第66話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー16
イングリス達は、レオーネのいた階層から更へ上へと向かった。
リーゼロッテが魔印武具の力でイングリスとレオーネを連れて飛んでくれた。
そうして一番上の方まで飛んで行くと、突き破られた天井の奥に白い光の煌めきが現れた。
三人がそれに触れると――
次の瞬間には元のアカデミーの校庭のリング上に戻っていた。
「ん? 外に出たみたい」
「あ……ほ、本当ね」
「そのようですわね」
背後には、入った時と同じような扉が見える。
「お帰りなさい! でもあれぇ? 入った時と違う扉から出てきましたねえ? しかも三人同じ扉だなんて……?」
「特に変わった事はありませんでしたが?」
「そうですかあ? うーん、私の調子が悪いんですかねえ」
と、ミリエラ校長が首を捻っていた。
「大嘘ですわね――強引に出口をこじ開けましたのに」
「そうよね……途中で私も助けてるし」
「皆合格の方がいいし、ね。再テストとか嫌でしょ?」
「ですわね。ここは口裏を合わせますわ」
「うん。あれをもう一度は嫌だわ」
三人は声を潜めて打ち合わせをする。
「校長先生。わたしたちは合格という事でよろしいのですか?」
「うーん……扉から出てきましたし、そう判断するしかありませんねえ。ではイングリスさん、レオーネさん、リーゼロッテさんは合格ですね! ご苦労様でした」
ミリエラ校長が宣言すると、すかさずリーゼロッテのお付きの二人が駆け寄って来る。
「お嬢様! お見事っす!」
「流石でございます!」
「ま、大した事はございませんでしたわね」
「しかしそこの女と一緒で大丈夫でしたか?」
「何か御身に対して企んでおるやもしれません」
二人はレオーネを横目で見ながら言う。
レオンの妹という事で、相当警戒している様子だ。
「お止しなさい。わたくしの身を案じるのは結構ですが、彼女をなじる意味もありませんわ」
「は? はぁ……了解っす」
「お嬢様がそう言われるのであれば」
二人は少々驚いた様子だったが、頷いていた。
「さ、少し休みましょう。少々疲れました。後は高みの見物ですわ」
と、リーゼロッテは石板のリングを降りて行く。
「すぐにお座りになれるものを用意します!」
「お飲み物もお持ちいたしましょう」
お付きの二人が甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いていた。
その様子を見ているレオーネの肩に、イングリスはぽんと手を置いた。
「辛かっただろうけど、レオーネの事ちょっと分かって貰えたかもしれないね」
「うん……そうだといい、かな。それよりありがとう、助けてくれて。あの時何だかイングリスが本当に格好よく見えて、ドキッとしちゃったわ。変よね、女の子なのに――」
「ははは、まあ格好いいは誉め言葉だよね」
やはり最終的には精神は男性なので、そういう面が伝わるのだろうか。
良くは分からないが、特に悪い気はしないが。
「ラニはどうしたのかな――」
イングリスはラフィニアの姿を探す。
見渡してもその姿は無い。
代わりにリングを降りた所にいるラティの隣にプラムの姿を見つけた。
「合格したの?」
「いや、真っ先に失格してたぞ? 失格すると穴が開いて放り出されてくるみたいだぜ」
「そうなんだ」
「うう……負けられないはずだったのにぃ――」
プラムはしょんぼりしていた。
「お前鈍くさいし、上級印の魔印だっつっても、一人で戦うのに向いてないだろ? まあ仕方ねえよ、元気出せ」
「じゃあ可愛い、って言ってくれたら元気出ますから言って下さい」
「はぁ!? 馬鹿お前そんなもんそう簡単に……!」
「イングリスちゃんには言ったじゃないですか~!」
「……まだやってたんだ」
ラティもさらっと言ってしまえばいいのに、と思うが理解できなくもない。
少年の心とは、そういうもの。好きな子には素直になれないのだ。
イングリスの事はそういう目で見ていないから、逆に素直に思った事が言えるのだ。
こういう事は時間が解決するのだろう。
「とにかく、ラニはまだみたいだね」
「そうみたいね。待ちましょう」
しかしただ待っているのも、少々退屈である。
こういう空き時間にこそ、何かしらの鍛錬を――と考えて思いつく。
「校長先生。よろしいですか?」
「どうしましたか、イングリスさん?」
「ラニを待っている間、この間の高重力負荷の影響下で訓練したいのですが、お願い出来ませんか?」
「え? あれですか? まぁ出来ますけど――今やるんですか?」
「はい! お願いします、なるべく強くでお願いします!」
「まあ約束もしていましたしね、構いませんよ。ではリングのそちら側半面にかけますので、かかりたくない人は離れて下さい。今回は別に魔印武具の力も使って構いませんから、ご自由にどうぞ」
と、ミリエラ校長が周囲に呼び掛ける。
「私も付き合うわよ? 訓練は大事よね」
「わたくしも、ですわ。あなた方には負けていられません」
「お嬢様! 俺達も!」
「お供いたします」
「わ、私もっ!」
「やめとけってプラム……! あーしゃあねえ俺も――」
レオーネ達もイングリスに付き合う気のようだ。
「それでは行きますよぉ――現時点での最大出力っ!」
ドゥゥゥゥゥンッ!
想像を遥かに上回る負荷が体にかかる。
「ぐ……っ!? こ、これは凄いですね……!」
イングリスの場合、自分自身に既に高重力負荷をかけている。
その相乗効果もあり、体が鉛のように重い――などという言葉を遥かに上回る負荷だ。
下手をしたら、自分の重さで自分が潰れそうである。
何とか膝をつかずに踏み止まれはしたが――
しかしこの魔素の動きのパターン。どうすればより負荷を上げられるのかをしっかり覚えておこう。再現できれば、より自己鍛錬の強度も上がる。
「ぐえええぇぇぇ……!? 立てん動けん死ぬうぅぅぅっ……!」
ラティはべたんと倒れ伏し白目を剥きそうになっていた。
「ラティ! あっ……きゃんっ!?」
プラムが躓いてラティの上に尻餅をついた。
「ぎょえええぇぇ……」
あれはかなり辛そうだが――
「だ、ダメだ動けねえ……!」
「お嬢様ご無事ですか……?」
バンとレイは完全にへたり込んでいる。
「な、なんとか……ですわ」
「ううう……凄い重さね――」
リーゼロッテとレオーネは、膝を地面に着きながら何とか立ち上がろうとしている。
しかし誰もすぐに動けそうにない。
とりあえずラティは危険なので、外に出してあげた方がいいだろう。
イングリスは自分自身にかけている高重力負荷を切った。
ミリエラ校長の魔印武具の力だけになると、大分動きやすくなった。
「はあっ!」
試しに跳躍してみる。ちゃんと体は浮いた。
くるりと宙返りし、ドスンと重い音を立てて着地する。
「「「ええええええっ!?」」」
見ているレオーネ達からは驚愕の声が上がる。
とてもそんな事が出来るような重みではないと、身をもって感じていたからだ。
「よっと……! 大丈夫?」
イングリスはラティに近づいて抱き上げ、高重力の外に運ぶ。
「ははは……情けねえ、お姫様にお姫様抱っこされてるぜ――」
「いいんだよ。これからは男女平等だからね」
続いて動けそうにないバンとレイとプラムも範囲外に運んだ。
「ふう。この中だとこれだけでも結構重労働だね」
イングリスは額に少し滲んだ汗を拭いた。
それを見るレオーネとリーゼロッテは、言葉を失っていた。
「し、信じられない……こんな中であんなに軽く動けるなんて――」
「しかも魔印もない従騎士なのに……常識がまるで通用しませんわ」
ミリエラ校長も目を丸くしている。
「本当にすごいですね……この重さでこんなに動ける人は見た事がありませんよ」
「ありがとうございます。二人も外に運ぼうか?」
「大丈夫よ。自分で何とかしてみる……!」
「負けてはいられませんもの――!」
二人は歯を食いしばって、何とか動き出す。
「うんうん。仲間から刺激を受けて、自分も鍛える! 美しい姿ですっ! 頑張って下さいね♪」
ミリエラ校長はレオーネとリーゼロッテの根性を見て嬉しそうだ。
と、そこに――ふっと何の前触れも無く扉が出現する。
それが開いて姿を見せたのはラフィニアだった。
「あれ? 外に出た……っぅぎゅうぅぅっ!? ちょ……何これえぇぇ!?」
「あ。ラニ。おかえり、無事みたいだね? 良かった」
扉から出てきたら合格のようなので、合格だろう。
出口が高重力のど真ん中なのは、不幸な事故だったが。
「無事じゃないわよっ! 重いいぃ! クリス助けてえぇぇっ!」
「はいはい。今行くね」
「ダメよ、ラフィニア! 自分の力で立つのよ!」
「頼ってはいけませんわ!」
「そうですよラフィニアさん、ファイトです!」
「ええええ? 校長先生まで、何の騒ぎなんですか……!?」
出てきたばかりのラフィニアは、非常に不満そうだった。
ともあれイングリス達はテストに合格し、ランバー商会のファルスからの依頼を受ける事を許可されたのだった。
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