第73話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー23
天上人の騎士――そうファルスは言った。
だとしたら、その強さには期待が出来る。
天上人の騎士が、地上の王国の騎士より弱いようでは、地上に対する抑えは効かない。
自分達が下賜した魔印武具によって自分達が討たれるなどお笑い草だ。
なので地上をの戦力を蹂躙し得る力、あるいはそれに準じる何かがあるはず。
それをこの目で見られるのは楽しみだ。
「嬉しそうな顔をしやがる。是非その綺麗な顔が恐怖で半泣きになるのを見てみたいぜ」
「そうですね。わたしも見てみたいです。もしそこまでの存在がいれば、の話ですが」
「なら――こういうのはどうだ? 開け――門よ!」
強く握りしめたファルスの拳を中心に、空間の歪みのようなものが発生した。
それはあっという間に周囲を包み、目の前の光景を一変させる。
気が付くと、キラキラとした黄緑色の光の粒子が煌めくような、壁も縁も無い空間にイングリス達は立っていた。
「これは……異空間?」
「あの『試練の迷宮』みたいよね……!」
「そ、それより周りを見て! 魔石獣が……!」
「な、何という数だ……!」
レオーネやアールシア宰相の言う通り、周囲にはとてつもない数の魔石獣がひしめき合っていた。
その数は十や二十ではなく、数百いや千にも近いかも知れない。
それがイングリスやファルス達を遠巻きに取り囲んでいた。
安全地帯が淡い色の光の柱に覆われており、その中には入って来られない様子だ。
「先程船内に現れた魔石獣はここから……!?」
何の魔石獣の気配も感じなかったわけだ。
イングリス達が機甲親鳥に乗っている時点では、魔石獣はこの異空間におり、存在もしていなかったわけだ。
虹の粉薬で魔石獣を生み出す血鉄鎖旅団のやり方とは違い、元々この空間に集めておいた魔石獣を外の空間に放ったという事だ。
「そういう事だ。こんな化物共をここに入れるのは気色悪いけどな」
「つまり、血鉄鎖旅団の仕業と偽装をするために集めたわけですか」
「ああ。奴らがそういう手口を使うというのは、既に周知の事実だろ? さっきの間抜けな騎士共は短絡的過ぎるんだよ。やるならちゃんと偽装しねえと人は騙せねえ。俺は慎重なんだ」
「なるほど、わたし達を護衛の名目でここに呼んだのもそのためですね」
「クリス、どういう事なの?」
「わたし達が血鉄鎖旅団に付いて、ミュンテー特使もアールシア宰相も暗殺して今回の取引を潰したって事にするんだよ」
「……そうか、私がいれば血鉄鎖旅団と繋がってるっていうのに説得力が増すわ!」
「……あたしがいれば、ラファ兄様まで血鉄鎖旅団だって疑われる!」
「うん。そうだと思う。気分は悪いけどね」
「ええ……! 本当にそうね」
「許せないわね!」
「それはこっちの台詞だぜ……! お前らを引き込んだのはそれだけじゃねえ、ラーアルの仇は取らせて貰うぜ――」
「……ラーアル殿の? 彼にそんな人望があるとは驚きですね」
「あんなやつの仇を取りたいなんて、物好きね! さっきの特使と変わらないのに!」
「ふん――いい度胸だ、親の前で息子をそこまで言ってくれるとはな」
「「お、親……!?」」
イングリスもラフィニアも驚いて声を上げていた。
あれがランバー氏だと言うのか? 商会が代替わりしたのも偽りだと?
いやそれはいいが、あの若さは――? ラーアルと歳もそう変わらないだろう。
「天上人になると共に、この新しい体を手に入れた。おかげで騎士として働く義務もついて来るがな。前の体は病気でボロボロだったから仕方ねえ。さぁ如何にドラ息子だろうが、息子は息子! 子を殺された親の怨みを思い知りやがれ!」
「……逆恨みよ! そんなの!」
「自分の子育ての失敗を棚に上げないでよね!」
ラフィニアとレオーネの言う通りだろう。
「己の力に思想や怨恨を乗せては純粋に楽しめませんよ? もっと気を楽にして、力そのものを楽しむことをお勧めします」
「お前らを殺ってから、そうさせて貰うぜ! 行っておくが、ここに入った以上お前らはもう詰んでるんだよ。ここは魔石獣を閉じ込めておくだけの異空間じゃねえ。本来はお前達のような地上の騎士の処刑場だ! この異空間の中では、お前らの魔印武具は活動を停止するんだよ」
ファルスが凶悪な刃のような笑みを浮かべる。
「……本当よ、光の矢が出ない!」
「こっちも、剣が言う事を聞かないわ!」
ラフィニアとレオーネが声を上げる。
「……なるほど」
切り札というわけか。
天上人の騎士が地上の戦力を抑えつけ得る理由が、これか――
「これは……?」
イングリスは霊素を魔素に変換し、更にその魔素を操り氷の剣を――
出そうと思ったのだが、その前に魔素が拡散してしまい、まともに操る事が出来なかった。
魔印武具が活動を停止するというのは、魔素の動きが阻害されてまともに機能を発揮できなくなるという事だ。
そして、それは魔印無しで直接魔素操っても同じようだ。
「わたしもダメみたい」
「そう――そして聖痕を持つ俺は別だ! さぁ死ねよっ!」
ファルスの号令一下、光の柱がギュッと縮小してファルス一人だけを隔離するようになった。
光の外に放り出されたイングリス達に、一斉に魔石獣が迫ろうとする。
「ラニ! レオーネ! 宰相閣下をお願い!」
「うん!」
「何とかやってみるわ!」
返事を聞きながら、イングリスは前に進み出る。
周囲には圧倒的な数の魔石獣がひしめいている。この数は侮れない。
空間の主であるファルスを叩き、ここから抜け出すのがいいだろう。
「はああぁぁっ!」
イングリスは間近の魔石獣に突進し、それを思い切り蹴り飛ばす。
吹き飛んだ魔石獣は、寸分違わずファルスを覆う光の柱に激突し――
バキン!
固い音を立て、魔石獣の体が弾かれる。光の柱はまるでビクともしない様子だ。
「ははははっ! ここはお前らの死に様を見るための特等席よ! 効かねぇんだ――」
バギイイイィィィィン!
轟音を立て、光の柱が粉々に砕けていた。
「何が効かないんです?」
「ぐあっ……!?」
霊素殻の青白い光に覆われたイングリスは、片手でファルスの喉元を掴み吊り上げていた。
「な……んだと――一体何を……」
「単に思い切り殴っただけですが?」
その柔和で可憐な笑顔。ファルスにとっては逆にそれが恐ろしい。
彼女は光の柱を殴って叩き潰したと言うが――全く動きが見えなかったのだ。
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