第487話 16歳のイングリス・二色の竜3
「な……っ!? いきなり……!」
「きゃあああぁぁぁっ!?」
リーゼロッテは驚きつつも回避行動を取り、メルティナも悲鳴をあげながらも鞭剣の魔印武具を前面に大きな弧を描くように操る。
鞭剣の刃が円状に並び、それらを繋ぐ面に奇蹟の力で水鏡が生まれる。それが盾となり幅広く残骸を受け弾いてくれた。
「ありがとうございます! 助かりましたわ!」
「と、咄嗟に体が動いてくれました……お役に立てて良かったです」
「訓練の成果ですわね? メルティナさんは頑張っていますもの」
「あ、ありがとうございます……!」
少し前まで騎士のきの字も囓った事の無い素人が生粋の女騎士であるリーゼロッテに誉めて貰えるのは、嬉しい事だ。少しだけ自分に自信を持てる。
「あそこから入りますわね!」
リーゼロッテは格納庫に開いた穴から船内へと侵入していく。
そこでは大勢の騎士達が集まって、一体の敵を取り囲もうとしていた。
それは半分液体のような、巨大な丸い塊だった。
魔石獣のような体表の鉱物も何も無く、そうとしか表現のしようが無い。
「な、何だこれは……!?」
「迂闊に近付くなよ! もう何人も……!」
騎士達は格納庫の奥側にこの塊を進ませないよう、行く手を阻もうとしているように見える。
「な、何でもいい我が命を守れ! こんな所で宰相たるものが倒れるなど国家の損失だ! さぁかかれかかれぇぇいっ!」
そう強張った声を上げているのはリグリフ宰相だ。
その横には男性の護衛騎士がいる。
格納庫の端に追い込まれたリグリフ宰相を守るため、聖騎士団の騎士達が前面に立っている様子である。
「これはやはり……!」
リーゼロッテがそう言う間に、塊が人の数倍程もある人型に形を変えていく。
一切の顔や表情は無い無貌であり、手足は短くずんぐりとしている。
「マクウェル将軍が操っていた魔素流体の巨人ですわ! イルミナスで見たものよりはかなり小さいですが……!」
「あ、あれが魔素流体……ああ――」
もし自分と一緒にイルミナスに連れて行かれた者達が犠牲となって生み出されたものだとしたら、何と哀れな事だろう。
彼等は元々カーラリアに敵対する意思など無い穏健な人々だ。
それをこんな風に利用して、彼等の命も意思も冒涜している。
「とにかく加勢を!」
リーゼロッテは少し離れた安全な壁際にメルティナとロシュフォールを下ろそうとする。
「メルティナさんはロシュフォール先生を……!」
だが着地をした途端に、リーゼロッテ自身がよろめいて膝を突いてしまう。
「うぅ……っ!?」
「リーゼロッテ!? だ、大丈夫ですか!?」
リーゼロッテの右膝から血が流れていた。
「先程の残骸が少し。避け切れなかったようですわ」
「ごめんなさい、私がもっと上手くやれていれば……!」
「いえ、このくらい大丈夫ですわ。それよりもロシュフォール先生をお願いしますわね」
「いいえリーゼロッテがロシュフォール先生を! 加勢は私が!」
傷ついたリーゼロッテを戦わせて自分が安全な所にいるわけにはいかない。
メルティナがリーゼロッテを押し止めようとするうちに、魔素流体の巨人が腕を振り回して聖騎士団の騎士達を攻撃する。
流石精鋭の騎士達はその攻撃をそれぞれ避けてみせるのだが、格納庫には様々な資材が置いてあり同時にそれらが散乱する。
その散らばった資材に足を取られたりぶつかったりして、姿勢を崩してしまう者は決して少なくない。
そんな彼らを巨人が逆の腕を伸ばして捕まえてしまう。
「くっ……しまった!」
「いかん!」
「助けるぞっ!」
「「「おうっ!」」」
騎士達がそれぞれに魔印武具の奇蹟を繰り出し巨人の手に掴まれた仲間を救おうとする。
しかしその攻撃が着弾する前に――
「お……!? おああぁぁぁぁ……ぁぁ――」
メキメキ肉や骨が軋む異様な音を立て、掴まった騎士の姿が萎んで消えていく。
着ていた服や魔印武具だけが下に落ち、姿形が無くなってしまった。
そして巨人の姿が一回り大きくなった気がする。
「あ、ああ……人を捕らえて取り込んで、お、大きく……!?」
見る見る人が萎んで消えて、恐ろしい光景だ。
メルティナは思わず戦慄する。
「掴まれば終わりだ! 散開しろ!」
「し、しかしこう狭くては!」
「リグリフ宰相を放っておくわけにもいかん!」
「ちょうど大穴が開いた! 宰相殿を外にお逃がしし、散開して当たろう!」
「そうだな……! 宰相殿! お外にお早く!」
聖騎士団の騎士達が呼び掛けると、リグリフ宰相の側近の騎士が頷く。
「承知した! 閣下、機甲鳥で船外に! 少々お待ちを!」
側近の騎士が格納庫の機甲鳥の元に走る。
聖騎士団の騎士達は魔素流体の巨人を牽制。
そうしている内に格納庫の逆側から新たに人影が現れる。
剣を片手に巨人の脇をすり抜け、聖騎士団の騎士達とリグリフ宰相の間に走り込む。
「おぉエキドナか! よく戻った!」
リグリフ宰相はほっとした表情を見せる。
「おぉ、良い所に!」
「宰相殿を頼みます!」
騎士達も彼女を問題視しようとしない。
戦場である以上、剣を抜いている事も不思議では無い。
だが――
無言でリグリフ宰相に駆け寄ったエキドナは、勢いそのまま主人に対し剣の切っ先を繰り出した。
「な……!? 何をするエキドナっ!? ひいいいぃぃぃぃっ!?」
悲鳴を上げ身を屈めようとするリグリフ宰相だが、緩んだ体型といいとても避け切れるような身のこなしでは無い。
しかしその身に剣が突き立つことは無かった。
水色の細い光の鞭によって繋がれた刃が絡まって、その動きを止めたのだ。
「や、やらせません!」
メルティナの魔印武具の鞭剣だ。
姿を見せた女騎士を誰も疑うことが無い中、メルティナだけは彼女を警戒して一歩先に動くことが出来たのである。
「お、おぉ……! よくやってくれたぞお嬢さん……! ありがとう!」
リグリフ宰相は地面を這うようにしてメルティナのほうに逃げてくる。
足元に縋り付かれると、申し訳ないが少々生理的嫌悪感を感じる。
「いいですわよメルティナさん! そのまま離さないで下さい!」
「は、はい!」
リーゼロッテが痛む足を押して動き出そうとするのだが、その前にメルティナがリーゼロッテの指示を守ることが出来ない。
凄まじい力で引っ張られて、体ごと引きずり倒されてしまう。
「きゃあっ!? な、なんて力……っ!?」
同じ人間とはとても思えない。
向こうが無造作に鞭剣の絡まりついた剣を振ると、足元が浮いて体ごと振り回されてしまう。何とか鞭剣の手元は離さずにいるので精一杯だった。
「メルティナさん!」
「のおおおぉぉぉぉっ!?」
メルティナにしがみ付いていたリグリフ宰相の手が離れてしまい投げ出されてしまう。
しかも悪いことに、その体が飛んだ方向には壁が無い。
ちょうど最初に開いていた穴の場所だ。
それを狙って振り回したのかも知れない。
「あっ……!? リグリフ宰相!?」
「くっ! わたくしが!」
リーゼロッテが奇蹟の翼を再び発動させ、穴から投げ出されそうなリグリフ宰相の体を受け止める。
それは良かったのだが問題はメルティナのほうだ。
強く手前側に引っ張られ、エキドナの手前の床に体を叩きつけられる。
「あぁっ!?」
強烈な衝撃で、それだけで意識を失いそうになる。
エキドナの剣を封じていた鞭剣も振り解かれてしまう。
「逃げて! メルティナさん!」
そのリーゼロッテの声で咄嗟に顔を上げると、目の前に剣を振りかぶるエキドナがいた。
「……っ!」
しかしその剣がメルティナを貫く前に――
「エキドナ貴様あああぁぁっ!」
エキドナの背中側から胸を貫いて、剣の刀身が飛び出してくる。
「!?」
リグリフ宰相のもう一人の側近の騎士だ。
背後から突進してエキドナの身を貫いたのである。
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