第481話 16歳のイングリス・神竜捜索10
神竜の骨は全体をくねらせてイングリスから離れると、地面に落ちて鎌首をもたげるような姿勢で威嚇してくる。
オオオオォォォォォォォ……!
そして一体どこから出ているのか分からないが、恐ろしげな呻き声が響き渡る。
「な、何これ!? 竜さんって骨になっても動けたりするの!?」
「それとも、元々こういう姿だと言う事も……!?」
「いえ、ここにいるとされていたのは神竜アウルグローラ。異名は黄金竜です、黄金の鱗に覆われた姿のはずです」
だが地中から現れたのはこの骨だけの竜である。
神竜アウルグローラはどこに行ったのだろう?
こんな骨だけの姿になられたら竜の肉が採れないではないか。
何があったのかは知らないが、もし本当にこれが神竜アウルグローラであれば由々しき事態である。
「あなたは何者です……!? あなたは神竜アウルグローラなのですか!?」
『如何ニモ……我……は、神リュ……リュリュウゥゥゥ……』
途切れ途切れのおぼつかない調子だが、返答が帰って来た。
「……! 声が聞こえました、やはり神竜だと……!」
イングリスと同じ巫女服を身に纏ったアルルにも、声は聞こえたようだ。
「じゃ、じゃあ竜さんって骨になっても動けるんだ……!」
「いや、そうじゃないよラニ。竜だってあんな姿になったら生きられないよ。たぶん神竜アウルグローラは死んで、不死者になったんだよ」
神竜の強力な竜理力を感じると共に、不死者の気配も強く感じる。
これは屍の神竜が不死者になった存在――言わば屍神竜とも言うべき存在だろう。
「不死者……イングリスさんの言う通り、確かにその気配を感じます……!」
アルルもイングリスの言葉に同意する。
彼女も不死者の気配を感じ取る事が出来るようだ。
アールメンの街のレオーネの屋敷が不死者に襲われた時のエリスも、不死者の気配を感じ取っていた。
「アウルグローラよ。あなたに何があったのです? どうしてそのような姿に?」
『オアァァァァ……! 許サン……! ユルサアアアァァァァンッ!』
恐ろしい唸り声と共に、アウルグローラの顎がイングリスを襲ってくる。
「はあぁぁっ!」
霊素殻に身を包んだイングリスは、それを真っ向から受け止める。
相手の体重自体は思ったより軽いとはいえ、凄まじい威力だ。
何もなければこのまま戦いを楽しみたいのだが、そう言うわけにも行かない。
「落ち着いて下さい。アウルグローラよ……! 何もあなたと敵対し殺そうというわけではありません……!」
イングリスはアウルグローラを押さえ込みながら呼び掛ける。
『オアアアァァァァァァァァッ! ガアアアアアァァァァァッ!』
しかしアウルグローラは極度の興奮状態に陥っているようで、まともに話にならない。
これはこのまま、もう少し落ち着くのを待った方がいいかも知れない。
「このまま抑えるね。かなり興奮してるみたいだから……!」
イングリスが呼び掛けると、ラフィニアもアルルも頷いて様子を伺う態勢を取る。
「不死者って、レオーネの家を襲ってきたやつよね。リーゼロッテも襲われたって言ってた……!」
「うん。その不死者だよ」
「それにイルミナスを壊したあの巨人も魔素流体の不死者だって……」
「だね。マクウェル将軍がそういう魔印武具を使ってたんだよ」
「じゃあこの骨の竜さんもあの人が……!?」
「そうとは限らないと思うけど――それは後で考えた方がいいかも知れないね」
長く封印された神竜が途中で命を落とし憎しみや恨みを募らせて自然とそうなったのか、あるいは神竜の屍に不死者を生み出す強力な魔術をかけた結果、暴走して制御不能となり封印せざるを得なかったのか。
それとも本当にラフィニアの言う通り、マクウェルの仕業なのか。
レオーネやリーゼロッテが不死者に襲われた事を考えると、それも含めて国内に侵入していたマクウェルが工作していたと考える事も出来ないわけではない。
だがいずれにせよ、今のイングリス達にとっての一番の問題は――
「ところでクリス、この竜さんじゃ食べる所が無いけどどうしよう!?」
「そうだね。本当にどうしようか?」
「これではロスを助けてあげる事は……」
アルルが表情を曇らせる。
「で、でもお肉は無いけど骨を持って帰って煮崩れるくらい煮込んで食べたら少しは効くかも……! ねえ、クリス?」
「そうかも知れないね……! けど、ちょっと別に試してみたい事があるかな……!」
『ゴアアアァァァァ……! 許サヌ……! ユルサヌユルサヌウウウゥゥゥッ!』
アウルグローラはまだ全く落ち着く様子が無い。
「試す? 竜さんまだまだ全然落ち着いてないみたいだけど――」
「うん。このままでもやれるから……やって見るね!」
アウルグローラが落ち着いてくれるのを待ってはいたが、何もそれだけではない。
間近にこうして触れながら、この神竜の竜理力を探っていた。
その波長や質に直接触れて、どういったものかはおおよそ把握出来た。
竜理力というのは扱いが極度に難しい霊素に比べて柔軟で制御しやすい力だ。魔素と比べても更に扱いやすいかも知れない。
神竜フフェイルベインから授かったイングリスの竜理力でも、性質を変化させて神竜アウルグローラのそれに合わせる事が出来る。
「さぁアウルグローラよ受け取って下さい! 竜理力っ!」
そしてそれを、アウルグローラの側に流し込む。
『オアアアアアアアァァァァァ……!?』
竜骨がイングリスの竜理力を受けて輝き始める。
「光った!?」
「これは、何が……!?」
「わたしの竜理力を与えています……!」
竜理力をこちらから与えて、アウルグローラの竜としての力を活性化させようと言うわけだ。
イングリスが身に付けた竜理力は肉体の形をなぞり、実際の力として実体に作用するもの。
それをアウルグローラに流し込む事により、失った肉体の姿を象る方向に働いてくれるかも知れない。
「! 光が竜の形になってく……!」
ラフィニアの言う通り、アウルグローラの竜骨の輝きが広がり金色を帯び、大きな竜の形となって行く。これがアウルグローラの元々の姿の輪郭なのだろう。
「元の姿を取り戻そうとしているんですか……!?」
「ええアルル先生。上手く行ってくれるといいのですが……!」
元の姿を竜理力で象る所までは出来た。
これに実体を持たせる事が出来れば――受肉した神竜の復活だ。
『ルオオオオオオォォォォォォォッ!』
だがそれを邪魔するかのように、アウルグローラがイングリスを押し込もうとしてくる力が段違いに強くなる。
踏ん張る姿勢が崩れる事は無いのだが、地面の方が削れて体が後ろに押されていく。
「おぉ……! 元気になってきましたね!」
「クリス!」
「イングリスさん!」
「大丈夫だよ。このまま……! あっ!?」
イングリスが声を上げたのは、アウルグローラの竜骨を包む黄金の竜理力が霧散してしまったからだ。
こちらを押し込んでくる手応えも、元の骨だけのものに戻ってしまった感じがする。
「竜理力が拡散してしまいましたか――力は宿したものの宿るべき肉体を持たぬゆえに定着しなかったと……」
やはり諦めるしか無いのだろうか?
もはやラフィニアが言っていたように骨だけでも持って帰って、それを食べられるように加工してロシュフォールに試すしか無いのかも知れない。
と、イングリスも流石に諦めかけたその時――
「みんな! 無事!?」
「これは――!? 骨!? 神竜が骨だけになってるの!?」
上の方から声がした。
「レオーネ!」
「マイスくん!」
レオーネとマイスが追いついて来たのだ。
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