第54話 15歳のイングリス・カイラル王立騎士アカデミー4
「はーい。では皆さん、これから機甲鳥ドックに移動しますよ~。ある意味このアカデミーの目玉でもありますから、しっかり見学しましょうね♪」
と、ミリエラ校長が号令すると、狙いすましたかのようなタイミングで低い振動音と共に機影が空から降りてくる。
複数台の機甲親鳥である。
それぞれ一人、教官が乗り込んで動かしている。
「さぁ乗ってください。ちょっと距離がありますからね~。これで移動しましょ~」
生徒たちが興奮気味に、機甲親鳥に乗り込んでいく。
まだまだ全国的には普及していない代物である。
初めて乗る者も多いのだろう。
イングリスは先日王都まで機甲親鳥に乗せて貰ったので、乗るのは二度目だ。
だがやはり少々興奮する。これに乗るのは好きだ。
空飛ぶ乗り物など前世ではお目にかかったことのない代物なので、その乗り心地はまだまだ新鮮なのだ。
「ん~! 風が気持ちいい! 空を飛ぶのっていいわよね」
ラフィニアもご機嫌だった。イングリスも微笑してそうだね、と頷く。
「現状私達地上側で保有する飛行戦力としては、この機甲親鳥が最大のものになりますね。天上人の皆さんが使っているような空飛ぶ戦艦は下賜されていませんから」
と、ミリエラ校長が解説している。
「今後、そういった物も手に入るようになるんですか?」
レオーネが質問していた。
「う~んもちろん欲しいですが、難しいんじゃないですかねぇ? 機甲鳥と機甲親鳥も随分長いこと交渉してきた成果ですし。我々としてはそれは期待せず、機甲鳥と機甲親鳥の運用戦術を極めるのが第一ですね」
天上人側としても、急に色々な力を下賜し過ぎると、それが自分達に牙を剥く恐れもある。
新しい武器や装備の解禁には慎重な姿勢を取らざるを得ないだろう。
生徒たちを乗せた機甲親鳥は、街の上空を横切り、王都に隣接している大きな湖のほうに向かっていく。
このボルト湖は外洋まで続く河に繋がっており、大きな港も存在している。
豊富な水産物に水運上の利便性。ここが王都になるのも頷ける話だ。
「アカデミーの本舎からの道筋は覚えておいて下さいね~! 今日はサービスで送ってあげますけど、訓練を兼ねて走って行って貰う事のほうが多いですからね~」
ええっ!? とか、遠い! などと悲鳴が上がる中、機甲親鳥は港からはやや離れた湖畔にある機甲鳥ドックに到着した。
なぜこのような離れた場所にあるのかというと、機甲鳥の訓練で何か事故があった場合の被害を自他共に最小にするためだ。
水上ならば例えば機甲鳥から落ちたとしても、危険度がまだ低い。
アカデミー自体は機甲鳥導入以前から存在しているのだから、本舎と離れているのもやむを得ない。
大きな兵廠のような建物の中に足を踏み入れると――機甲親鳥とそこに収められた機甲鳥が満載されていた。
「おぉすごい……!」
「わ~! なんかワクワクする眺めよね!」
「凄いわね。さすが王都のアカデミーだわ。最先端よね――」
圧倒される新入生たちにミリエラ校長が呼びかける。
「大体三、四人に一台は機甲鳥がありますからね~。三、四人で組みになって一台機甲鳥を出してみて下さい~! 操縦桿の下側の起動レバーを切り替えてから機甲親鳥から引き抜いて下さい~」
イングリスはラフィニアとレオーネと共に機甲鳥に向かう。
起動レバーを切り替えると、ブゥゥゥンと低い振動音がして、機甲鳥に灯が入る。
「まだ操縦桿には触らずに、そのまま押して外まで持って行って下さいね~。起動放置状態で少し浮きますから、そのまま押せるはずでーす」
確かに校長の言う通り、起動して機甲親鳥から引き抜くと、機甲鳥は少しだけ浮いてふわふわと揺れていた。
「確かに軽く押せるね」
「ふわふわしてて面白いわね」
「ほんとね」
言い合いながら機甲鳥を外に出し――
「外に出たら乗ってみて下さ~い!」
校長の許可が下りる。
「よし! うわ機甲親鳥より大分揺れるね」
「ホントだ、確かにそうね」
「あっちは大きくて安定してるものね」
他の生徒達もイングリスたちと同じように、わいわいと機甲鳥に乗り込んでいる。
「はーい、ではではこれからゆっくり動かしてみますよぉ~。一人は操縦桿を握ってくださいね~。他の人達は落ちないようにちゃんと掴まってて下さいね~」
イングリスはラフィニアとレオーネに尋ねる。
「まずわたしがやってみていい?」
「いいわよ。クリスは従騎士科だもんね」
「がんばって、イングリス!」
「うん。ありがとう」
そう応じて、イングリスは操縦桿を握る。
これはこれで、戦いの前の時のようにワクワクしてくるではないか。
「まずはゆっくり、上昇しながら湖上に向かいますよ~。操縦方法は前面パネルに張ってありますからよく見て下さいね~! 操縦桿を後ろに引っ張りつつ、ゆっくりアクセルを入れるんですよ~。アクセルは操縦桿の下の右側のペダルでーす」
確かに校長の言う通りのことを解説するような図が、前面に張ってある。
イングリスはそれも確認しつつ、ゆっくりと機甲鳥を上昇させて湖上へ進んだ。
「おお――いける、いけるね……!」
これだけで何か興奮してくる。
まるで初めて馬に乗れた時のような、新鮮な感動である。
「わあぁぁ~気持ちいい!」
「そうね。景色も綺麗だし――」
レオーネの言う通り、湖の真っ青な水を眼下にした景色もいい。気持ちが昂って来る。
「慣れてきたら、少しスピード上げてもいいですよ~! 衝突しないように、方向転換はゆっくり大きくして下さいね~!」
それを聞くと、ラフィニアが目を輝かせる。
「クリス、クリス! 全速力行こ全速力!」
「えぇ……!? だ、大丈夫なのかしら――」
レオーネは少々不安そうだったが――イングリスの目もキラリと輝いていた。
「しっかり掴まってて。飛ばすから」
アクセルペダルを強く踏み込んだ。
ブイィィィィィン!
機甲鳥の発する音がより大きく高くなり、急激に加速した!
景色の滑って行く速度、風切り音、風圧。全てが先程までとは別次元だ。
「おおっ――! なかなか速いね……!」
「思ってたよりはや~い! あはははっ♪ 気持ちいいわね!」
「ひゃああぁぁっ!? ちょ、ちょっと早すぎない!? 結構こ、怖いんだけど……!?」
「でも、これに乗って魔石獣と戦うんだよ? 早く慣れなきゃ」
「そうそう、習うより慣れろよ!」
「そんな事言ってもおぉぉぉっ!? わ! わ! 目の前に商船がいるわよっ!?」
「大丈夫だよ大分距離あるから。ちゃんと旋回して――」
と、速度を落としつつ、宣言通りの操作をイングリスは行おうとするが――
その視界に入っていた商船に異変が起こる。
船体が大きく傾いたのだ。
それは商船自体の不良のせいなどではなく――商船の真下に潜り込んだ大きな影のせいだった。
それが下から、商船を突き上げたのだ。
「わっ!? あの船沈みそうよ!?」
ラフィニアが声を上げる。
「下に何かいるみたい……!?」
「あれは――!?」
と、今度はそれが、水面に顔を出して商船の横腹に食いついた。
それは――
「魔石獣!?」
海や湖にも虹の雨は降る。
水中の生き物が魔石獣化してしまう事も勿論ある。
「魚の魔石獣ね!」
「ま、まずいわよあれ……! このままじゃ!」
「助けよう! 突っ込むね!」
「そうね、あたし達が一番近いんだし!」
「わ、分かったわ!」
それにはレオーネも反対せず、全会一致で突撃が決定した。
全速力で突っ込みつつ、戦いやすいように高度を下げる。
水面が近くなると、機甲鳥は水面に轍を残すように、盛大に水を巻き上げる。
水柱を上げながら、そのまま突進。
「よぉし、あたしがやってみるわね!」
「うん、ラニ!」
船影が近づくと、ラフィニアが愛用の弓の魔印武具である光の雨を引き絞って放つ。
生み出された光の矢が魔石獣を襲うが――
気配を察知したか、魔石獣は水中に潜ってしまう。
湖水に阻まれ、ラフィニアの放った光の矢は消失してしまう。
「あっ水中に逃げたわ!」
「レオーネ。剣なら水中に届くよ!」
「ええ、任せて!」
レオーネが魔印武具の黒い大剣を抜き、水中に刃を向ける。
「行けっ!」
グングンと刃が伸びて水中に侵入。大きな魔石獣の影を捕らえた。
「よし――当たったわ!」
が、その瞬間機甲鳥の船体が大きく揺れる。
剣が突き刺さり身をよじった魔石獣の動きがそのまま伝わったのだ。
「きゃっ!? う、うう……! お、重いわ……!」
「手伝うね。ラニ、操縦桿お願い」
「うん、クリス!」
「イングリス、お、お願い――!」
「任せて」
イングリスはレオーネに手を貸して、一緒に黒い大剣の魔印武具を握る。
「行くよ。せーの!」
「ええぇぇぇいっ!」
二人で力任せに、魔石獣を水中から引きずり出すように剣を振り上げた。
ばしゃあぁぁん!
魔石獣が水面に打ち上げられる――
が、剣からはすっぽ抜けて高く舞い上がってしまった。
「あ……! 抜けちゃった!」
「大丈夫!」
イングリスは機甲鳥から軽い身のこなしで飛び降りた。
そしてそのまま、沈まずに水面を駆け始める。
水上走行だ。日頃の訓練の成果である。
足が沈む前に小刻みに上げ続ければそれほど難しくない――
と、イングリスは思っている。
「えええぇぇっ!? ちょっと水の上走ってるわよ!? 何あれ!?」
「まぁクリスだからねぇ」
驚くレオーネとちょっと自慢気なラフィニアに見守られつつ、イングリスは魚の魔石獣の落下点に回り込む。
「はああああっ!」
思い切り蹴り上げ、再び魔石獣の身体が上空に。
イングリスは更にその落下点に回り込み、また蹴り上げる。
「もう一回! もう一回! もう一回!」
と蹴り上げ続け――とうとう魔石獣は湖畔に打ち上げられていた。
「誰か、誰か魔石獣にとどめを刺してください」
「あ、はい――」
ポカンとしながらミリエラ校長が引き受けてくれた。
「何だか恐ろしいものを見ちゃった気がしますが、良くやってくれました――」
「そうですね。水に潜む魔石獣は存在が掴みにくいですから、恐ろしいですね」
「いやそうじゃないんですが……まあいいです。凄い生徒が来てくれたことは、素直に嬉しいですから。とにかくイングリスさん達の活躍は、ちゃんと先方に伝えておきますね」
その後はもう暫く機甲鳥の飛行体験を続け、本舎に戻って施設を見学してから解散となった。
なかなか楽しめそうなところだな、というのがイングリスの初日の感想である。
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