第483話 16歳のイングリス・神竜捜索12
「……?」
何故止まるのか。
鋭い爪の一本一本は巨大な大剣のようで、日の光を浴びてギラリと輝いている。
それを思い切ってこちらに叩きつけて欲しい。望む所だ。
だが更に一拍、二拍置いても機神竜は動かない。
神竜アウルグローラはこちらに攻撃を仕掛ける意思を持っていたが、それを機竜の意識が押し止めてせめぎ合っているように見える。
「頑張って下さい! もう少しです!」
イングリスは機神竜に向かって声をかける。
「そうですね! 機竜が神竜の怒りを鎮めようとしてくれているんですね……! どうか頑張って下さい!」
「そうだ……! 頑張るんだよ、僕達の機竜!」
「機竜さん! マイスくんの言葉に答えてあげて!」
「そうよ、お願い頑張って……!」
「…………」
イングリスとしては怒り狂う屍神竜アウルグローラの意思で攻撃を振り切って欲しいのだが――
純真なアルルには全く違う意図に取られてしまったようだ。
言葉というのは難しい。
あえて否定するわけにも行かず、そのまま様子を窺うしかない。
そして機神竜が受け取ったのは、イングリスの声援だった。
ガアアァァァッ!
巨大な腕がとうとう頭上から振り下ろされてくる。
「やった!」
「「「「やった!?」」」」
疑惑の声が上がる中、イングリスは機神竜の大きな腕を真っ向から受け止めていた。
先程までより更に威力を増した、清々しいまでの剛力だ。
受け止めた衝撃に地面のほうが耐えられず、イングリスの足元を中心に崩れて凹み、円形に広がって行く。
「ふふふ……なるほど、これが機神竜の力――素晴らしいですね!」
少し油断しただけであっという間に叩き潰されてしまいそうだ。だがそれがいい。
「ちょっとクリス! 一人だけ違う事考えてたでしょ!?」
「ま、まあまあ。攻撃されたら受けないわけには行かないでしょ?」
「それはそうだけど……!」
「機竜の気持ちはわたしも分かってるよ。出来るだけ止めてあげられるようにしてみるから、ラニ達は少し離れて隙を見て尻尾を斬って!」
神竜ではなく機神竜になってしまったが、尻尾に生身の部分もある。
ロシュフォールの治療には使えるだろう。その確保も忘れてはならない。
「ええ分かったわ、イングリス。そうしましょう、ラフィニア!」
「分かったけど話は終わってないからね! 怪我とかしちゃダメよ、クリス!」
何だかんだと言っても心配してくれているのは嬉しい。
「うん分かってるよ、ラニ!」
ヴゥゥゥン……ッ!
低い震動音が響き、機神竜の体に組み込まれた砲身がイングリスのほうを向く。
その砲身の中に先程までは見えなかった輝きが生まれようとしていた。
両肩、両腰、左腕部五つの砲門が全て同時にだ。
右腕はこちらに叩きつけているため射線が通らないが、その分凄まじい圧力で動きを封じて来る。
霊素殻を発動した今の状態ですら、潰されはしないが簡単に押し返す事も出来ない拮抗した状態だ。
動きを封じてそこを砲撃。情け容赦のない攻撃である。
全力で潰しに来たという事だろう。
「いいですね……!」
イングリスは目を輝かせて笑みを浮かべる。
「ならば、こちらも!」
イングリスの身を竜氷の鎧が包む。
両手は頭上から叩きつけられた機神竜の右腕を受け止める姿勢のまま、だ。
魔術と竜理力を組み合わせた竜魔術である竜氷の鎧や竜氷剣は、発動させるには一定の所作を必要とする。
竜理力の流れを制御して魔素と重ねるためにはそうせざるを得なかったのだが、編み出してから時間が経ち実戦での扱いにも慣れ、所作を省略しての発動も可能になって来た。
竜理力の制御力が向上した結果だ。
僅かな違いだが、その僅かがこういう時に役に立つ。
「はああぁぁっ!」
竜氷の鎧によってさらに増幅された力が、機神竜の腕を押し退ける。
だがその瞬間、既に機神竜の五つの砲門から分厚い光線が一斉に発射されていた。
一瞬で、目の前が圧倒的な黄金の輝きに包まれる。
「……っ!」
「クリスっ!」
「イングリスさんっ!」
ラフィニアとアルルの声が聞こえるのは、自分の背中の方向からだ。
位置的に、横に飛び退いたり神行法によって回避をすればこの一斉砲撃に巻き込まれかねない。
――とは言え、元々避けるつもりもない!
「ならばっ!」
身のを仰け反らせ後方に手を突き回転し、何度か繰り返して距離を取る。
それでも高速で迫る光線とはそれ程距離が開くわけではないが、一瞬の間が取れれば十分。
何度かの回転を繰り返したイングリスは、着地をしつつ両の掌を前に突き出していた。
霊素弾!
ズゴオオオオオオオォォォォォッ!
機神竜の一斉砲撃と霊素弾の光弾が衝突し、拮抗し始める。
いやどちらかと言うと、こちらの霊素弾がじりじりと押されているだろうか。
「なるほど、これは神竜の竜の吐息を更に機械的に増幅して……素晴らしい威力ですね!」
この黄金の光の一斉砲撃には、元々強力な竜理力が更にあり得ない程極度に圧縮され内包されているのを感じる。
あり得ない程の高密度化が、機械部分による恩恵となるのだろう。
ここの所は平和に騎士アカデミーの訓練ばかりしていたので、ここまでの手応えは久しぶりだ。
思わず笑みが漏れてしまうが、このままではじりじりと押し込まれてしまう。
ちょうど機神竜が六つ目の右腕の砲門からも光を放ち、更に圧力を加えて来た。
一旦一斉砲撃は食い止め、ラフィニアとアルルが退避する時間は十分。
ここからイングリス自身も回避する事も可能だが――それもしない。
「まだまだっ!」
正面からぶつかりたい!
イングリスは地を蹴り真っすぐお互いの力の衝突点に突っ込む。
霊素の波長を変え、先に放った霊素弾と反発する波長に。
その状態で、霊素弾を後ろから思い切り殴りつける。
霊素反の応用だ。
光弾の軌道を操るためではなく、後ろから勢いを加えて押し返すのだ。
その威力で、霊素弾が一斉砲撃の光をかき分けるように押し返して行く。
どんどんとイングリスが、機神竜に向けて接近して行く。
このまま霊素弾を直撃まで持って行っても良し、それが防がれそうなら霊素殻の波長を変えた打撃で炸裂させ、霊素壊にしても良い。
「さあ、どうします!?」
その言葉が聞こえていたのかは分からないが、機神竜も黙ってはいなかった。
キシャアアァァッ!
咆哮して大きく開いた口の奥に、更にもう一門の砲身が姿を見せる。
「お……!」
まだ大砲を隠し持っていた。
あれを加えれば更に強力な手応えを感じられるだろう。
イングリスはそれを楽しみに備えるのだが、機神竜はいつまで経っても追撃を放ってこない。
それ所か全砲門の射撃を止め、高く空に舞い上がってしまう。
「むぅ……!?」
あちらに付き合う義理などないとはいえ、力比べをすかされてしまうのは少々悲しい。
せっかく楽しんでいたし、まだ機神竜に余力はあるはずなのに。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!