は分からないけど――一度や二度じゃないの」
「とにかく魔石獣が出たならぶっ飛ばさないとだよね。それがボク達の使命なんだから」
そう言うリップルの表情は冴えない。顔が赤く上気しているように見える。
見たままを言うと、風邪でもひいて具合が悪そうに見える。
――天恵武姫が風邪をひくのかは疑問だが。
「リップルさん大丈夫ですか? 具合が悪そうに見えますが?」
「う、うん大丈夫だよ――すぐ直るから」
「突然魔石獣が現れた時に、こうなったりするのよ。何故かは分からないけれど」
そうエリスが補足する。
「これを倒せば?」
「そうね。今までは戻っていたわ」
「そうですか。ならば――」
イングリスは受け止めていた両手の剣を、力任せに押し返した。
巨体を誇る獣人種の魔石獣だが、成す術なく後ろにつんのめって転倒した。
「いいパワーしてるね、イングリスちゃん……!」
「馬鹿力よね。あんなほっそりした見た目で――」
その間に、イングリスは素早く霊素を魔素に変換。
生み出した魔素を操り、氷の剣を生成した。
「わたしが倒します。少々お待ちください」
イングリスは事も無げにそう言うと、蒼い刃を魔石獣に向けた。
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