第50話 15歳のイングリス・氷漬けの|虹の王《プリズマー》6
「そうか――ノーヴァの街でそんな事が……執政官が行方不明になったとは小耳に挟んでいたけれど――二人とも大変だったね。血鉄鎖の首領にまで対面して、よく無事で……」
ラフィニアがノーヴァの街での出来事をかいつまんで説明をすると、ラファエルはラフィニアとイングリスが無事だったことに、まずはほっとしたようだ。
「気になるのは『浮遊魔法陣』の存在です。それを知った上で天上領側にあの街を引き渡したのですか?」
だとしたら、意図的に街や人を売った、すなわち切り捨てた――という事になる。
「いや――僕は初耳だな。国王陛下に近い所には知られていたのかも知れないけれど」
「知っていて引き渡したのなら、あたしは問題があると思うわ、兄様」
「そうだね、ラニの言う通りだ。貴重な情報をありがとう、ラニ、クリス」
「ううん。兄様の役に立てたなら良かったわ」
「どういたしまして」
「それにしても、そちらがその魔石獣になった執政官殿……魔石獣が人に懐くなんて驚いたな」
「元々は獣や虫ではなく天上人ですし、その中でも特に理性的な方でしたから――魔石獣の本能のようなものに、ある程度抗う事が出来るのかと」
「体が小さくなった事も関係してるかもって」
「なるほど――」
と話し合うイングリス達をレオーネと天恵武姫のリップルは目を丸くして見つめていた。
「「……」」
既に三人とも、成人男性の二、三日分の量の食事を平らげ、食卓には空の皿がうず高く積まれている。その上今もなお口いっぱいに食事を頬張って、もぐもぐとやりながら会話をしているのである。
「うわーラファエル君だけじゃなくて、妹ちゃん達もそうなんだ――」
「こ、これじゃあ確かにうちの食料じゃ足りないわね……」
ラフィニアは蒸した鶏肉を一つ二つ三つと連続で口に入れつつ、ラファエルに問う。
「それで、兄様たちはどうしてここに?」
「ラニ達も手伝ってくれた、この街に突然現れるようになった魔石獣への対策だよ」
「あ、それは私も気になっていたんです。街を出る前に、何とか解決すればいいなって思っていましたけど……」
「うん。だったら大丈夫だよ、レオーネ。数日中には魔石獣が街中に出現する事は無くなるはずだ」
「どうなさるのですか? ラファ兄様」
「うんクリス。僕らは今回の現象はあの氷漬けの虹の王が影響していると見ている。だから――」
ラファエルも口いっぱいに肉を頬張りながら、真剣な顔で理由を説明してくれた。
そして数日後――
イングリス達はラファエルやリップルと共に、空に浮かぶ機甲親鳥の上にいた。
これは機甲鳥の母艦とも言えるもので、翼の生えた丸い船体の周囲に機甲鳥を格納するための穴が沢山開いている。
それはただの収納場所というだけではなくて、機甲鳥を収める事により動力の補充も可能になるそうだ。
機甲親鳥を中心に、そこに属する機甲鳥をまとめて一つの戦闘小隊として運用するのが基本となるのだろう。
「氷漬けの虹の王が魔石獣を生むのならば――それを運び出してしまえば、魔石獣が街中に現れる事は確かに無くなりますね」
イングリス達の目の前では、今言った通りの事が行われようとしていた。
氷漬けの虹の王を収めていた聖堂の屋根が取り払われ、無数のワイヤーが巻き付けられた氷柱を、大量の機甲鳥や機甲親鳥を動員して、空に引っ張り上げた所なのである。
すなわち、氷漬けの虹の王を空輸しようというのだ。
周囲には数百の機甲鳥が展開しており、その眺めは中々に壮観だ。
この空輸作戦を指揮するのが、聖騎士であるラファエルなのである。
天恵武姫のリップルも、万一に備えて同行していたというわけだ。
「凄い眺めよね……! 機甲鳥ってこんな事も出来るんだ――」
「そうだね。機甲鳥は天上領でも実際に使われているものだから、凄く便利だよ。これが手に入るようになって、僕らの出来る事も増えた」
ラフィニアの言葉にラファエルが頷いている。
「もしもあれが血鉄鎖旅団の仕業だったとしても、恐らくは氷漬けの虹の王に関する事が狙いだろうから、それを運び出してしまえばやっぱり街自体は安全になる……か」
レオーネは血鉄鎖旅団を一番疑っていたようだが、そう説明されると納得していた。
しかし、虹の王を運び出す事はいいとして、問題はその運び先だ。
別の街に移せば、この街に起きた事がそのままそこでも起きる事になる。
だが――
「そして、運び出した虹の王は敵国との国境付近に安置する。あれが生む魔石獣を、敵国の侵入に対する防波堤代わりにする、か。毒を以て毒を制すだね。もったいない……」
イングリスからすれば、せっかくの敵を潰し合わせて共倒れさせるなど、戦いと成長の機会を削ぐ暴挙なのである。
戦略的に効率がいいのは認めざるを得ないが。
「またクリスの病気が……いいアイデアじゃない。こっちの戦力は減らさずに、敵の侵入を防げるんだから」
「そうなんだけどね」
「魔石獣は国の見境なんか無く襲ってくるのに、それでも他国を侵そうなんて輩はいるものよね……」
「そうだね。虹の雨の降る地上で、人間同士で争うなんて不毛な事だ。今回の作戦は、それを避けるためでもある――魔石獣の力を借りるようで、あまり気分のいいものではないけれどね」
隣国ヴェネフィクは、過去に何度もこの国への侵入、侵略を試みている。
近年でもそれは続いており、魔石獣を除けばこの国にとって一番の脅威だろう。
虹の王をその国境の山中に移す事により、それが生む魔石獣をヴェネフィク軍への防壁にしてしまおうというのが今度の輸送計画の主旨であるらしい。
考えたのはラファエルの上司であるウェイン王子だとの事だが――
恐らくその王子は、相当な策略家だろうと思われる。
「さ、ラニ、クリス、レオーネ。この機甲親鳥は王都に戻す事になるから、三人は王都まで乗って行くといい。僕とリップル様は空輸作戦の指揮を続けるからね」
「うん、ありがとうラファ兄様!」
「お世話になります」
「ラファエル様、今まで何かとありがとうございました……!」
「うん。みんな、騎士学校を頑張ってね。いつか一緒に戦える事を楽しみにしているよ」
ラファエルが優しい笑顔をイングリス達三人に向ける。
「ね、ね。イングリスちゃんちょっとい~い?」
と、リップルはイングリスだけを機甲親鳥の隅っこに連れて行き、声を潜めて切り出した。
「……キミでしょ? エリスが言ってた、とんでもない女の子って――」
「エリスさんにお聞きになったのですか?」
「うん。今はまだ天恵武姫同士の秘密にしてるけどね?」
「……ありがとうございます」
「で、さ。あの虹の王を見て、実際どう思った?」
「遠くへ行ってしまうのが残念です」
「あはっ♪ 全然ビビってないんだね? どう、勝てそう?」
「負けるために戦う者はいませんよ」
「……あのね、コレはナイショの話だけど――多分そう遠くないうちに戦える日が来ると思うよ?」
「えぇっ!? 本当ですか……? 確かに、死骸という割には力を感じましたが――」
「ホントはね、元々死んでなんかいないんだよ。あいつはあの氷の中に自分で閉じこもったんだ……ボクはその現場を見たからね。もう何十年も前の話だけど――」
「……! 天恵武姫は長命だと聞いたことはありますが――」
「そうだよ。本当は結構お婆ちゃんなんだよ? ボクって。エリスもだけどね」
まあこちらはお婆ちゃんどころかお爺ちゃんなのだが――
それを言っても仕方がないので、黙っておくことにする。
「……死骸って言ってるのは、みんなを安心させるためだよ。今まで動きが無かったのに動き出したのは、確実にあいつが甦る兆候だよ。起きるなら人里離れた所に運んどかないとヤバいでしょ?」
「そうですね、気兼ねなく戦うにはいい場所です」
「ワクワクした顔してるね?」
「はい、とても」
「うんうん♪ 悲壮感が無くていいなあ、イングリスちゃんは。その時が来たらキミのこと必ず呼んであげるから、力を貸してね。それまではバリバリ修行して力を磨いておいてよ?」
「分かりました。必ず呼んでくださいね」
「もちろん。じゃあ指切りでもしとこうか?」
「はい、お願いします」
そうして指切りをした後――
「じゃあみんな、この任務が終わったらまた王都で会おう!」
「ばいばい~頑張れ少女たち! またねっ♪」
ラファエルとリップルは、機甲鳥に乗り移って離れて行った。
「よし、では出発! いつ新たに魔石獣が生まれるか分かりません! いつでも迎撃できるよう、細心の注意を払いながら進んで下さい!」
そしてラファエルの号令一下、氷漬けの虹の王が遠ざかって行く。
イングリス達は暫く、機甲親鳥の上からそれを見守っていた。
――はやく蘇ってこい、そして思う存分戦おう。
イングリスは内心でそう虹の王に呼びかけていた。
「では、本機は王都へ帰還する!」
機甲親鳥を率いる隊長らしき騎士が、そう宣言する。
機甲親鳥が動き出すと、アールメンの街の姿はだんだんと小さくなっていく。
それを見るレオーネは、決意に満ちた表情をする。
「……いつか、胸を張ってこの街に帰ってこられるようにしなきゃ――」
「うんうん。あの人達を見返してやればいいわ」
「わたし達も協力するから」
「ありがとう、二人とも」
――そしてイングリス達の王都への旅も終わり、騎士学校に入学する日がやって来た。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!