第488話 16歳のイングリス・二色の竜4
「主に刃を向る事は許さんぞ……!」
「あ、ああ――」
メルティナとしては助けられたのだが、凄惨な光景だ。
これが実戦。それも人と人とが傷つけ合う現場だ。
なんて痛ましい終わり方だろう。
だが、そのメルティナの考えは間違っていた。
「フフ……」
エキドナは微笑を浮かべると、くるりと背後の騎士を振り向く。
まともに胸を剣で貫かれておきながら、異様な光景である。
胸を貫かれた部分からも大して血が流れていないように見える。
「ふ、不死者ですわ! お気をつけを!」
「くっ……抜けん!」
側近の騎士が剣を引き抜こうとしてしまううちに、エキドナの剣が騎士の腹部を貫いた。
「ぐああぁっ……!?」
こちらは体を貫かれた剣が血に塗れ、足元にもあっという間に赤い染みが出来ていく。
「さあ、餌をクレテヤル……」
エキドナは騎士を貫いたままその体を持ち上げ、無造作に振り抜いた。
異様な力で騎士の体は簡単に吹き飛び、魔素流体の巨人の方へと飛んでいく。
そして巨人の体に激突すると、後は先程取り込まれた聖騎士団の騎士と同じだ。
肉や骨が軋むおぞましい音を立て、魔素流体の一部となっていく。
「クククク……ハハハ……」
同じリグリフ宰相の側近の騎士を犠牲にしながらも、エキドナに一切の感傷は無く笑みを浮かべるばかりだ。
その口調はややおぼつかず、あまり流暢では無い。
リーゼロッテは不死者だと言ったが、不死者になると力は増す代わりに知性は低下するという事なのだろうか?
「多少なりとも言葉を話す不死者は初めて見ました! お答えなさい、あなたの目的は何です!? あなたをそんな風にしたのはやはりヴェネフィクのマクウェル将軍なのですか!?」
しかしリーゼロッテの問いに不死者となったエキドナは何も応えない。
返答代わりと言わんばかりに地を蹴り、手近なメルティナの前へと迫って来る。
「っ!?」
その動きは素早く太刀筋も鋭く、メルティナの反応が間に合わない。
しかしその剣がメルティナの身を捉える前に、エキドナの体が大きく横に吹き飛ぶ。
高速で割り込んできた人影が横面を蹴り飛ばしたのだ。
その蹴りの威力は凄まじく、エキドナの体が船底に叩きつけられて跳ね上がる程だった。
「メルティナちゃん、リーゼロッテちゃん、二人とも大丈夫!?」
それは動物の耳と尾を備えた獣人種の天恵武姫――リップルだ。
「リップル様! ええ、わたくし達は大丈夫ですわ!」
「ありがとうございます!」
「うん、ごめんね遅くなって!」
リーゼロッテとメルティナのほうを振り向いて少しだけ笑顔を見せると、リップルはすぐにエキドナの吹き飛んだ方向に注意を向ける。
そちらでは紅く輝く剣を構え、同じく紅く輝く翼のある鎧を身に纏った人影が魔素流体の巨人と対峙しようとしていた。
神竜の牙の鎧を展開したラファエルである。
その近くに、リップルが蹴り飛ばしたエキドナが倒れ込む。
リップルの強烈な蹴りをまともに受けたがすぐに跳ね起き、しかも立ち上がったその首がおかしな具合に曲がっていた。
エキドナは全くの無表情に、首を無理矢理力で捻り戻す。
メキメキと骨が軋む異様な音を立てていた。
「うぅ……!?」
「こ、これが不死者なのですわね」
首を無理やり元に戻したエキドナは、そのまま近くのラファエルに襲い掛かろうと突進する。
「ラファエル! 後ろ!」
リップルの警告と、エキドナが剣を繰り出すのは殆ど同時だ。
「ええ! 見えています!」
まるで背中に目がついているかのような滑らかさで、ラファエルはエキドナの剣を避けて見せる。
それだけでなく体を入れ替えるように回り込むと、逆にエキドナの背後を取り強烈な蹴りを見舞う。
リップルに続いてラファエルにも蹴り飛ばされたエキドナは、魔素流体の巨人に衝突し――
そのままずぶずぶと体が埋まり、取り込まれていく。
「……! こ、これは!?」
「ふ、不死者は不死者も喰らうのですか……!?」
「ぼ、ボクにも分からない。仲間割れ、いや制御が出来てないのかな……!?」
リップルはそう疑問を口にしながら、ラファエルのほうに走って合流する。
そうしているうちに、エキドナを取り込んだ魔素流体の巨人に変化が生まれた。
顔の無い顔だった頭部に、エキドナの顔が浮かび上がってきたのだ。
元のエキドナの顔よりは遙かに大きい、巨大な顔だ。
巨人のずんぐりとした体型とは全く均整が取れず、異様な迫力と不快感を見る者に与えてくる。
「違う……!? ひ、一つになっちゃったの!?」
エキドナの顔が大きく口を開け、リップルを噛み砕こうと迫って来る。
短かった首がグンと伸びて目の前に迫ってくる。
「うわああぁぁぁっ!?」
中々に見た目が衝撃的な攻撃だ。これなら何も無い顔の方が余程いい。
リップルは悲鳴を上げながら迫って来るエキドナの顔を躱す。
跳躍しながら顔面を蹴り飛ばし、その反動で宙返りしながら大きく距離を取る。
「あんなのに食べられるなんて、ゴメンだよ!」
リップルを取り逃したエキドナの首は大きく旋回し、今度はラファエルのほうに迫る。
船底を這うような低い軌道だ。
その口から舌が伸び、舌先には彼女が持っていた剣に巻き付いていた。
それが広範囲を薙ぐように船底を擦ると、地を這う暴風の壁を生み出す。
恐らく剣は魔印武具。この姿でも奇蹟を操って見せるらしい。
「こんな姿に……! 何て哀れな――せめて僕が!」
高速で迫る攻撃を、ラファエルは避けようとしない。
「でええぇぇぇいっ!」
暴風の壁にぶつけるように、神竜の牙の刃を大上段から振り下ろす。
その一刀の威力が、暴風の壁を真っ二つに断ち割った。
「「流石、お見事!」」
騎士達が喝采するが、それだけではない。
剣の軌道に沿うように地を這う炎が巻き起こり、エキドナの顔を直撃し炎上させたのだ。
更にエキドナの顔が炎を振り払う前に、地を蹴りつつ鎧の翼の力で加速。
あっという間に肉薄し、太い首に刃を撃ち込む。
竜の強烈な熱の力を帯びる刃は魔素流体を焼き切りながら、一刀で首を叩き落とす。
だが魔素流体の巨人のほうもそれだけでは動きを止めない。
腕や足がラファエルを狙おうとするのだが、ラファエルはそれも見切っていた。
「させるものかっ!」
翼による高速移動を行いながら斬撃を繰り出し、魔素流体の巨人を切り裂いていく。
紅い光のような剣閃が幾重にも迸り、次の瞬間には巨体の腕も足も胴体も、それぞれがバラバラになり崩れ落ちる。
「す、凄い……! 流石我が国第一の聖騎士様ですわ」
リーゼロッテは感嘆して思わず唸る。
神竜の牙という強力な魔印武具の力も勿論あるだろうが、ラファエル自身の太刀筋の冴えが凄まじい。
純粋な剣の腕という点で言えばイングリスにも劣らないのでは無いか。
「「やった! 流石はラファエル様だ!」」
「「はははは! ラファエル様に敵うものか!」」
聖騎士団の騎士達もラファエルの力量に鼻高々と言った様子だ。
「まだ油断は出来ません! 分かれた破片を完全に焼き尽くして消し去ります! 皆さんも協力を!」
ラファエルの言う通り、切り裂かれた魔素流体の巨人の体は動きを止めずに蠢いている。このまま放っておけば元に戻ってしまうだろう。
「「「ははっ!」」」
しかし、その時だ。
エキドナの顔を浮かべる魔素流体の巨人の首の真上――
その天井部分が大きく崩落し、巨大な何かが降ってくる。
「っ! みんな! 離れて!」
ラファエルはそう警告しながら騎士達を突き飛ばす。
上から降ってきたのは、流体に近いような大きな塊だった。
つまり、魔素流体で出来た肉塊である。
先程まで相手していた巨人と同質のもの。そして大きさも引けを取らない。
これまではまだ半分だったという事だ。
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