第468話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会8
続くチームとの差はそれほどついておらず、続いて続々と交代して行く。
そしてこちらが交代しているうちに、機竜達は今度は三体が固まって密集するような陣形を取りながらボルト湖の奥方向へと遠ざかって行く。
そこに先頭の二回生の機甲鳥が近寄っていくと、一体の機竜がくるりと振り返り体から光を放つ。
パンパン! パァン!
音と共に鮮やかな色の光が弾けて広がる。
花火だ。機竜が花火を撃って追跡者を牽制したのだ。
視界を奪われ先頭の機甲鳥は減速、リーゼロッテや更に後続のチームとの差が詰まる。
「正面からは眩し過ぎますわね! なら、回り込んで……!」
機竜が打ち出す花火を避けて横から回り込むように、リーゼロッテは機甲鳥の操縦桿を傾けて操作する。
後続のチームの機甲鳥達も、リーゼロッテと同じように左右に膨らむような軌道を取る。
しかし残る二体の機竜も後ろを振り向き、左右に回った機甲鳥の視界を奪うように花火を放つ。
それは美しい光景ではあるのだが、今は邪魔でしかない。
「なら、上ですわ!」
リーゼロッテは機竜達の頭上方向に舵を切る。
そちらは花火が展開されておらず、視界が開けている。
上に回り込んで直滑降しつつ旗を奪い取る――
他にも同じ事を考えている者はいて、数機が機竜の頭上方向に抜け出た。
「ふははははは! そこだあああぁぁぁっ!」
「マーグース教官!?」
教官チーム二番手のマーグース教官が、リーゼロッテを追い抜いていく。
リーゼロッテは山なりに機体を浮上させ、頂点で減速して下に降りるように舵を切ろうとしたが、マーグース教官は機体を上下逆さまに反転しつつ、大きく上から下への弧を描くような飛行軌道で機竜の旗を奪って通り抜けようとしていた。
リーゼロッテの軌道は減速を挟むが、マーグース教官の軌道は減速せずに加速のみで完結出来る。だから速度が落ちた瞬間に追い抜かれたのだ。
流石機甲鳥担当教官の操縦技術である。
マーグース教官を先頭に、数機の機甲鳥が一斉に降下して機竜に迫って行く。
が、それを見越していたのか機竜達は一斉に散開し散り散りになる。
「! こちらの動きを読んで……!?」
あえて頭上には花火の弾幕を作らず、そこから飛び込ませておいて寸前で避けるという計算された動きだ。
「うわっ!? 急に……! 止まらないっ!」
リーゼロッテの近くから、他のチームの選手の悲鳴が聞こえた。
急に目標を失った機甲鳥は水面に突っ込んでしまい、大きな水柱を吹き上げる。
「ぬううぅぅっ!? こちらを誘い込んだか!?」
弧を描く動きをしていたマーグース教官は落水を免れていたのだが、リーゼロッテの機甲鳥も水面に落ちるのは避けられそうになかった。
急上昇をかけても、勢いがあり過ぎて水面に突っ込むまでに方向が変わりそうにない。
「でしたら、こうですわ!」
リーゼロッテは足元を蹴り機甲鳥から身を躍らせる。
その手にはしっかりと愛用の斧槍の魔印武具が握られている。
そして空中で奇蹟を発動。
純白の翼で散開しようとする機竜に追いつき、旗を引き抜いた。
「「おおっ!? 飛んだっ!?」」
「「あんなことも出来るんだなぁ!」」
「「綺麗な翼だな! あの子に合ってるよ!」」
観客からも歓声が起こる。
飛行能力の奇蹟の前では、急な方向転換を図っても逃げ切れなかったということだ。
二番手の選手で旗を手にしたのはリーゼロッテが最初だ。これで一位に浮上できる。
リーゼロッテは水面に落ちた機甲鳥に戻ると、素早く浮上させてイングリス達の元に戻ってくる。
「やったぁ! 一位よ一位! さすがね、リーゼロッテ!」
「次はお任せしますわよ、ラフィニアさん!」
リーゼロッテとラフィニアが手と手をパチンと叩き合わせる。
「任せといて!」
ラフィニアがリーゼロッテに代わって機甲鳥に乗り込む。
「頑張ってね、ラニ!」
「うん、クリス! 行って来るわね!」
機甲鳥が唸りを上げて、ボルト湖方面に突き進んでいく。
「つ、次は私ですね……!」
既に次のメルティナが緊張気味である。
「大丈夫よ、自分なりに頑張ればそれでいいから」
レオーネがメルティナの緊張をほぐそうと声をかけている。
「最後にはイングリスさんがいますし、何とかなりますわよ。ねえ?」
「そうだね、こういう勝負事はやっぱり勝ちたくなるし」
イングリスはたおやかに微笑みながらそう応じる。
「ははは、勢い余って機竜を壊さないかどうかだけが心配ね」
レオーネが少々引きつった笑みを浮かべる。
そう言っているうちに、二位以下のチームも続々と走者が交代していく。
「よぉし……! 行きますよお~!」
教官達のチームは三番手がミリエラ校長のようだった。
「ようしよくやった! 後は任せておけ! はははははっ!」
近衛騎士団の面々は、三番手にレダスが出て行く様子だった。
その二人に追われる立場のラフィニアが、機竜達へと近付いていく。
三機は一度散開した後にまた集団で固まっているのだが、今度は固まって水面近くの低空を飛行している。
今度は三機一斉に水中に潜って逃げるつもりだろうか。
「なら、潜っちゃう前に!」
ラフィニアは全速力で機竜へと近付いていく。
しかし、ラフィニアが機竜の体に辿り着く前に――
バシャアアアアァァァッ!
三体が一斉に、全身から大量の水を放出した。
イルミナスの崩壊時も炎上する街に放水をしたりしていたし、都市防衛のための機能の一環だろう。
水の勢いは強烈で、ラフィニアの機甲鳥を押し止める程だ。
避けて進もうにも、それを許さない程の密度の水流が機竜達を守っていた。
まるで水の壁だ。
とても機竜本体に蓄えられる水量ではないが、ボルト湖から水を汲み上げて放出しているのだろう。
「くっ……近づけない……っ!」
ラフィニア自身も水に濡れてびしょびしょで、前もよく見えないような状況である。
これでは誰も近づけそうにない。
「ラニ! 風邪引いちゃうから、拭くものを――!」
イングリスはすかさずラフィニアのために大きな布を用意しておく。
「す、素早いですね」
メルティナが目を丸くしている。
「あのままじゃ、みんな近づけないわ!」
「いえ、後ろから来ていますわ!」
が、そんな中でラフィニアを追い抜いていく機体がある。
「お先に失礼しますねえ~!」
ミリエラ校長の操る機甲鳥だ。
多少速度は落ちるものの、機竜に向けて進んでいく。
「校長先生!?」
ミリエラ校長の機体は全体を覆うような光に包まれ、機竜の放水を撥ね除けていた。
手に持っている杖の魔印武具の仕業だ。
「あ~! ズルい!」
ラフィニアにも魔印武具があれば何とかなったかも知れないが、愛用の光の雨はイルミナスでの戦いの時に壊してしまい、今は代わりの魔印武具が手元に無いのだった。
「このままじゃ、まずいわ!」
「校長先生に独走されてしまいますわ!」
「イングリス、な、何か方法はありませんか……!? ラフィニアは魔印武具も持ち込んでいませんし――」
メルティナの問いかけに、イングリスは答えなかった。
正確にはその場に姿が無かったのだ。
「あ、あれ? イングリスはどこに……!?」
「いないの? どこに行ったのかしら?」
「あ! 二人とも、あそこですわ!」
リーゼロッテが指差したのは、水流に押されるラフィニアの機甲鳥の直上だった。
一瞬にしてイングリスの姿がそこに転移していたのだ。
「ラニ!」
「えぇっ!? クリス!?」
「校長先生の後ろに付けばいいよ! 盾代わりにして進めるから!」
「そうか! 分かった、ありがとクリス!」
ラフィニアは即座にミリエラ校長の真後ろに機甲鳥を付ける。
「い、イングリスさん!? 順番外の選手が手出しは――」
「ええ。ですから口出しを」
イングリスはにっこり微笑んで、ミリエラ校長に応じる。
手を出して助けるわけではなく、助言をしただけなのだから問題はないだろう。
ただ声が届かなかったので神行法で近くまで瞬間移動したまでだ。
神の移動法をそんな事のために使う価値があるのかと言われれば、ラフィニアのためならあるに決まっている。
独力での神行法は時間をかけて練り込み溜め込んだ真霊素を消費してしまうが、何ら問題ない。
「では失礼します」
そしてボルト湖に落下してしまう前に、イングリスの姿が掻き消える。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!