第489話 16歳のイングリス・二色の竜5
「うっ……!?」
上から降ってきた巨大な塊はラファエルを捕らえ、その姿を包み込んでしまう。
「ラファエル様っ!?」
「な、何て事だ……!」
「我々をお助けになるために!」
突き飛ばされた騎士達は無事だったが、飲み込まれたラファエルの姿を見て青ざめた顔をする。
「いや、みんな! まだだよ!」
リップルが声を上げ、ラファエルを飲み込んだ肉塊の中心を指差す。
芯の部分が仄かに紅く光り、湯気のようなものが沸き立ち始めている。
「ラファエルが中から焼き尽くそうとしてる! まだ無事だよ! 早く出してあげなきゃ!」
リップルの銃撃が魔素流体の表面を削り抉っていく。
「わたくしも!」
「わ、私も!」
リーゼロッテとメルティナもそれに加勢する。
「わ、我等も!」
「ラファエル様をお助けするのだ!」
「おおおぉぉぉっ!」
聖騎士団の騎士達も、その場の全員でラファエルを救い出すため一斉攻撃を加える。
しかし、ラファエルが斬り捨てた魔素流体の巨人の体の各部が蠢き始める。
モゾモゾと地を這ってラファエルを包んでいる魔素流体の塊へと合流し、一つになっていく。
「全部くっ付いて、一つになろうっていうの!?」
「ますます大きくなってしまいますわ……!」
リップルとリーゼロッテは焦りの表情を浮かべるが、既に全力の攻撃は加えている。
結果的に全てが融合していくのを止める事は出来ず、ラファエルを覆う塊はますます大きく分厚くなってしまう。
そのせいか内側の紅く光っていた輝きもかすれてきているように見える。
「リ、リップル様! な、何かいい手段はありませんでしょうか……!? このままではラファエル様が! ラフィニアさんのお兄様が……!」
「リーゼロッテちゃん……! だ、だけど、これ以上強い攻撃は今のボク達には――」
「いいや、出来るんだなァ」
リップルやリーゼロッテの背後に立つのは、ロシュフォールだった。
ふらふらと辛うじて立っているような状態である。
「ロシュフォール先生! そんな無理をなさっては……!」
メルティナが慌ててロシュフォールに肩を貸して支える。
「ここはそういう場面ですからなァ……私にしか出来ぬ事があるならば、それをせざるを得んでしょう」
この場で今ロシュフォールにしか出来ない事。
それはリップルにはすぐ察しが付いた。
「ま、まさかボクを武器化して使おうって言うの!? そんな体で……!?」
「そんな体だからこそですなァ。アルルから話は聞いておられませんかな?」
武器化した天恵武姫は持ち主の命を吸い取り奪ってしまう。
どういう訳かイングリスは平気な顔をして天恵武姫を使ってしまうのだが、あれはあくまで例外中の例外。
特級印を持つ騎士が天恵武姫を使えばいずれ命を奪われ力尽きてしまう。
「う、うん……聞きはしたけどね――」
が、それを踏み倒す抜け道もあるらしい。
それは使い手が今にも命が尽きそうな程の重篤な状態である事、だ。
実際ロシュフォールが以前偶然にも行っていた事だ。
「さ。何もせぬ内に死んでしまっては格好が付きませんので、お早くして下さると助かりますなァ」
差し出すロシュフォールの特級印が刻まれた手は、小刻みに震えている。
口調こそはっきりと取り繕っているが、本当に限界は近いのだ。
「……分かった! ラファエルやみんなをお願い!」
ロシュフォールの手にリップルが手を重ねる。
爆発的な輝きがその場に満ちていく。
目を開けていられないくらいの眩しさの中、リップルの体が変化して行く。
光が収まった時、ロシュフォールの手には黄金の銃が握られていた。
「クククク……さァこちらは今にも死にかねんのでねェ。さっさと済まさせて貰うぞォ」
リップルが変化した黄金の銃口が、魔素流体の塊の中心を向く。
危険を察知したのか魔素流体の塊の一部が変形し、触手のようにロシュフォールへと突き進んで来る。
「フン。そんなものでは止められんのだなァ!」
ロシュフォールは躊躇いなくリップルの黄金の銃の引き金を引く。
激しく輝く閃光が放出されて、一直線に突き進んでいく。
迫って来ていた魔素流体の触手は閃光に触れると弾け飛ぶように消滅し、ロシュフォールまで到達する事が出来ない。
そして閃光の弾は本体も貫き大穴を開け、尾を引くように通り過ぎていく。
位置的に背後にあった壁やその先の船体構造を傷つける事は避けられない。
魔素流体の塊に穿たれた大穴の向こうに、いくつもの船体の壁を貫いた跡と夜空の星の姿が見える。
しかし魔素流体の塊は、すぐに元の形に戻ろうと蠢き始める。
一部はロシュフォールの銃撃で吹き飛んだが、まだまだその大部分は無事だ。
「……! 元に戻ろうとしていますわ!」
このままでは大穴もすぐに塞がってしまうだろう。
「さァ早く出てくるんだなァ……! 余り船を傷つけるわけにはいかんだろう?」
そのロシュフォール呼びかけが聞こえたと言うわけでは無いだろうが――
塞がりつつあった穴の淵がもう一度弾け飛ぶようになり、そこから紅い輝きが飛び出してくる。
神竜の牙の鎧を展開したラファエルだ。
鎧の装甲はあちこちが浸食されて痛んでいるように見えるが、無事ではありそうだ。
「「ラファエル様!」」
「「ご無事ですか!?」」
騎士達が戻って来たラファエルに駆け寄ろうとする。
「よ、良かったですわ……!」
「ご無事のようですね!」
リーゼロッテとメルティナも胸を撫で下ろす。
「やァ。無事で何よりだなァ?」
「ロシュフォール殿……!? あ、貴方がリップル様を使って僕を!?」
ラファエルはロシュフォールが握る黄金の銃を見て目を見開く。
「あァそういう事だなァ。さあどいていたまえ、もう一撃しておくからなァ」
「ま、待つんだロシュフォール殿っ!」
「フフ……待てと言われて待つ奴が……」
ロシュフォールはにやりと笑みを見せて再び引き金を引こうとするが――
引き金に指がかかり切らず、そのまま下に落としてしまう。
同時にがくりと体が倒れそうになり、メルティナが膝を突きながら辛うじて支えるような姿勢になってしまう。
「ぐ……うぅ……っ!?」
「「ロシュフォール先生!」」
リップルも銃の姿から元に戻り、ロシュフォールに駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「いかんなァ。どうやら引き金を引く力も無くなったようだ。ま、元々死体のようなものだからなァ……」
そう言うロシュフォールの口元から、赤い血が漏れ出している。
「あ、後は……」
「ああ分かったロシュフォール殿! 後は僕に任せてくれ!」
ロシュフォールに駆け寄ったラファエルがそう声をかける。
「「ら、ラファエル様!」」
「「敵が再びあの姿に……!」」
騎士達が言う通り魔素流体の塊が再び人型の巨人の姿に変わって行く。
頭部に浮き上がる巨大なエキドナの顔も健在だ。
ただし全体的な大きさは最初の巨人を遙かに上回っている。
後から降ってきた魔素流体の分も一つになっているからだ。
立ち上がるとエキドナの首が天井に当たり、上部に突き抜けて破壊してしまう。
それだけでなく体のあちこちから触手を伸ばし、それを戦闘で開いた穴の外へと這わせて行く。
直後に船体がギシギシと音を立て、大きく揺れ始める。
真っ先に悲鳴を上げたのは、端のほうで蹲って震えていたリグリフ宰相だ。
「ひ、ひいいいいぃぃぃぃっ! や、奴は船自体を沈めるつもりだ……! ら、ラファエル殿よ何とかしてくれ! そなたが天恵武姫を使って……!」
「……! え、ええ――リップル様……!」
ラファエルがリップルの方を見る。
「ま、待ってよラファエル! ラファエルは元気なんだから、ロシュフォールとは違うよ! そんな簡単にボクを使わせられないよ……! い、今からでも出来る限りの人数で避難を!」
「いや、それではこの船を放棄する事になる! この船は対ヴェネフィクは対ヴェネフィク戦争において無くてはならぬもの……! それに今から全員は助からんぞ!」
リップルとリグリフ宰相の言い分は全く食い違っていた。
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