第77話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー27
「きゃっ!?」
「な、何か起きたの……!?」
「けっこう揺れたね」
足元の床が大きく傾ぐような感覚がした。
爆発音のようなものが、続けざまに二度、三度と発生する。
その度に足元も右に左にと傾ぐ。
「……何か異変が起きたようだな」
黒仮面が外を見る。
血鉄鎖旅団の空飛ぶ船が、高くに遠ざかろうとしつつある。
だが実際は逆だ。
「お、落ちてる!?」
「まずいわ! 下には王都があるのよ!」
ラフィニアとレオーネの言う通りだ。
そもそも血鉄鎖旅団への対策のために王都上空で物資献上を行うようにしたはずなのに、肝心の血鉄鎖旅団が自前の空飛ぶ船を持ち、簡単に乗り込まれているのは皮肉だ。
知らなかったのだろうが、何の対策にもならなかった上に、もしこの船が眼下の王都に墜落すれば甚大な被害が出る。完全に裏目だ。
「あなたがこれを……!?」
「そのような指示はしていない」
黒仮面が首を横に振ったと同時――
血を流して倒れていたファルスが、勢いよく身を起こした。
胸を貫かれ致命傷なのは間違いないが、最後の力を振り絞った抵抗だった。
血まみれの手で握りしめた剣を、すぐ側に立っていたレオーネに向けて突き出した。
「死ねえぇぇっ!」
「!?」
虚を突かれたレオーネの胸にファルスの剣が突き刺さる寸前――
バチバチと弾ける雷で形成された獣が、横から飛び出しファルスに飛びかかっていた。
雷の獣はファルスをレオーネから遠ざけるように体ごとぶち当たると、そのまま彼を巻き込んで弾け飛んだ。
ゴウゥンッ!
元々致命傷だったファルスの身体が更に焼け焦げズタズタになった。
「く……そが――だが機関部は……破壊した……船と一緒に落ちろ……!」
最後までイングリス達を睨みつけて、今度こそファルスは絶命した。
「レオーネ!」
「大丈夫!?」
「え、ええ……今のはレオンお兄様の――! あ、あなたがやったの……!?」
「知らぬな」
黒仮面はそっけなくそう返す。
レオーネはイングリスの方を見てくるが、イングリスも首を振った。
「ううん。わたしじゃない――」
「ならやっぱりあなたが……!」
その声をかき消すように、一台の機甲鳥が船外から飛び込んで来た。
操縦桿を握っているのは、血鉄鎖旅団の天恵武姫のシスティアだった。
「船内の天上人は討ち取りましたが、何者かにより機関部が破壊され制御不能です! この船は沈みます! お早く脱出なさって下さい!」
「うむ。拿捕できんとなれば長居は無用だ。こちらの被害が大きくなりかねん」
黒仮面の視線の先、血鉄鎖旅団側の船の周辺が、王国側の機甲親鳥や機甲鳥に囲まれつつあった。
周辺警戒に当たっていた戦力が異変に気がついて動き出したのだ。
あれには、人手不足でかり出された騎士アカデミーの生徒達も含まれているはずだ。
ラティやリーゼロッテ達もあの中にいるかもしれない。
「ある意味好都合だったかも知れんな。この状況で私を追うわけには行くまい? 船が無事となれば、戦いが避けられぬ所だった。君と戦いたくはないのでな」
イングリスはシスティアの機甲鳥に乗り込む黒仮面を追わなかった。
確かに状況は彼の言う通りだった。
「わたしは残念です」
だが大いに不満だ。イングリスは少々唇を尖らせて応じる。
「フ……本来ならば手を貸すべきだろうが、君ならば何とかするだろう? 後は任せた。さあ行くぞ、システィア」
「はっ!」
機甲鳥が飛び立ち、黒仮面たちが遠ざかって行く。
「お兄様……! お兄様なの――?」
「そうとは限らない、かな。あの人なら、同じ能力を再現出来るかも知れないから」
黒仮面はイングリスよりも霊素の細かい制御に長けている。
霊素を魔素に落とし、レオンの上級魔印武具の能力を再現する事も不可能とは言い切れない。
「それより、あたし達も早く脱出しましょう!」
「そうだね。船が制御できないなら、外に出て止めないと」
少なくとも、このまま王都に落とすわけにはいかないだろう。
そうなれば大きな被害が出る。
「ええ、急ぎましょう!」
レオーネも気持ちを切り替えそう頷く。
そこに、黒仮面達と入れ替わるように別の機甲鳥が二機やって来た。
「おーい! イングリス!」
「お父様! ご無事ですかっ!?」
ラティが操縦しプラムを乗せた機甲鳥と、リーゼロッテが乗り双子のバンとレイが操縦するものだった。
「ラティ。ちょうどよかった」
「おぉリーゼロッテか!」
「乗れよ! 脱出しようぜ!」
「お父様、お早くお乗りになって下さい!」
イングリス達三人はラティの機甲鳥に乗り、アールシア宰相はリーゼロッテに任せる事にする。
「早く宰相閣下を安全な所へ。わたし達はあの船を止めるから」
「ええ、分かりましたわ!」
「頼む君達、何とか街中には落とさんようにしてくれ!」
「「「はい!」」」
イングリス達は、アールシア宰相の願いに頷いた。
「……とは言え、あんなでっかいのどうするんだよ!?」
機甲鳥に定員オーバーの五人も乗っているので、操縦桿を握るラティは窮屈そうだ。
「ラティ、船の下側に回って」
「ああ!」
機関部から煙を噴き出す空飛ぶ船は、確実に眼下の王都に向かって落ちていた。
完全に浮力を失ったわけではないらしく、機甲鳥が下に回り込むことは出来たが――
ゴウゥゥン!
再び爆発音と振動。船体が揺れて、甲板から大きな何かが滑り落ちた。
「あっ! 積み荷の機甲親鳥が!?」
「まずい下に落ちるわ!」
「任せて!」
あれが下に落ちても、ただでは済むまい。
イングリスは迷い無く機甲鳥から身を躍らせた。
「クリス!?」
「イングリス! 無茶よ!」
「ぅおおい! 何してんだ!?」
ラフィニア達の悲鳴を聞きつつ、空中に飛び出したイングリスは落下する機甲親鳥の近くまで跳躍していた。
「そこっ!」
そして、機甲親鳥に霊素弾を放つ!
スゴゴゴオオオォォォ!
巨大な青白い光に飲まれ、機甲親鳥は消滅。
そして――その発射の反動でイングリスの体は大きく方向転換して飛び、ラティの機甲鳥の近くまで戻って来た。
「――ただいま!」
「あはは……お帰りクリス」
「びっくりしたわよ、いきなり飛び降りるんだもの」
「とんでもねえなぁ、相変わらず」
「い、イングリスちゃん、凄い……!」
しかし、これは落下した積み荷を処理したに過ぎない。
船本体を何とかしなければならない――
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