第65話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー15
「レオーネ……!?」
魔印武具の黒い大剣を構えたレオーネは、所々に手傷を負った様子で、荒い息をついていた。
向かい合っているのは、あれはおそらく小さい頃のレオーネ自身だろうか? その面影がある。
必死の表情で両手を広げ、何かを庇うようにレオーネの前に立ち塞がっている。
後ろにいるのは、恐らく少年の頃のレオンだろうか。
「やめて! お兄様は聖騎士になったんだから! 皆の希望なんだから! なんでこんな酷い事をするの!?」
小さなレオーネは涙ぐみながら、レオーネを止めようと懇願している。
「そんなの見せかけ! 意味のない事よ! いずれあなたにも分かるわ!」
レオーネは小さなレオーネに向かって剣を振り上げようとする。
これがこの空間の生み出す影だと分かっていても、過去の自分自身を斬らなければならないのは辛いだろう。
「おのれ、我が息子が聖騎士を拝命した記念の日に!」
「皆さん! レオンを……! レオンをお守りください!」
レオンとレオーネの両親だろうか。
「お父様、お母様……!」
レオーネは唇を噛んで感情を押し殺している様子だった。
その彼女を、更に騎士達が取り囲む。
「レオン様をお守りしろッ!」
「おのれ賊めが! 我がアールメンの誇りを奪い去ろうというのかッ!?」
「命に代えてもやらせんぞっ!」
きっとこの空間においては、レオーネにとっては自慢だったであろう兄レオンに関する記憶の全てが、敵に回るのだろう。
かなりの激戦を潜り抜けてきた証に、レオーネは多くの手傷を負っているし、魔素もかなり消耗している様子だ。
「何を言っても無駄よ! 私はあなた達を倒して進む! レオン兄様を倒すのよ!」
それは自分自身に言い聞かせているかのようでもあった。
自分の中にある楽しかった思い出も、誇らしい栄光も、全てを否定しなければならないのだと、そうレオーネの心は叫んでいるのだ。
その様子は悲壮であり、痛ましいと言わざるを得ない。
心が傷ついている者にこそより凶悪に牙を剥くこの空間は、やはり悪趣味だ。好きになれない。
「このような思い出まで敵に回るという事は――あの方は本気で国を裏切った兄君を……?」
何か感じ取るものがあったのか、リーゼロッテが難しい顔で呟いていた。
「わたし、レオーネを助けて来るから。先に行ってていいよ」
イングリスはリーゼロッテの手を離して身を躍らせる。
「かかれっ!」
「おうっ!」
「うおおぉぉぉっ!」
その時、敵が一斉にレオーネに襲い掛かっていた。
「一気に斬り捨ててやるわっ!」
レオーネは黒い大剣の魔印武具に力を込める。
恐らくは、剣を巨大化させて一気に広範囲を薙ぎ払おうとしたのだろう。
相手が多数の場合はそうするのがレオーネの戦い方のはずだ。
だが魔印武具は一瞬刀身を輝かせただけで、何の変化も起きなかった。
「くっ……!? 力が尽きたって言うの!? そんなのダメよ! まだ戦うのよ!」
これまでの戦いで消耗し過ぎたのだろう。
もう魔印武具の形状変化を起こすだけの魔素が供給できないのだ。
そんなレオーネに、騎士達は一斉に襲い掛かっている。
レオーネは左右から襲いかかって来た騎士の剣を、大剣の先を地面に刺すようにして二人分受ける。
上級魔印武具で強化された力がそれを可能とするのだが――
「もっと来い! 集団で押し込め!」
「「「おおおおおおっ!」」」
更に四、五人の騎士達が剣をぶつけてレオーネを押し込む。
「くうぅぅっ……!」
元々魔素にも限界の近いレオーネは、押し返せずに両者が拮抗する。
「今だ背後を取ったっ!」
背後に騎士が一人回り込む。
「だから何だって言うのよっ!」
踊りかかって来る騎士の腹部に、レオーネの強烈な蹴りが突き刺さる。
背後の敵は撃退したが、問題は前面。
今の拍子にレオーネは押し込まれ始め、ニ、三歩と後ずさりする。
「くっ……!」
完全に姿勢が乱れた。このまま押し込まれる――!
そこに、真横から高速で突っ込む影がある。
「うおぉぉぉっ! 我が命に代えてもレオンは守るぞっ!」
短槍を携えたレオーネ達の父が、裂帛の気合と共に突きを繰り出す。
他の騎士達に比べ一段勝る速度と威力だった。
「お父様……っ!」
それを避けられないと感じた瞬間、レオーネの瞳にはそれまで堪えていた涙が滲んだ。
その歪んだ視界の中にふっと割り込んで来たのは――月の輝きを織り込んだかのような鮮やかな銀髪だった。
「お邪魔いたします」
レオーネ達の父の横面に、イングリスの掌打がまともにめり込んでいた。
「ごあああぁァァァッ!?」
ぐにゃりと変な角度に顔が歪むと、そのまま吹き飛んで空間の壁に激突した。
悲鳴の余韻だけを残して、その姿が描き消えて行く。
続いてレオーネを押し込もうとしていた騎士達の真横に突っ込み、蹴りを一閃、ニ閃。
「「「ぐわあぁぁぁっ!?」」」
レオーネを押し込もうとしていた騎士達が壊滅する。
「まだまだです……!」
更に他の騎士達にも突っ込み、掌打や肘打ちを見舞って行く。
「な、何者……!? ぐわっ!?」
「み、見えない――っ!?」
「天は我々を見放したのかあぁぁぁっ!?」
反応すらできずに、敵は次々と吹き飛ばされて消滅して行った。
「寄って集って少女ひとりを襲うようでは、そうなるでしょうね」
イングリスは消えて行く騎士達の影に、そう言葉を贈る。
「い、イングリス……!?」
「うんレオーネ。偶然通りかかったけど、間に合ってよかった」
「ど、どうやってここに来たの……?」
「空間の壁を壊して進んでたら、ここに繋がってたんだよ」
「ははは……そんな事できるなんて、無茶苦茶ね。絶対テストの主旨を無視してるわよ」
「いいんだよ、ダメとは言われてないし。それより大丈夫だった?」
イングリスは滲んだレオーネの涙を指で拭い、頭をぽんぽんと撫でる。
「あ……え、ええ。大丈夫よ。ありがとう――」
「そう、よかった」
そんなイングリス達の前に、立ち塞がる影が。
「お兄様はやらせない! お兄様だけは……!」
最後に残ったのは、小さなレオーネの影と、その背後の少年のレオンの影だ。
「まだ……!」
「いいよ、わたしがやるから」
と、イングリスはレオーネを制したが、動き出す前に――
ドシュ! ドシュウゥッ!
飛んで来た何かが、小さなレオーネと少年のレオンを貫いていた。
二人の姿が、大きく歪んで消えて行く。
「?」
「こ、これは――」
その場に突き立っていたのは、白銀に輝く斧槍だった。
「あ、あなたは……」
「リーゼロッテ? 手伝ってくれたんだ」
リーゼロッテが、突き立った斧槍を取りにすたすたと歩いて来る。
「ご本人もお友達もやり辛いでしょう? わたくしがやった方がいいと思いまして」
「うん、助かったよ」
「あ、ありがとう……」
恐る恐る礼を言うレオーネに、リーゼロッテはちらりと視線を送る。
「……まだ、完全に信用するとは言えませんが――先日あなたを傷つけたであろうことは謝罪しておきますわ。済みませんでした」
「え、ええ……」
レオーネが驚いた様子できょとんとしている。
「意外といい子なんだね、リーゼロッテって」
「意外と、は余計ですわ」
リーゼロッテはぷいと顔を逸らして言った。
怪我の功名とは言うが、意外とこうなって良かったかも知れない――
イングリスはそう思うのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!