第465話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会5
「ダメダメ。売り上げのためなんだから! 我慢しなさい! それがあたし達の食堂の運営費に回るんだから」
「そ、それはそうだけど……!」
「ほら、ユア先輩はあたし達みたいに食べないけど頑張ってるわよ!」
と、ラフィニアが指差す先では――
「ほい」
だんっ!
ユアがかなり大柄で体重もありそうな体格の男性を捻じ伏せていた。
「ぐおぉぉっ……!? いててて……! 凄え力だな、負けたよ」
「ナイスファイト、おっちゃん」
ユアは無表情に対戦相手を労っていた。
「いいですよぉ! ユアさん! さあさあ次の挑戦者は……!」
あちらはミリエラ校長が仕切り役を行い、次々に挑戦者を片付けて行っているようだ。
「……ちょっとまった」
「?」
「きました」
と、ユアの視線の先に小さな魔石獣になったモーリスに裾を掴まれて引っ張られてくる少年の姿があった。
騎士アカデミーの生徒ではないが同じくらいの年齢の、やや可愛らしいような整った顔立ちの少年だ。
「な、なんだこいつ……!? 何でこんな所に僕を……」
「いらっしゃい」
ユアは無表情に少年を歓迎する。
「え? 何が?」
「はい」
と、腕相撲のために手を出すユアだが、少年には何のことか分からない。
「いや、だから何なの?」
「腕ずもう。勝ったら賞金出るから」
「ただし参加料は頂きますけどねえ」
と、ミリエラ校長が補足する。
「えぇっ!? そんなお金ないよ……! 早く店番に戻らないと――」
今日の騎士アカデミーの演習会に合わせ、露店を出している商人達も沢山いる。
この少年もそんな中の一人なのだろう。
「店番?」
「ああ、家族の治療費を稼がないといけないから――」
「えらいえらい」
ぽんぽんと少年の頭を撫でるユア。
ユアが自分から人に触れたがるという事は、見た目的に好みの相手なのだろう。
それを探させて連れてこさせた、と。
「じゃ、じゃあもう行っていい?」
「だめ。止めろモヤシくん」
立ち上がろうとした少年のズボンの裾を、小さな魔石獣のモーリスが掴んで引っ張る。
「うぎゃっ!?」
がくんと体勢を崩して転んでしまう少年。
その拍子にズボンもずり落ちてしまった。
「おお……」
何だかちょっと喜んでいそうなユアだった。
「な、何するんだよ!」
少年はズボンを戻しながら抗議する。
「まあまあ。はい腕ずもう。参加費はいらないから」
「やったら帰らせてくれるんだな!? 分かったやるよ!」
「はいでは、よーいどんっ!」
なし崩し的に腕相撲が始まり――
「う、ぐぐぐぐぐ……! び、ビクともしない……っ!?」
少年が顔を真っ赤にして力を入れるが、ユアの腕は全く動かない。
「そりゃまあなあ、あんなほっそいガキじゃあな」
「ああ、さっきあんなゴツいのが簡単に負けてたしな」
「どういう鍛え方すりゃああなるのか……騎士アカデミーの訓練ってすげえなあ」
そう言い合いながら観衆達が見守る中で、決着が付いた。
だんっ!
音を立てて台に叩きつけられたのは、ユアの小さな手だった。
「「「おおおおおぉっ!」」」
驚いた観衆達から声が上がる。
「あ、あれ……僕が勝ったの……? ぜ、全然敵わないと思ったのに……」
「おめでとう。賞金貰ってって」
「え? あ、君もしかして――」
と何かを察した少年の前にユアはすっと手を出す。
「痛い。さすって」
「え? ああごめん、かなり痛そうな音がしてたよね」
「うへへへ」
少年に手を擦って貰って、ユアは満足そうだ。
――これではイングリスの手に触れて喜んでいたレダス達と変わらないのではないだろうか。
しかしユアは楽しんでいるが、黙っていられないのはミリエラ校長である。
「ちょ、ちょっとユアさん! 今わざと……!? ダメですよお、そんな事はやめて下さい!」
「儲けてもおっぱいちゃん達の胃袋に消えるだけだから、この子にあげた方が有意義」
「う……! そ、それは――」
ミリエラ校長もそう言われると反論出来ないようだ。
「まあそう言われたらその通りとしか言えないわね~。ユア先輩、いい事しましたね!」
「ふふふ、そうかも知れないね」
「何を暢気な事を言ってるんですかあ! ではこの分はイングリスさん達の食堂の代金として頂く事にしますからね!」
「「えええぇぇぇ~~!?」」
「当然じゃないですかあ、ユアさんの言う通りここで稼いだお金は食堂の運営費に回るんですからね」
「まずいまずいまずい……あ、そうだレダスさーん! 近衛騎士の皆さん! あの、腕相撲の前にクリスとハグ出来る権利をつけますから、別料金で参加料の三倍を追加で……ってどうですか?」
「本当ですかラフィニア殿!? 出します! いくらでも出しますぞっ!」
「ちょっとラニ! 何を勝手に決めてるの! そんなの嫌だよ……!」
「我慢しなさい、賞金の分なんて払えないんだから……!」
「わたしだけにやらせるからそんな事言えるんだよ!」
と、近衛騎士達の一人がラフィニアに問いかける。
「ら、ラフィニア殿……! 不躾ですが、先程の権利の件はラフィニア殿にお願いする事も可能でしょうか!?」
「えぇっ? あたしがですか!?」
「ははっ! 勿論イングリス殿の強さとお美しさは尊敬してやみませんが、私はラフィニア殿の溌剌とした感じがとても眩しいと……」
ラフィニアもイングリスと同じ非常勤で臨時の名誉騎士団長にして貰っているので、近衛騎士団の皆には顔を知られている。
「え~? そうですか? じゃあ仕方ないなあ、いいですよっ」
ちょっと嬉しそうなラフィニアが頷いてしまう。
「ダメッ! ラニはそういう事はしたらダメだから!」
「いいじゃないちょっとぐらい。クリス一人にやらせるのはダメなんでしょ?」
「両方ダメッ!」
その後腕相撲だけで何とか頑張って、賞金の分は許して貰う事が出来た。
ただし、貰う予定だった分け前は無くなってしまったが。
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