第476話 16歳のイングリス・神竜捜索5
ゴゥン――ゴゥンゴゥン――
独特の駆動音が響く大きな空間の中、イングリスとラフィニアは一機の機甲鳥の前にいた。
正確にはイングリスが機甲鳥の外装部を開いて中の機械部分に手を入れたり顔を突っ込んだりして作業をしており、ラフィニアはその様子を見守りながらまた別の作業をしていた。
「……クリス~。クリスぅ」
ラフィニアがイングリスの名を呼んでいる。
しかしこちらの作業的にちょっと手が離せない。
「ちょっと待ってね。今結構大変な所で手が離せないから……」
イングリスは四つん這いになりながら、機甲鳥の奥の方の機構部分に手を突っ込んでいる所だった。
そこにある部品を取り替えたいのである。
触っている機甲鳥はイングリスとラフィニアの私物、星のお姫様号だ。
シャケル外海に漂流したイルミナスでの戦いで中破してしまったのだが、マイスやイルミナスの天上人達が自分達のせいだからと修理を申し出てくれた。
その上新型部品を組み込んで性能向上も行ってくれるとの事だったのだが、その分時間がかかってしまい部品が完成したものの組み立てがまだ途中の状態になっていた。
イルミナスの天上人達も中央研究所の修復もあり、ミリエラ校長からの演習会への協力要請もあり、忙しかったのだろう。
後は組み立てれば良いので部品と星のお姫様号を引き取り、こうして自分の手で組み立てているのである。
今回はマイスも一緒に来てくれているので、何とかなるだろう。
リグリフ宰相の領地まで飛空戦艦で向かう間の時間潰しには持って来いである。
「く~り~すぅ~」
「ごめんね。まだちょっと……もう少しだから待ってね」
もう少しでほぼ完成。
星のお姫様号が再び飛べるようになるだろう。
ひらっ。
腰の後ろにひらりと衣擦れの感覚が。そしていつもは感じない涼しさが。
言いようのない不安感と緊張感を覚える。
ラフィニアがイングリスのスカートの端を摘まんで捲り上げたのだ。
「ひゃあっ!?」
飛び上がるように星のお姫様号の内部に顔を突っ込む姿勢から抜け出し、慌ててスカートを元に戻す。
「何よ、手離せるじゃない」
「な、何するのラニ! そ、そういう事は止めて……!」
「いや、あたしがやらなくてもあんな姿勢じゃ見えちゃうから。気をつけてって言おうとしてるのに聞かないんだもん」
「…………」
確かに周りを気にせず夢中になっていたのは否めない。
こういう物作りもイングリスとしては楽しい。自分達の愛機であれば尚更だ。
「まあ星のお姫様号が早く直ってくれるのは嬉しいけどね? 男の子みたいに工作に夢中になるのはいいけど、女の子として気をつける所は気をつけないとね?」
「……うん、ラニ」
とはいえスカートを摘ままれて悲鳴を上げてそれを戻すとは、完全に年頃の少女そのものの振る舞いである。
冷静に考えて精神が男性であれば動じる所ではないような気がするが、そうはならないのはもうイングリス・ユークスとして十六年も生きてきているからだろう。
少々恥ずかしくもあるが、これが今の自分である。仕方がない。
「というわけでね、これ作ったわよ! ほら穿いて穿いて!」
と、ラフィニアが差し出してくれたのはスカートの下に穿く短いズボンだ。
「ありがとう、ラニ。これならどんな姿勢でも大丈夫だね」
「そうでしょ? じゃあ頑張ってね。あたしの方ももう少しだから」
ラフィニアのやっている作業は、巫女装束を作る作業だ。
神竜フフェイルベインと接触した時もそうだが、相手に敵意がない事を示すためのものだ。
今回は神竜アウルグローラの封印地に出向くのだが、アウルグローラの異名は黄金竜。
巫女衣装は必然金色となり、作業中の布地がなかなかに煌びやかだ。
ここは飛空戦艦の格納庫だから、イングリスの作業はともかくラフィニアの作業は中々に異様ではある。
だがちゃんと許可は取っているので、特に咎められたりはしていなかった。
ここは聖騎士団の飛空戦艦なので皆ラフィニアがラファエルの妹である事は知っているし、イングリスが従姉妹である事も知っている。
先日の氷漬けの虹の王との会戦に居合わせた者達も多く、皆好意的に接してくれる。
何より何も言わなくてもラファエルと同じだけの食事を出してくれるのはとても助かっている。
「「よし! 出来た!」」
お互いの作業が一段落付いたのはほぼ同時だった。
「ほらラニ、もう動かせるよ? ちょっと触ってみて」
「うん! こっちももう着れるわよ! 試着してみて」
イングリスはラフィニアの作った金の巫女衣装を手に取り、ラフィニアはイングリスが組み上げた新生星のお姫様号の操縦桿を手に取った。
「わ……! 動く動く! やっとあたし達の星のお姫様号が戻って来てくれたわね~!」
ふわりと浮いた船体の上でラフィニアは満足そうな笑顔を浮かべている。
「うーん。ちょっと着辛いなあ」
一方イングリスは一人で金の巫女装束に着替えるのに少々苦戦していた。
人目も無くは無いので、上手く目隠ししながら着替える必要がある。
「イングリスさん、お手伝いしましょうか?」
そう声をかけてくれたのは、アルルだった。
「アルル先生。ありがとうございます、でもロシュフォール先生に付いていなくていいんですか?」
「ええ。今は少し様子も落ち着いて、眠っていますから――」
神竜の肉が調達出来たらすぐにロシュフォールに与えられるようにと、この飛空戦艦にはロシュフォールも運び込まれているのだった。
「それにメルティナ様が代わりに付いているから私も休むようにと。だから逆に手持ち無沙汰で」
アルルはそう言って微笑む。
「そうですか。メルティナが……ではお願いします先生」
ロシュフォールやアルルは元はヴェネフィクの主君筋だからとメルティナの事を気遣っていたが、それはメルティナにとっても同じなのだろう。
ヴェネフィクの皇女だけに、元ヴェネフィク軍のロシュフォールやアルルの助けになりたいという気持ちが強いのだ。
「うん、サイズはぴったりです。イングリスさんにとても似合っていて、すごく綺麗ですね」
「ふふふ。ありがとうございますアルル先生。ですが少しお腹の辺りが涼しいですね」
今回の巫女服は上下に分かれていて布地の面積も多くは無く、お腹やお臍は露わになっているような形をしていた。
「そうですね。少しその……大胆かも知れませんね。私には着こなせそうにないです」
「え~!? アルル先生の分も作ってるのに?」
と、星のお姫様号からひょいと飛び降りたラフィニアがもう一着の巫女服を広げて見せる。
獣人種であるアルルに合わせて、腰の後ろに尻尾を通す穴が開いているのが特徴だ。
「わ、私もこれを着るんですか……!?」
「はい! この服は単なる趣味や暇潰しじゃ無くて、竜さんとお話するためにあるんですよ。もし話が通じるなら、アルル先生が話したいんじゃないかなって」
「ラフィニアさん……そうですね、ロスの事は私が……ありがとうございます、こんな風に気を遣って頂いて」
「じゃあ着てくれますか、アルル先生!?」
「はい、勿論です!」
アルルはそう頷いて、イングリス達の手を借りて金色の巫女衣装に着替える。
「で、でもやっぱり少し恥ずかしいですね……」
「あ、でも新鮮な反応~♪ 恥じらってる姿が可愛いです♪」
「も、もう……! 先生をからかわないで下さいっ!」
「ふふふ。でも本当にお似合いですよ、アルル先生」
「いえ、私なんかよりイングリスさんのほうが……本当にお人形みたいに綺麗で、こんな人があんなに強くて戦いが好きで、おまけによく食べるなんてちょっと想像が出来ないですよね」
「クリスは天使の体に武将の魂が入ってますから」
「あら? 本当にそうですね、ふふふっ」
アルルが可笑しそうにくすくすと笑う。
少しは気分転換になっただろうか。だとしたらいいと思う。
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