第491話 16歳のイングリス・二色の竜7
「あ! いたわ! 聖騎士団の船よ!」
レオーネがそう声を上げる。
機甲親鳥の上でそれぞれに散り周囲を観察していたのだが、レオーネの方向に聖騎士団の船がいたらしい。
皆レオーネのほうに集合し、ラフィニアはレオーネが向いている方向の空を見る。
空は晴れているが、そこには澄んだ青色と少しの雲しかない。
「え? どこ? いないわよ?」
「ラニ。下だよ、下」
イングリスは空ではなく地上のほうを指差す。
そこには殆ど半壊状態と言っていい程に傷ついた飛空戦艦が着陸している。
周囲には聖騎士団の騎士達が出てきて、何やら作業をしている様子だった。
船体の応急処置だろうか? 何にせよ只事では無い。
「! 船があんなに傷ついて……! 何があったんでしょう!? それにロスは……!?」
アルルがとても心配そうな顔をする。
「とにかくあちらに向かいましょう。見える位置ならばすぐに跳べます」
「お願いします、イングリスさん!」
「はい。ラニも皆も、船から離れずにいてね」
イングリスはそう言いながら、その場に跪いて機甲親鳥の船体に触れる。
そして目標地点である不時着した飛空戦艦をしっかり見据えて――
神行法!
次の瞬間、イングリス達の機甲親鳥は飛空戦艦の真上に転移していた。
「おおおおおぉぉぉっ!?」
「な、何だ……!? 機甲親鳥!?」
「近付いてくる様子は無かったぞ。一体どこから……!?」
眼下で作業していた騎士達が、ざわざわとしながらこちらを見つめる。
「よし、急がないと……!」
イングリスは機甲親鳥に積み込んである機神竜アウルグローラの尾をひょいと掴み上げる。
機械や装甲に覆われている部分も多いので、そういう匂いはするが背に腹は代えられない。
力自体は機神竜のほうが強力なので、食べられる部分だけで言えば効果も上のはずだ。
ロシュフォールの治療のためにここまで運んできた。
「アルル先生、飛び降りますので掴まって下さい」
「え、ええ……!」
「あたしも! レオーネ、マイスくん、機甲親鳥の着陸はお願い!」
アルルに続いて、ラフィニアもイングリスに抱きついた。
「ええ。そのまま飛び降りるのはちょっと……怖いし」
レオーネは高い所がそこまで得意では無いので、少しほっとしているようでもある。
「分かったよ。き、気をつけてね」
「じゃあ、行きます!」
マイスが頷くのを見てから、イングリスは機甲親鳥の船体を蹴って宙へと身を躍らせる。
「皆さん! 飛び降りますのでぶつからないように逃げて下さい!」
「いやもう飛び降りてるけどおぉぉぉ! やっぱり怖いわねえぇぇぇぇっ!」
「ご、ごめんなさい急いでいますので……!」
それを見た作業中の騎士達が慌て始める。
「おおおおぉぉぉぉっ!? あの子達騎士アカデミーの……! 飛び降りてくるぞ!?」
「あれは何かの尻尾か!? な、何て無茶な! いや虹の王と戦えるんだから出来て当然なのか……!?」
「彼女ならカスリ傷一つ負わんよ。問題はこちらだ、早く逃げるんだなァ……!」
ずだあああぁぁぁんっ!
盛大な音と土埃を巻き上げてイングリスは飛空戦艦の真横に着地する。
「皆さんお騒がせして申し訳ありません。急いでいましたので――」
イングリスは驚いてこちらを見る騎士達にぺこりと一礼する。
「あ、ああ。それはいいんだが」
「ほ、本当に何とも無さそうだぞ。どうなってるんだ……」
騎士達開いた口が塞がらない様子である。
「ロスは……ロス・ロシュフォールはどちらに!?」
「神竜の肉を採ってきたんです! すぐに食べさせてあげないと!」
アルルに続けてラフィニアが呼び掛ける。
「ああそれなら――」
と騎士の一人が教えてくれようとする前に、背後の方から声がする。
「しかし何だか機甲鳥のような部品も沢山混ざっているのだがねェ? 本当に食べられる代物なのかなァ?」
「仕方ないんですロシュフォール先生。元々機竜が神竜と一つになってくれて、これでも食べられそうな所を採ってきたんです。ロシュフォール先生を助けてあげるにはこれしかないから……!」
ラフィニアは振り向かずにそう答えてから、何か重大な事に気がついた様子だ。
「ん……!? んんんんんっ!?」
振り向くとそこに立っているのはロシュフォールだった。
息も絶え絶えで起き上がる事も出来なかったのが、すっかり血色も良くしっかりと立っている。
「「ロシュフォール先生!?」」
イングリスも驚いて、ラフィニアと声が揃ってしまう。
「やァ。せっかくだが鉄と油混じりの肉を食べさせられるのはご遠慮願いたいなァ?」
「ロスっ!」
アルルが涙を浮かべながら胸に飛び込んで行っても、ロシュフォールはしっかりと受け止めていた。
「心配させておいて済まないなァ、アルル。もう大丈夫だからその肉は不要だよ」
「いいんですそんな事は! あなたが元気になってくれたならそれで……!」
「そうか。しかし少々、衆目を集めすぎてしまうなァ」
抱き合うアルルとロシュフォールに皆の注目が集まり、ロシュフォールは少々ばつが悪そうである。
「いいじゃないですかロシュフォール先生! あたしは感動してますよ、頑張って良かったなぁって思うし! 無駄になったけど!」
ラフィニアが目をキラキラさせている。
「だが教官として青少年には少々目の毒かとねェ?」
「いやいやいや、アルカードでもっと凄いの見て来ましたから! あれは凄かったわね、ラティもプラムも……ね、クリス?」
「止めてあげなよ。きっと二人とも気にしてるから」
「でももうちょっと先も見たかった気がするわよね……後学のためにも」
「そんな勉強必要ないから! ラニには早過ぎるから思い出したらダメ! 忘れて! 今すぐ!」
ラフィニアにあんな事は許さない。絶対駄目だ。まだまだまだまだ早過ぎる。
「も~。こういう冗談だけは全然通じないわよね、クリスは」
ラフィニアが耳を押さえて顔をしかめる。
「だけどロス……無事で良かったですけど、どうして急に治ったんですか?」
少し落ち着いた様子のアルルがそう尋ねる。
その疑問は当然の事だろう。イングリスとラフィニアとしても気になる。
「あぁ簡単な事だよ。こちらでも竜の肉が手に入ったんだなァ。それも新鮮なヤツがなァ」
「えぇぇっ!? な、なんでこっちに竜さんが現れるんですか!? あたし達は調べて探してようやく見つけたのに……」
「急に神竜が現れたのですか? それだけの急激な回復は神竜の肉でないと難しいと思うのですが――」
「ま、私の体が治ったという事は、神竜とやらに勝るとも劣らない竜だったのだろうなァ」
「よくそんなの倒せて……あ! も、もしかしてラファ兄様がリップルさんを武器化して使ったりしてませんよね!?」
「……!」
ラフィニアの考えもあながちあり得なくもない。
イングリスも表情を引き締めた次の瞬間――
「ラニ! クリス! おかえり!」
飛空戦艦の船内から出てきたラファエルが、イングリス達に声をかけて来た。
「「ラファ兄様!」」
どうやら杞憂のようで何よりだ。
「アルルも! 良かったね、ロシュフォールは元気になったよ!」
「皆さん無事で何よりですわ!」
「心配していたんですよ!」
リップルやリーゼロッテ、メルティナも一緒である。
飛空戦艦の損傷は酷いが、皆無事のようだ。
「ラニもクリスも、怪我はないかい?」
優しい笑顔でそう問いかけてくるラファエルは、何故だか腰の後ろの辺りをさするような仕草をしていた。
あまり見ないラファエルの仕草だが、そこが痛むのだろうか?
「ラファ兄様どうしたの? お尻が痛いの?」
ラフィニアがきょとんとして問いかける。
「え? ああこれは……」
「まああれだよ、名誉の負傷ってヤツだよね? ラファエル?」
「ははは。そうですね、リップル様……」
ラファエルはそう答えて苦笑していた。
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