第473話 16歳のイングリス・神竜捜索2
「仕方がありませんよ。お互いが愛し合っているのなら、自然な事ですから」
アルルは比較的落ち着いているようだ。
ロシュフォールの容態もありそういう事を考える気分では無いというのもあるのだろうが、それだけとも思えない平静さである。
「アルル先生。アルル先生は……」
とラフィニアが何かを尋ねようとした時、入り口の扉が内側から開く。
「わ、わりぃ! 待たせたな、みんな! 入ってくれ……!」
「せっかく来てくれたのに、ごめんなさい……」
ラティとプラムがばつが悪そうに顔を覗かせる。
中に入るとラフィニアは早速目的の件を切り出して尋ねる。
「ラティ! あのね、この間あたし達がこっちに来てた時に配ってた竜さんのお肉、まだ残ってない!?」
「ロシュフォール先生の病気を治すために必要になって……まだあったら分けて欲しいなって」
ラフィニアとイングリスの問いかけに、ラティは顔を曇らせて首を振る。
「……! すまねえ、それはもう残ってねえんだ。少し前に全部無くなった所で……」
「ええぇぇっ!? お、遅かったの……!?」
「だったら別の方法を考えなきゃだね」
イングリスは表情を引き締める。
とはいえすぐに有効な手段が浮かんでくるわけでは無い。
「そうだ!」
と、ラティが手を打つ。
「竜の肉が必要なら、俺が竜に変化してその尻尾を切ってくか?」
ラティは神竜フフェイルベインの肉を沢山食べた事で竜理力をその身に取り込み、竜自体に変身する事が出来るようになっていたのだ。
ラティは魔印武具を操る魔印には恵まれない無印者だが、その代わりと言っては何だが竜理力との相性はすこぶる良かったようなのだ。
「ええぇっ!? そ、そんな事して大丈夫なんですかラティ?」
「そういう問題じゃねえんだよ、プラム。イングリス達には返しきれないくらい世話になったんだ。俺に出来る事なら何でもするぜ……!」
しかしイングリスは静かに首を振る。
「ありがとう、ラティ。だけどフフェイルベインくらい強力な竜の肉じゃないと、ロシュフォール先生を治す程の効果は出ないと思う」
ラティの心意気は有り難いのだが、効果は望めないだろう。
「そうか……済まねえな、力になれなくて」
「ねえクリス。じゃあどうしよう? どうすればロシュフォール先生を……!?」
ラフィニアがイングリスの腕を引っ張る。
「可能性はふたつ、かな?」
「ふたつ?」
「うん。フフェイルベイン自体は死んだわけじゃ無くて、イーベル殿が機神竜にして天上領に帰っちゃったわけだから……それを追いかけてまた尻尾を斬るのが一つ」
イングリスはぴっと指を一つ立てる。
リックレアの街の地下深くに眠っていた神竜フフェイルベインは、教主連合の大戦将イーベルによって更に強化された機神竜の素体として利用される事になってしまった。
イルミナスで使われていた機竜と似たようなものだが、元が神竜であるため遙かに格上の存在であると言っていい。その戦力は想像を絶するだろう。
今振り返ればイーベルの体は元々イルミナスのヴィルキン博士が開発した上級魔導体だ。
精神を生かして体を乗り換える事が出来るのだろう。
だから血鉄鎖旅団の黒仮面の手で明らかに消滅したように見えても死んでいなかった。
「イーベルだから帰ったのは教主連のほうよね? どこに竜さんがいる天上領があるのか分からないわよ?」
「セオドア特使やマイス君に聞けばある程度分かるんじゃ無いかな? 何ならセオドア特使からジル様に連絡して貰って、そっちにも聞いて貰えればいいし」
「ば、場所は分かりそうだけど、私達が乗り込んでしまったらただ尻尾を斬るだけの話で済まなくなるんじゃ……」
「そうですわ。下手をすれば教主連と三大公と、カーラリアとヴェネフィクも巻き込んだ戦争の引き金になってしまうのでは……?」
「でもほら、ならないかも知れないし、ロシュフォール先生の命がかかってるし、わたしも機神竜と戦ってみたいし……おすすめの案かな?」
機神竜の意識はフフェイルベインのものでは無くイーベルのものになっている。
だからイングリスとの戦いを拒否して天上領に帰ってしまった。
あの時戦いそびれた事は忘れていない。今後も忘れない。絶対にだ。
「どこがおすすめの案よ! それ最終手段でしょ!?」
「いやいやいや、少なくとも機神竜は確実に存在してるわけだから、それを狙うっていうのは最も確実といえば確実――」
「と、とりあえずもう一つの案を教えて頂けませんか? どうするかはそれを聞いてからでも……」
「うんそうね、メルティナ。じゃあクリス、もう一つは?」
「フフェイルベインの他にもどこかに封印されてる神竜がいないか探す……かな?」
「あの竜さんの他にも神竜? がいるの?」
「いても可笑しくは無いよ」
前世の時代イングリス王の時代、直接目にし刃を交えたのはフフェイルベインだけだが他にも竜の伝説はあった。
フフェイルベインは吹雪や氷を操る力を極めた神竜だが、紅蓮の炎を極めた神竜クルゥブレイズ、樹や大地を操る黄金の神竜アウルグローラなど同格の存在の名は聞いた事がある。
「イーベル殿はフフェイルベインがいる場所を知ってて狙ってたわけだから、他の神竜の居場所の情報も天上領にはあるかも知れないよ。少なくとも教主連側にはね? 三大公派はどうだろう……でも、聞いてみる価値はあるよね?」
「それもマイスくんやセオドア特使に聞いて、場合によってはジル様にも……って感じよね?」
「まあそうなるかな? どっちにしろ最初にやる事は同じかも知れないね」
ラフィニアの問いかけにイングリスは頷く。
「ではすぐに戻って、聞きに行ってみましょう!」
アルルが座っていた椅子から真っ先に立ち上がる。
「念のため、フフェイルベインの機神竜の行き先もね?」
「それは聞かないようにしよ! クリスは一人で行きかねないから!」
「そんな事はしないよ? わたしはラニの従騎士なんだから側にいるし」
「はいはい。じゃあラティ、プラム、あたし達帰るわね?」
「ああ。出来ればゆっくりして行って貰いたかったけど、仕方ねえな」
「ラフィニアちゃん、皆さん、今度また遊びに来て下さいね」
「うん! それまで二人とも仲良く……って言わずもがなだったわね……」
何かを思い出して顔を赤くしてしまうラフィニアだった。
「そ、そうよね――」
「わたくし達が言うのも……」
「烏滸がましいかも知れません……」
また皆少し顔を赤くして上を見たり下を見たり、である。
「早く行きましょう! アルル先生!」
イングリスは素早くアルルの手を取った。
「あ。は、はい!」
これ以上はラフィニアの教育上よろしくないのだ。
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