第477話 16歳のイングリス・神竜捜索6
「おうおうおう。これは華やかなものだのう、眼福眼福」
そう言ってこちらに近付いてくるのは、恰幅のいい中年の男性だ。
舐め回すような視線が、こちらの腰や胸元を這うのがはっきりと分かる。
「は、はあ……」
勿論心地のよいものではないが、この感じには覚えがなくもない。
先代の天上領の特使ミュンテーだ。
あの彼と同じようなものを感じるのだが、この人物がリグリフ宰相である。
まあいきなり興奮して触ったり抱きついたりしようとして来ないだけ余程紳士的かも知れない。
そんなリグリフ宰相の左右には、男女の騎士が一人ずつ護衛に付いている。
こちらは二十代の後半から三十代くらいだろうか。
両者とも右手の甲には上級印が見える。騎士としてはかなりの実力者だ。
ユミルの騎士団のようにリグリフ宰相が自領で抱えている騎士団の者達なのだろうが、それ程の人材を揃えられる強力な騎士団だという事だ。
流石は東部諸侯の中心人物。宰相の地位を任せられる程の大貴族だ。
「あ、あの……リグリフ宰相。何かご用でしょうか?」
アルルが少し身構えながらそう問いかける。
リグリフ宰相の不躾な視線に少々怯えているようにも見える。
「いやいや、ただの陣中見舞いだよ。神竜の調査の後は共にヴェネフィクへの戦に挑む大事な仲間達だ。この機会に顔を合わせて言葉を交わすのも悪くあるまい? 儂もかつては魔石獣やヴェネフィクの蛮族共との戦いの前線に立っていた身、現場を蔑ろにするつもりはないのだよ」
見た目の割りには最前線への気配りをしようという意識がある人物のようだ。
イングリスの提案の通りウェイン王子は聖騎士団の指揮権を一時預ける代わりにリグリフ宰相領の調査を認めさせており、リグリフ宰相としては早くもヴェネフィクへの侵攻に意識が向いている様子だ。
こちらの狙いを悟られている様子が無いのはいい事である。
「ご立派な志かと思います」
イングリスは一礼してそう応じておく。
「何の何の、立派なのは君達だろう。はははは」
何が立派なのかは知らないが、満足そうな笑みと共にイングリスとアルルの肌を生々しい視線が這い回る。
「…………」
「うぅ……」
まあこの場は我慢するしかないのだが、アルルは少々辛そうである。
「こちらが慰問して回るつもりが逆になってしまったようだなぁ、色々な意味で元気にさせて貰ったぞ! わははは! あぁこちらに構わず作業を続けてくれ、暫く見学させて貰うとするからな」
そう言うリグリフ宰相の前に進み出る人影が一人。
「ごめんなさい! でもあたし達今からこの機甲鳥の試運転をしなきゃいけないんです!」
ラフィニアである。
アルルを庇うようにリグリフ宰相との間に割り込んだ。
「ほら行こクリス! アルル先生!」
「あ、はいラフィニアさん……!」
「…………」
イングリスとしては別の事が少し気になっていた。
今、ラフィニアはアルルだけを庇った。
まあアルルは怯えていたので仕方がないし、ラフィニアが優しいのはいい事である。
いい事なのだが――庇うなら一緒に庇って欲しかった。ちょっと寂しい。
「うむぅ。そうか? 残念だのう」
名残惜しそうなリグリフ宰相である。
「宰相閣下。他にも兵にはおります故、そちらにお声がけを」
「きっと他の者達もお言葉をお待ちしております」
側近の騎士達がそうとりなしているうちに、イングリス達は星のお姫様号を発進させていた。
ふわりと飛び上がった星のお姫様号はそのまま格納庫から外に飛び出し、飛空戦艦と併走する。
「うん! すっかりいい感じに直ってるわね! 前より速くなった気もするし!」
ラフィニアは楽しそうに星のお姫様号を飛び回らせる。
「アルル先生、無理矢理連れてきてごめんなさい。他にいい理由が思いつかなくて」
「いえこうして飛ぶのは気持ちがいいですし、いい気分転換になります……! それに私を庇ってくれたんですよね? ありがとうございます」
アルルは気持ちよさそうな笑顔を浮かべる。
「クリス、クリスも運転代わる? どんな感じか確かめたいでしょ?」
「……ううん、わたしはいいよ」
「? 何よ拗ねちゃって、どうかしたの?」
「別に? さっきアルル先生だけ庇ってわたしは放って置かれた事なんて気にしてないし?」
「そんな事気にしてたの? 別に減るもんじゃないしいいじゃない。クリスが見られて恥ずかしい所なんてどこにもないわよ? 一番可愛いんだから」
「そういう問題じゃない……! わたしだって我慢してたんだよ」
「はいはいもー悪かったわよ、女々しいんだから。武将の魂はどこ行っちゃったのよ?」
「ここにあります! それに女々しくもないから!」
イングリスは自分の胸をどんと叩く。
「ははは、ラフィニアさんとイングリスさんは本当に仲がいいですね」
イングリスとラフィニアの様子を見て微笑むアルル。
「はい! あたし達は従姉妹で幼馴染みですけど、おかげで大事な人がどういうものかっていうのは分かるんです。だから、大事な人を助けようとしてるアルル先生の力になりたい……! きっとロシュフォール先生は助けられるから頑張りましょうね、アルル先生!」
力を込めて、真っ直ぐ目を見てラフィニアはアルルに呼び掛ける。
「ラフィニアさん……はい! ふふふ、でもこれではどちらが先生か分かりませんね?」
アルルの瞳にうっすらと涙が滲むのが見える。ラフィニアの言葉が響いたのだろう。
純粋で真っ直ぐな心と言葉で人を惹き付け、引っ張っていく。
こういう事が出来る人間性をラフィニアが備えているのは、赤子の頃から見守っている身としては誇らしい事だ。
こちらとしては、そんなラフィニアが口にした事が本当の事になるように力を尽くすだけだ。
イングリスもロシュフォールの事は心から助けたいと思っている。
まだまだ一緒に手合わせをして訓練をして貰いたいのだ。
ああ見えてあれほど熱心に個別の戦闘訓練にも付き合ってくれる教官はいない。失うには惜しすぎる人物だ。
そういう意味では、イングリスとラフィニアの気持ちは完全に一致しているのだ。
「ラニ、やっぱり代わって。わたしも試運転するから」
「ん? うん、はいじゃあ交代ね」
ラフィニアがイングリスの後ろに回り、操縦を交代する。
「わ……! 結構違うね、反応がいいし速さも違う……!」
流石マイス達イルミナスの天上人が新造してくれた部品だ。
「ねえクリス、全速力でどのくらい出るか試してみない?」
そう言いながら、ラフィニアはぎゅっとイングリスに抱きつく。
心地の良い温もりだ。
「うん分かった、行くよ……!」
イングリスは頷いて、星のお姫様号を加速させた。
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