第480話 16歳のイングリス・神竜捜索9
「枷……って何? クリス」
「うん、この岩山だよ。この岩山から力が出てるから――」
あの岩山自体が聖剣やグレイフリールの石棺の元になった狭間の岩戸などの神器に相当するものだと言えるだろう。
天恵武姫も使用者の生命力を拡散して散らしてしまうという副作用こそあるものの、霊素の行使に耐え得るという点では神器に相当する存在であると言っていいかも知れない。
「出てるから?」
「うん。壊そうか?」
イングリスはにっこり笑ってそう答える。
岩山を破壊した残骸は峠の街道を封鎖する石材として使えそうでもあるし、一石二鳥だ。
「はははは……わぁ、手っ取りばや~い」
「ラニも賛成だね? じゃあ早速――」
イングリスは操縦桿から手を離し、一番近い岩山へと両手の掌を翳す。
――霊素弾!
ズゴオオオオオオォォォォッ!
巨大な霊素の光弾が岩山の中腹に突き刺さり、貫いて行く。
大穴を開けられた岩山は上半分が崩れ落ち潰れてしまう。
岩山が小山程度に圧縮されてしまった。
「す、すごい……っ!」
アルルがそう言うのを聞きながら、イングリスは星のお姫様号から身を躍らせる。
「ラニ! 操縦よろしく!」
「わっ……! ちょっとクリス……!?」
慌てて舵を取るラフィニア。
「力は効率的に使わないとね!」
落下しながらイングリスは霊素殻を発動させる。
着地後すぐに全力で地を蹴り、岩山を貫いた後の霊素弾を追いかける。
ラフィニアとアルルが瞬きする程の間に、イングリスは光弾の軌道に肉薄していた。
「はああぁぁっ!」
そして霊素殻の霊素の波長を磁石が弾き合うような異波長に変更。
その状態で霊素弾を思い切り殴り飛ばす。
光弾はがくんと向きを変え、また別の岩山の中腹へと突き進んで行く。
そして先程と同じように岩山に大穴を開けて貫き、崩壊させた。
その貫いた先には、既にイングリスが待ち構えている。
「もう一つ!」
さらにがくんと霊素弾は方向転換。
三つ目の岩山を貫き崩壊させる。
「最後っ!」
もう一度軌道に先回りし、霊素弾に打撃を加える。
最後の方向転換をした光弾が四つ目の岩山を崩落させる。
そして全ての威力を使い果たした霊素弾は、段々薄れて消えて行く。
後に残るのは四つの潰れた岩山と、それらを一筆書きで繋ぐような地面を抉った破壊痕だけだ。
霊素反。
先に放出した霊素弾に対し反発する波長の霊素で打撃を加え任意に軌道を操る戦技だ。
これならば真っ直ぐ直進するしかない霊素弾の威力を余す事無く使い切る事が出来る。
「はははは、一撃で滅茶苦茶……苦労して作ったかも知れないのに」
イングリスの頭上にやって来た星のお姫様号に乗るラフィニアが、乾いた笑いを浮かべている。
「うん。あんまり連発すると余力が無くなるから、撃つのは一発で効率的にね? 後も控えてるから」
それぞれに霊素弾を撃って破壊すると四発必要になり、流石に霊素の消耗が無視出来ない。こうすれば効率的である。
そもそも霊素弾自体を誘導出来ればいいのだが、そこまで器用には制御出来ないので力業で何とかしてみようという事である。
結果が良ければそれでよしだ。
「流石はロスが私を使っても勝てなかったイングリスさんです。普段の訓練から分かってはいましたが、凄まじいですね」
「アルル先生、いいですよそんなに誉めなくて。またクリスが調子に乗っちゃいますから……」
「ふふふっ。大丈夫ですよラフィニアさん。きっとあなたがいる限りは……」
アルルはそう微笑みながら星のお姫様号から飛び降りる。
「さあ、これで何かが……」
イングリスの横に並ぶアルルの言葉に割り込むように、地面がガタガタと振動を始める。
「! おぉ……! 動きましたね」
イングリスの狙い通りになってくれただろうか?
向こうから出てきてくれると手間が省けて助かる。
「何かが下にいる……!?」
アルルも表情を引き締める。
「クリス! アルル先生!」
「ラニ! 星のお姫様号をお願い!」
「足がないと困りますから……!」
直後、地面から何かが飛び出してくる。
ドガアアァァァンッ!
足元の地面を割り土煙を巻き上げながら姿を現したのは、極上の刃のように研ぎ澄まされた牙の並ぶ顎の先端だ。
「巨大な口が真下に!?」
イングリスとアルルの左右に上顎下顎が飛び出し、そのまま地面ごと噛み砕くように迫って来るのだ。
「ふふっ。丸ごと噛み砕くつもりのようです」
「回避を!」
「いえ先生! 受けます!」
神竜が獲物を噛み砕く顎の力。せっかくなので真っ向から受け止めてみたいではないか。
「はああぁぁぁぁっ!」
イングリスは足を踏ん張りつつ霊素殻を発動。
迫って来る牙を掴んで受け止めにかかる。
「ならこちらは私が!」
アルルはイングリスと背中合わせになるように、左側から迫る顎に向き合ってくれる。
その手には身が隠れる程に大きな、黄金の盾が出現している。
アルルが武器化する時の姿は盾だ。
天恵武姫はそれと同じ種類の武具を喚び出して使う事が出来る。
右からの牙をイングリスが、左はアルルがそれぞれ受け止める。
「なるほど……! これはフフェイルベインにも勝るとも劣らない、凄まじい力ですね!」
心地の良い重みが手から伝わってくる。
実戦に勝る修行はない。
このまま暫く味わっていたいが、まずは神竜の肉を得る事が最優先だ。
戦う前に交渉する体勢に持ち込む必要があるだろう。
「た、確かに凄い力です!」
盾で神竜の牙を組み止めているアルルは、後ろ足の膝を突きそうになっている。
純粋な力比べではいくら天恵武姫と言えども少々苦戦しているようだ。
「アルル先生、そのまま後ろに下がって下さい! わたしがそちらも受け止めますので」
「だ、大丈夫なんですか……!?」
「はい、任せて下さい。ついでに地中から出てきて貰いましょう。さぁ早く!」
イングリスが促すとアルルは少しずつ後ろに下がって行く。
牙の先がイングリスの方に近付き手が届くようになると、片手をそちらに向け左右両方を一人で支える体勢を取る。
「少し離れて下さい。神竜が飛び出します!」
「はい! ですがどうやって……!?」
イングリスの言う通りに、神竜の顎の内から外側に跳躍するアルル。
「それは勿論――」
力任せに引きずり出す!
「はああああぁぁぁっ!」
左右から迫って来る神竜の牙を掴んだまま、イングリスは地を蹴り前に踏み出す。
地面を掘り起こしながら巨大な物体を引き抜く感覚。
だがその手応えは、思っていたよりも何だか軽い感じがした。
「ち、力で引き抜いた!?」
「何か出てきたわ!」
舞い散る小岩や土煙に目を細めるアルルとラフィニア。
イングリスも飛び出した神竜の姿を確認しようと視線を向け――妙に軽かった理由が把握出来た。
「! これは、肉が無く骨だけで動いて……!?」
神竜では無く恐らくは神竜の骨。
それが動いて凄まじい力でイングリス達を噛み砕こうとしていたのだ。
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