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第471話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会11

「クリス~! こっちこっち、こっちも持って行って~!」

「うん。これでいい?」

「それでこれもこれもあれとそれと――」

「うん、分かった。これもこれでいい訓練だね」


 イングリスが異様な程大量の資材を抱えて機甲鳥(フライギア)ドックに搬入していく。

 演習会の後の後片付けだ。


「い、イングリスがいてくれると楽でいいわね……」

「そうですわねえ、ははは」


 レオーネとリーゼロッテが乾いた笑いを浮かべている。

 そんな様子を微笑ましく眺めながら、メルティナは少し離れた湖岸で燃えている焚き火で服を乾かしていた。

 そこに近付いてくる人影がある。


「やァ姫様、ご気分はいかがですかなァ? 何の変哲も無い単なるお祭り騒ぎでしたが、どう思われましたかねェ?」

「ロシュフォール先生」


 声をかけてきたのはロシュフォールだ。

 元ヴェネフィクの将軍であるロシュフォールは元ヴェネフィクの皇女であるメルティナのことを気遣い、よく様子を見たり声をかけたりしてくれるのだ。

 先程機甲鳥(フライギア)レースの時に助けてくれたのもそうだ。


「楽しかったです、とても――ヴェネフィクではこんな経験をした事はありませんでしたから」

「ふむ。姫様は深窓のご令嬢でありましたからなァ。我々も数える程しかお顔を拝見した事は御座いませんでしたねェ。まさかイングリス君やラフィニア君に並ぶ大食漢であらせられるとは……」

「あははは。食べる事くらいしか楽しみが無かったものですから――」


 メルティナは少々恥ずかしそうに微笑む。


「まァ深層の令嬢と言えば聞こえはよろしいですが、実質は離宮に半分幽閉されていたようなものだと伺っておりましたがねェ。でしたらこちらでゆっくり羽根を伸ばされるとよろしいですなァ。こちらには皇女の立場はありませんが、自由はありますからなァ」

「はい。ですがそれよりも私は強くなりたいです。私を守って犠牲になってしまった皆のためにも……」

「フム。マクウェルの奴の穏健派の粛正の件ですな。しかしそれも、宮廷における冷や飯食いが立場を求めて姫様を祭り上げようとしていただけとも取れますがねェ?」

「それは……」


 メルティナは少し目を伏せる。

 ヴェネフィク国内の風潮で言えば、カーラリアや他国への侵入や領土の拡大は大多数の人間が支持している。


 ヴェネフィクの国土は決して豊かでは無く、カーラリアの肥沃な土地を切り取りたいというのは長年にわたるヴェネフィクの悲願だった。

 そんな中で、カーラリアとの和平方針を採ろうとする穏健派は非主流派である。


 その事は紛れもない事実だ。

 そんな非主流の穏健派が、皇族として非主流派のメルティナの元に寄ってくるのは政治的な力の流れの必然だったのかも知れない。


 メルティナはヴェネフィク皇帝の妾の娘であり、先代皇后の子達や現皇后達の両派から冷遇される立場だった。

 そのため皇宮から外れた離宮から滅多に出られないような生活を送っていたのだ。


「穏健的だから冷や飯を食うのか、冷や飯を食っているから逆張りで穏健的になるのか……ま、立場も思想も入り交じるのが人間ですからなァ。必要以上に気に病むのは止した方が宜しいでしょう。それが処世術というものですなァ」

「いいえ先生。それでも彼等の言っている事は間違っていなかったと私は思います。だってここには、こんなにも明るくて賑やかな人々の暮らしがある……それを壊すような事はするべきではありませんし、騎士アカデミーの皆さんと戦うような事もしたくありません。直接見て、聞いて、今は前よりも強くそう思えます」


 メルティナは両手をそっと胸に添え、そう述べる。偽らざる本音だ。


「まあアカデミーの訓練は、まだまだとても辛いですけれど……」


 これも偽らざる本音だ。

 特別な訓練はほぼしていない生活だったので、基礎体力からして騎士アカデミーの生徒達に付いていくのは大変である。


「メルティナ!」


 いつの間にかメルティナの側にラフィニアが立っていた。


「ラフィニア?」


 話を聞いていたのだろうか?

 ラフィニアはメルティナをぎゅっと抱き締めてくれた。


「あ、いけませんラフィニア、あなたも濡れてしまいます」


 まだメルティナの服は乾ききっていないのだった。


「いいのよ、そんなの! あのね、メルティナ。あたしには今からメルティナのために何がしてあげられるか分からないけど、でもずっと友達だよ! 何か出来る事があったら何でも言ってね?」

「! ありがとうございます、ラフィニア」


 こんな風に声をかけて、抱き締めてくれる存在。

 それが一番自分にとって欲しいものだったのかも知れない。


「でも、そう言って貰えるだけで十分です……」


 メルティナのほうもラフィニアをぎゅっと抱き締める。

 ラフィニアも濡れてしまうのは申し訳ないが、そうしたかったのだ。


「はい二人とも。これは濡れてないし綺麗だよ?」


 イングリスは乾いた清潔な布を持ってきてラフィニアとメルティナを包む。


「ありがと、クリス!」

「イングリス、ありがとうございます」

「クリスもこっち来なさいよ!」


 ラフィニアがイングリスの腕を引っ張る。


「ひゃっ!? つ、冷たいっ」

「ご、ごめんなさい、イングリスまで濡れてしまって」

「いいのいいの。こうしてる方があったかいし、すぐ焚き火で乾くわよ」

「それラニが言う事じゃないし、どさくさに紛れて変な所を触らないでっ!」


 ラフィニアの指先がイングリスの胸元に触れている。


「いや、あったかいし手触りいいからつい? ほらメルティナも、おっきいでしょ?」

「わあ、見ていても凄いですが触るともっと凄いですね。少し羨ましいです」


 メルティナはイングリスの胸元を下から持ち上げるように触れ、感心した顔をする。


「も、もういいでしょ? そろそろ離して……!」

「同じもの食べてるのに何でこんなに違うんだろ。あ、ほらレオーネもこっち来ない? レオーネ~!」


 ラフィニアは少し離れた所で資材を運んでいるレオーネに声をかける。


「え、遠慮しとく……何されるか分かるし」


 しかしラフィニアが見逃してもレオーネを見逃さない者がいる。


「あ、レオーネ。リンちゃんさんが――」


 リーゼロッテが言う間にリンちゃんが素早くレオーネの胸元に潜り込む。


「きゃあっ!? や、やめてリンちゃん……! 落としちゃう、落としちゃうからっ!」


 パン、パン、パン、パン――!


 その時、ボルト湖上に色鮮やかな花火が上がり始める。

 夜の湖面に光が映えて、より華やかで幻想的な光景だった。


「余った花火を打ち上げちゃいますよお! 頑張ってくれた皆さんにご褒美ですっ! おかげさまでかなり収益が上がりましたからねえ、うふふふふふ……っ!」


 上機嫌なミリエラ校長が含み笑いを浮かべながら湖面を指差す。

 ミリエラ校長の笑みは綺麗とは言い難いが、花火は綺麗だ。


「わぁ……! きれいね~! ねえクリス、レオーネ、リーゼロッテ、メルティナ! 来年もこの花火、みんなで見ようね!?」


 イングリスにとってはそのラフィニアの屈託無い笑顔こそ、花火よりも美しい宝物のように思える。こちらもつられて自然と笑顔になってしまう。


「そうだね、ラニ。そうしようね?」

「ええ、勿論よ!」

「来年も楽しみですわね――」

「はい! 本当に皆さんと、またここで……!」


 そんな様子を見て、ロシュフォールは肩を竦めていた。


「やれやれかしましい事だなァ。これが若さというやつかねェ」

「だけどラフィニアさんやイングリスさん達が付いていてくれれば、姫様は安心ですね?」


 アルルがロシュフォールの側にやって来て、そう微笑みかける。


「そうだといいなァ。そうすれば私も少し――はっ……!? かはっ……!?」


 急にロシュフォールが咳き込むと、ふらついて地面に膝を突いてしまう。


「ロス!?」

「ぐ……ぅ!?」


 そして口元を押さえた手はべっとりと鮮血に塗れていた。


「ロスっ! ロスっ!? どうしたんですか!?」


 血相を変えたアルルが、ロシュフォールの身を支える。


「え……!? ロシュフォール先生!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「これは一体……!?」


 イングリス達も気付いて駆け寄ったが、ロシュフォールの返事は無い。

 意識を失ったまま騎士アカデミーの医務室に運び込まれる事になったのだった。

ここまで読んで下さりありがとうございます!


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