第478話 16歳のイングリス・神竜捜索7
翌日――
「え……!? 目的地の変更ですか……!?」
飛空戦艦内の一室で、ラファエルがそう声を上げる。
「そうは言っておらんよラファエル殿。少々回り道をするだけだ。我が本拠グリッタの街から遠征軍の駐屯するグリロース砦までの道も、先日の虹の王の侵攻で荒れ果てておってな。この飛空戦艦ならば大量の物資を一気に輸送出来る。街の者達から砦の兵達への手紙なども届けてやれる。どうか一つ骨を折ってやってくれんか?」
イングリス達やラファエル達が集められた中でリグリフ宰相が言い出したのが、この案件である。
グリッタの街は現在地からは東方向。
ヴェネフィクとの国境付近にあるグリロース砦は北東方向で、目的の神竜アウルグローラの封印地もそこに近い。
その付近に向かうのだから、先に物資を積み込んで輸送をさせて欲しいという事だ。
確かに飛空戦艦の輸送力は大きいし、それを輸送に困っている前線のために使いたいと言うのは理解の出来る話だ。
それだけにラファエルも断り辛い話しだろうとは思う。
「しかし、神竜の封印地への到着はどうしても遅れてしまいますね……」
遅れると言ってもそれ程長くはならず数日程度だろうが、その数日が今のロシュフォールの容態にとっては命取りになりかねない。
「で、でも兄様……! 急がないとロシュフォール先生が……! 勿論食べ物や手紙が届かなくて困ってる人達も助けてあげないといけないけど」
「うん。そうだね、ラニの言う通りロシュフォール殿の容態は予断を許さない」
とはいえ今回の神竜の調査は東部諸侯からなる対ヴェネフィクの遠征軍が出撃する際、封印された神竜が動き出し背後を突かれたりしないように、という名目だ。
つまり遠征軍の後顧の憂いを断つためだ。
とにかく何でもロシュフォールの事を最優先に、とは言い難い状況ではある。
「では兄様、わたし達を先行して神竜の封印地に向かわせて下さい」
イングリスは手を挙げつつラファエルに申し出る。
元々イングリス達は聖騎士団の所属ではないし、神竜の調査のために聖騎士団に帯同させて貰っている立場だ。
二手に分かれて調査のために先行しても問題ないだろう。
これなら調査も遅れず、リグリフ宰相の申し出を無碍にする事も無い。
「そうすればどちらにも遅れはないかと思います」
それに、口に出しては言えないが今回の調査の本当の目的はロシュフォールを救うために竜の肉を得る事と、ヴェネフィクに続く国境の道を崩壊させ遠征軍が進軍出来ないようにする事だ。
神竜の仕業に見せかけて街道への破壊工作も行う必要がある。
その破壊工作のためにはリグリフ宰相やその配下の騎士が現場にいない方がやり易いだろう。
これは単なる厄介事ではなく逆に好機とも言える。
ただし、ラファエル達聖騎士団の手で行うはずだった工作をイングリス達が請け負う事にはなるが。
「クリス……頼んでいいのかい?」
ラファエルが念を押すように言って来るのは、言葉に出せないその辺りの事情を考えてのものだ。
「ええ兄様、お任せ下さい。別行動のために機甲親鳥を使わせて頂ければと」
「うんそうだね。リグリフ宰相、構いませんか?」
「うむ構わんぞ。本隊が追いつくまで決して無理はせぬようにな」
リグリフ宰相はあっさりと頷きイングリスに気遣いをして見せる。
特にこちらの裏の目的に気付いた様子も無い。
「はい。ありがとうございます」
事が終わった時はどんな顔をするのか――それを考えると、少々気の毒ではある。
しかしそんな事はおくびにも出さず、イングリスはたおやかに微笑んでリグリフ宰相に一礼する。
「クリス。ロシュフォール先生はどうする? 流石に一緒には連れて行けないよね?」
機甲親鳥が神竜との戦闘に巻き込まれてしまったら、体に障るかも知れない。ラフィニアの心配も尤もだろう。
「そうだね……じゃあ、飛空戦艦で休んでて貰おうか。上手く竜の肉が採れたらすぐに持って行けばいいから」
「うん、そうよね。じゃあアルル先生は飛空戦艦に残って……」
しかしラフィニアの提案にアルルは首を振る。
「いえ、私もイングリスさん達と一緒に行きます。もし戦闘になるのなら私かリップルがいた方がいいですし、これでもイングリスさん達の教官は私です。生徒だけに危険な事を任せるわけには行きませんから……きっとロスもそうしろと言うと思います」
「アルル先生……」
「では私が飛空戦艦の方に残って、アルル先生の代わりにロシュフォール先生の看病を続けます。アルル先生はどうかご心配せずに行ってきて下さい」
そう真剣な顔で申し出るのはメルティナだ。
「メルティナ様……ありがとうございます」
「ではわたくしもメルティナさんと一緒に飛空戦艦に残りますわ。お一人では大変でしょう」
と、リーゼロッテもそう申し出る。
「レオーネはイングリスさん達と一緒に神竜の調査の方に行って下さい。そちらの方に人数は多く必要ですわ」
「ええ分かったわ、リーゼロッテ」
「イングリスさん、ラフィニアさん、僕も行くよ。僕もそのために来たんだし……!」
そう申し出るのはマイスだった。
マイスも今回の調査に同行してくれており、飛空戦艦にも機竜を一機持ち込んで来てくれている。
流石に神竜自体を機竜化する事は難しいが、もし神竜の眷属の竜が存在していたりしたらそれを捕らえて機竜化できないかという事だった。
イルミナスの崩壊で機竜もかなりの数が失われており、増やす事が出来れば助かるとの事である。
「うんマイス君。じゃあ決まりだね。それで行こうか」
イングリスとラフィニアとレオーネ、それにアルルが先行して神竜の封印地の調査に向かい、リーゼロッテとメルティナは飛空戦艦に残りロシュフォールの看病を続ける。
こちらも二手に分かれて状況に対応するのだ。
「兄様、すぐに準備して出発するわね」
「よろしく頼むよ、ラニ。クリスもレオーネも、アルル様もマイス君もどうか気をつけて」
ラファエルの言葉に、イングリス達は揃って頷いた。
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