第467話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会7
やがて投票券の販売も終わり、レース出走の準備が整った。
スタート地点はメインステージ代わりの機甲親鳥の上で、そこに各チームの機甲鳥が並び、出場者達も集まっている。
その近くには機竜から取って来た旗を立てる台も用意してある。
ボルト湖上を飛び回る機竜から旗を取り、ここに置いて次の走者に交代、これを繰り返して旗が五人分揃えばゴールという事だ。
「みなさ~~~ん! お待たせしましたっ! 機甲鳥レースの出走準備が整いましたよぉ!」
「「「おおおおおおおおぉぉぉっ!」」」
待ちかねた観客達が歓声を上げる。
パンパンパンパンッ!
暗くなってきた空に花火が打ち上がって、更に盛り上がりを演出する。
それを打ち上げているのは、ボルト湖上に滞空する三体の機竜達だ。
「あはははっ! 機竜が花火を出してるわ! 綺麗よね!」
ラフィニアが喜んで笑顔になっている。
「ミリエラさんの提案で、あの機能をつけたんだよ! ここの人達にも親しみやすいように……って! 郷に入れば郷に従えだからね」
「あ、マイスくん!」
気付くとイングリス達の近くにマイスが姿を見せていた。
「せっかくだからこっちで見せて貰おうと思って! ちょっと寄り道してたら遅くなっちゃったけど」
笑顔のマイスの手にはイングリス達の露店で売っていたジャムがたっぷりのパンケーキがあった。持ち運びやすいように紙で巻いたものだ。
「ふふっ。マイス君も楽しんでるね?」
「うん。これでもう三つ目なんだ。ちょっと食べ過ぎだけど、地上の食べ物って凄く美味しいからね」
イングリスが微笑みかけると、マイスは嬉しそうに笑っていた。
マイス達イルミナスの天上人はセオドア特使や王宮の保護の元、ボルト湖の中州と化したイルミナスの修復を試みつつ暮らしている。
騎士アカデミーの訓練でボルト湖には良く行くので、話をする機会もちょくちょくあるのだが、マイスは地上の食べ物がとても気に入ったようだ。中でも甘いものが好きらしい。
「三つくらい全然食べ過ぎじゃないわよ! あたし達なんて十五個くらいは食べてるし!」
「ははは。まあラフィニアさん達はね、特別だから……とにかく応援してるから頑張ってね!」
「うん、任せといて。盛り上げてくるわよ!」
ラフィニアがぐっと拳を握って気合いを入れる。
「盛り上げると言えば、わたしの番の時は機竜に全力で攻撃してくれるようにして貰えると嬉しいかな? お願い出来ない?」
「い、いやそれはさすがに危な……くはないと思うけどね、イングリスさんなら。でも今日はレースだから――あ、折角直した機竜を壊さないでね?」
「ふふふ。そんな勿体ない事はしないよ? 壊したら戦えなくなるしね?」
「ははは……」
「今度機竜と手合わせさせてね? 約束だよ? わたしと戦って更に改善点を見つけて強化すれば、マイス君達も助かるよね?」
何とか確約を取ろうと交渉するイングリスの腕をラフィニアが引っ張る。
「はいはいはい! ほら、もう始まるわよ!」
「それでは! 第一走者の皆さんは機甲鳥に搭乗しちゃって下さ~い!」
ミリエラ校長がそう呼び掛ける。
「はいっ!」
そう返事をするこちらの一番手は、レオーネだった。
二番手はリーゼロッテ、三番手はラフィニア、四番手がメルティナ、そして最後の五番手がイングリスだった。
「レオーネ! 頑張ってね!」
「レオーネなら大丈夫だよ」
「期待していますわ!」
「怪我だけはしないで下さいね……!」
「ええ、行って来るわね!」
皆からの声に、レオーネは真剣な表情で頷く。
「それでは……! 機甲鳥レース、スタートです!」
ミリエラ校長の合図と共に、機甲親鳥から一斉に六機の機甲鳥が飛び立つ。
同時に機竜達も散開し、ボルト湖上を高速で飛び回り始めた。
「すごい……! デカいのに速いなあ!」
「追いつくのだけでも大変そうだな……!」
わっと歓声が起こり、ラフィニアも負けじとレオーネに声援を飛ばしていた。
「レオーネ! 頑張れ~~~!」
その声の中、レオーネの機甲鳥は最も近い所にいる機竜へと突進していく。
三体の機竜のうち二体は高く飛び上がって奥の方へと逃げて行ったが、一体は逆に高度を落として水面すれすれを旋回するような動きを見せている。
距離が近いのは水面に近い方だ。
だから一斉に、全ての機甲鳥がそちらに群がっていく事になる。
ただし機竜の体に立てられている旗は四本。
それをどのチームが早く取っていくかという争いになるだろうか。
出遅れたチームは更に遠くの機竜を追わねばならず、大幅に時間を取られる事になる。
それぞれの機甲鳥の性能差はほぼ無い。
横一線に機竜へと近付いて行くのだが――
バシュウウウゥゥゥゥンッ!
衝撃音を放ちながら一気に突出する機甲鳥がいた。
その後方には尾を引くような光の輝きが見える。
正確には操縦者が後方に向けて光弾を放ち、その反動で加速したのだ。
イングリスも霊素弾で行う時がある加速方法だが、同じような事が出来る人物は限られている。
「ユア先輩!?」
そう、ユアだ。
二回生チームの第一走者は彼女である。
「「おおおおおぉぉぉっ!」」
「「すげぇ! 何だあれ!」」
「「は、速い!」」
どよめきの中一気に抜け出したユアが機竜を追い抜きつつ旗を引き抜く。
「よし、いただき」
そしてすぐに旋回し、スタート地点に戻る進路を取る。
「い、今のいいんですか校長先生!?」
「機竜を壊したり他のチームを攻撃したりしなければオーケーです! お客さん達も盛り上がってますしね!」
ラフィニアの質問にミリエラ校長はそう答える。
ユアが突出し真っ先に旗を引き抜き、残りの旗は三本。
彼女の物凄い急加速には対応出来なかったが、次はそうはさせないと言わんばかりに機竜は動きを変えてくる。
水面すれすれを飛んでいた所を更に高度を落として、足や尾の部分を湖水に触れさせる。
すると大きな水飛沫が巻き起こり、後方のレオーネ達に降りかかる。
「きゃっ……っ!? こっちを攪乱するつもりね!」
それを避けて迂回するか、あえて真っ直ぐ進んで突っ切るか、あるいは進路を大きく変えて別の機竜の旗を狙うか。
それぞれの判断ではあるが、レオーネは直進して突っ切るほうを選択する。
しかし距離が詰まって追いつく寸前、水飛沫が急に止まって機竜も姿を消す。
完全に水中に潜ってしまったのだ。
「あぁっ! ズルい! 水中に逃げちゃった!」
「あえておびき寄せたのですわね!」
機竜は最初に水中から飛び出してきた。潜水して逃げる事も可能なのだ。
しかしこれでは、この機竜を追いかけていたレオーネは出遅れてしまう。
「なら……そこぉっ!」
しかしレオーネはその場で黒い大剣の魔印武具を抜き、水中の機竜へと向ける。
グンと伸びた切っ先は水中に突っ込み、機竜の旗だけを引っ掛けて引き摺り出してきた。
レオーネは機甲鳥の船体を急旋回させながら、水に濡れた旗を上手く掴んで見せる。
「「おおぉぉっ!? 剣を伸ばして!?」」
「「凄いなぁ! 見応えあるなぁ!」」
観客からも歓声が上がる。
「いいわよ! レオーネ!」
「お見事ですわ!」
「凄い……! 水の中に逃げたのに」
ラフィニア達も手を叩いている。
と、丁度出発地点に真っ先に旗を手にしたユアの機甲鳥が戻ってくる。
第一走者の時点で、一位は二回生のチームだ。
「いいぞユア!」
「さすがユアちゃんだね!」
喜んでユアを迎える二回生の面々だが、しかしユアは眠たそうに欠伸をしていた。
「うい。でもごめん、もう眠い」
「ああ。終わったら起こすから寝てても大丈夫だよ」
「じゃあそうする」
ユアは無表情にそう言うと、小さな魔石獣になったモーリスを抱き締めながら座り込んで寝息を立て始める。
「よし次! 行くぞ!」
そして次の走者が飛び立って行き、その後にこちらにレオーネが戻ってくる。
「レオーネ! お疲れ様!」
「ええ、ごめんなさい。ユア先輩には先を越されたわ……!」
「二番手ですから十分ですわ! では次はわたくしが!」
「ええお願いね、リーゼロッテ!」
レオーネに変わって、二番手のリーゼロッテが飛び立って行く。
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