第490話 16歳のイングリス・二色の竜6
「しかしリップル様……! リグリフ宰相の仰る事も尤もです、僕は……!」
「い、いいや、貴公が従うべきは天恵武姫の言葉だなァ……いずれにせよ使い手との意思が一つにならねば、天恵武姫は力を発揮してはくれんのだからなァ……」
「ロシュフォール殿、しかし!」
そうしている間に魔素流体の巨人は激しく動き出している。
首を長く伸ばすとエキドナの顔が大きく口を開け、騎士達を貪り食おうと追い回すのだ。
「「うおおおぉぉぉっ!?」」
「「うわあああぁぁっ!?」」
「くっ……! しかしこのまま見ているわけには!」
「誰もそんな事は言わないんだなァ……これを使え、ラファエル・ビルフォード殿……!」
ロシュフォールは腰に身に付けていた剣を鞘ごと外し、ラファエルへと手渡す。
それはラファエルの神竜の牙と対になる超上級の魔印武具、神竜の爪だ。
カーリアス国王がカーラリアに仕える事になったロシュフォールに与えたものだ。
「ロシュフォール殿……!」
「これが貴公の道だよ。天恵武姫とは別の方法で更なる高みを……! 使いこなしてみせるんだなァ。手応えは感じたんだろう?」
神竜の牙と神竜の爪は天恵武姫を除けばカーラリアの国でも最強の魔印武具だ。
強力な竜の力を秘め、単なる武器では無く持つ者にその力を貸し与える。
それが今ラファエルが身に纏っている紅く輝く鎧。
神竜の牙がラファエルに力を貸してくれている証だ。
そこに更に、神竜の爪の力も合わせて二刀流にする。
ロシュフォールがラファエルに神竜の爪を手渡すのはそういう事だ。
「ああ、分かった! 使いこなして見せる!」
以前ラファエルが騎士アカデミーを訪れた際、既に教官として働いていたロシュフォールと手合わせをした事がある。
その時、神竜の牙と神竜の爪の刃がぶつかると、お互いの力が混ざり合って大きくなって弾け飛んでいた。
つまり、二つが混ざり合えば新たな巨大な力を生む。
その手応えはあった。
問題はそれをラファエルが操れるかどうかだ。
ラファエルは鞘から神竜の爪の蒼い刃を抜き放つ。
神竜の牙は紅い炎の竜の力。
神竜の爪は蒼い氷の竜の力だ。
「リップル様! こいつは僕が引き受けます……! 皆を連れて脱出を!」
紅と蒼の二刀を手にしたラファエルは、リップルにそう呼び掛ける。
「う、うん分かった! みんな急いで避難に移って! 無事な機甲鳥を動かすの! リーゼロッテちゃん達はすぐに奇蹟で外に待避しちゃっていいから!」
「え、ええ……! 分かりましたわ! メルティナさん、ロシュフォール先生を! リグリフ宰相もこちらに!」
リーゼロッテは真っ先に、メルティナ、ロシュフォール、リグリフ宰相の三人を抱えながら船外に飛び出そうとする。
その動きに反応したエキドナの首が迫って来ようとするが、そこにラファエルが割って入ってくれる。
「やらせるものかっ!」
紅い刃がエキドナの首の突進を押さえるが、逆に向こうも神竜の牙に食らい付いて動きを止めたとも言える。
そこに間髪入れずに大きな両手が伸びて来て、ラファエルの身を捕らえて包み込もうとする。
「ラファエル様!」
「振り向かなくていい! 早く行くんだリーゼロッテさん!」
そう言うラファエルの身を、元の紅い輝きとは別の蒼い輝きが包み込もうとしていた。
それを最後に、リーゼロッテは振り返らず船外へと飛び出す。
ラファエルの指示を忠実に守った結果だ。
だから紅い光と蒼い光が混ざり合い、爆発的に膨れ上がっていくのを見ていなかった。
そして膨れ上がっていくのは光だけで無く、ラファエル自身の体もそうだと言う事も。
巨人の両手を内側からぶち破り、更に膨れ上がり変化していく。
グオオオオオオオオオォォォォォォォンッ!
リーゼロッテが振り向いたのは、巨大な竜の咆哮を耳にしてからだ。
咆哮と共に巨大な竜が船体を上に突き破り、姿を覗かせていた。
その身を覆う鱗は右半分と左半分で、綺麗に紅と蒼に別れている。
「ええぇぇっ!? あ、あんな巨大な竜がどこから来ましたの……!?」
「ら、ラファエル様です! 体が大きくなって変化して……!」
メルティナが巨大な竜を指差して教えてくれる。
「あ、あれがラファエル様!?」
リーゼロッテが見た神竜フフェイルベインに匹敵する巨体だ。
それが飛空戦艦の内側から出現したせいで、船体は更に大きく傷ついて半壊状態になってしまっているように見える。
その事に二色の巨竜自体が戸惑っているのか、どこか落ち着きなくキョロキョロとしている。
「ククク……まさか竜の加護を受けた魔印武具を極めれば……自分が竜になるとはなァ……あれは間違いなくラファエル・ビルフォード殿だよ。見ろ、船を壊した事を気にして狼狽えているよ。生真面目な男だなァ」
「ははは……確かにそのように見えますわね」
しかしそれも僅かな間。巨竜は意を決したように船体の壁を破って上空へと飛び上がる。
その巨木のような後ろ足には、魔素流体の巨人をガッチリと掴んで一緒に引き摺り出して来ている。
「あ、あの敵も一緒に……!」
「引き剥がそうとしているのですわ!」
魔素流体の巨人さえ船から遠ざければ、後は安全に着陸させればいい。
それは上手く行っているように見える。
ならば残るは――敵のほうを叩くのみだ。
二色の巨竜はグンと体を折り曲げて、後ろ足を持ち上げて自分の顔に近づける。
後ろ足は魔素流体の巨人を捕まえている。
つまり、鋭い牙がびっしりと生え揃った口元に巨人が近付いた。
そこで巨竜は大きく口を開き――
ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォォッ!
紅蓮の炎と極寒の冷気が渦を巻くような竜の吐息を、猛烈な勢いで吹き掛けた。
威力もさることながら何よりその範囲、規模が絶大だった。
一撃で魔素流体の巨人を包み込むと、焼き尽くして消滅させ、凍結させて粉々に砕いた。
あっという間に魔素流体の巨人は影も形も無くなってしまう。
「や、やりましたわ! 凄いですわね……!」
神竜フフェイルベインの竜の吐息に匹敵、いや上回るかも知れない。それ位の迫力と威力だった。
「ええ本当に……! それにとても美しい姿ですね――」
メルティナとしてはこんな光景は見た事のない、とても鮮烈な姿だった。
「あ、あれがラファエルなの……!? 一発で倒しちゃった!」
遅れて機甲鳥で飛び出していたリップルも、近くに来て声を上げている。
「ええ。間違いありませんわ。以前ラティさんも竜の肉を沢山お食べになって、竜に変身出来る体質になられていましたけれど……ラファエル様の身にも似たような事が起こったのだと思います。大きさも強さも比べものになりませんが――」
竜になったラティとラファエルでは、大きさからして何倍も違う。
今のラファエルと比べると大迫力に思えたラティの変身の姿が可愛く思えてしまう。
「す、すごいなぁ。あんな事出来るんなら、ボクはいらないかも……ね」
言葉の内容に反し、リップルの口調や表情は少し嬉しそうだった。
「お言葉の割に嬉しそうですわ、リップル様」
「ふふ……そうかな。そうかもね?」
リーゼロッテとリップルはお互いに微笑み合う。
そんな中、ラファエルが変化した二色の巨竜は飛空戦艦の船体の下に回ろうとしていた。
飛空戦艦はあちこちから煙を吹き出し、飛行もややぎこちないような状態だ。
それを安全に着陸させるため支えようというわけだ。
「あぁ、ああ言う所はやっぱりラファエルだね。とにかく何とかなりそうで良かったよ。エリスがいないうちに何かあったら怒られちゃうし」
「ロシュフォール先生のおかげですわ。ありがとうございます……!」
「後はアルル先生達を待つだけですね、ロシュフォール先生……!」
しかしリーゼロッテとメルティナの呼び掛けに対し、ロシュフォールの返事はない。
「「ロシュフォール先生!?」」
二人は慌ててロシュフォールの様子を確かめる。
「だ、大丈夫!?」
リップルも慌ててロシュフォールに視線を向ける。
「い、意識はありませんわ! かろうじて息はあるようですが……」
「こ、このままではアルル先生達を待つ時間も……」
俯くリーゼロッテとメルティナだが――
「あ……! ねえ、ボクに考えがあるんだけど!」
リップルだけは何かを思いついたのか、ぽんと手を打っていた。
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