第463話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会3
「そ、そうよね。我慢我慢……我慢よ、クリス!」
「うんラニ。でも良かったら焼くの変わってくれない? これやってると余計にお腹が空くから……」
「ヤダ! それがイヤだから店番係にしたんだもん! くじ引きで決めたでしょ!?」
「じゃあメルティナ――」
「ごめんなさい。わたしもお腹が空くと辛いので……くじ引きの結果ですから」
メルティナにも断られてしまう。
確かに事前にだれが何の係をするかはくじ引きで決めたのだが、勝ったラフィニアとメルティナは売り子のほうを選んでいた。
「ううぅ……目の前に食べられない美味しい料理があるのは辛いなあ」
とイングリスがため息をついていると――
「やあラニ、クリス。さっきみんな凄かったね。とても見応えがあったよ」
温和な笑みを浮かべるラファエルが店先に姿を現した。
そのラファエルの隣にはリップルもいる。
「ラファ兄様!」
「リップルさん!」
「綺麗だったよ~みんな! 奇蹟の異空間をあんな風に使うなんてね。ボク達だけじゃなくエリスにも見せてあげたかったなあ」
と、笑顔ながらもリップルは少し残念そうだ。
エリスはまだグレイフリールの石棺の中にいる。
セオドア特使がエリスが入っている天恵武姫化の装置を確認した所、このまま処置を続行して問題ないという判断になった。
処置が終わってエリスが出てくるのは、当初の予定通り一年ほどは先の事になるだろう。
「早く出てこられると良いですね」
イングリスの言葉にリップルはうんうんと頷く。
「そうだね~エリスがいてくれないとボクの仕事増えちゃって大変だしね。まあお互い様なんだけど」
前にリップルが体に異変をきたし、魔石獣を喚び出してしまう状態になった時にはリップルの抜けた穴をエリスが埋めていたのだ。
エリスとリップルは古くからカーラリアの天恵武姫として働く盟友同士だ。
今度はエリスが帰ってくるまでリップルがその穴を埋めるために頑張るのだろう。
「ところでラニ、美味しそうなものを売っているね? 全部五人前ずつ貰えるかな?」
「ははは……それ全部一人で全部食べる用だよね」
ラファエルの注文にリップルが苦笑いを浮かべる。
「ええ。ラニやクリス達が作った料理を食べられる機会なんて中々ありませんから」
「あたしじゃなくてクリスの料理が食べたいんでしょ~? ラファ兄様は」
「い、いやいやそんな事はないさ……!」
そんなラファエルの前にイングリスは焼き上がった串を木皿に盛って運んで行く。
「どうぞ兄様。お待たせしました」
「ああ、ありがとうクリス。美味しそうだね」
と、横からラフィニアがイングリスに耳打ちしてくる。
「クリス、クリス。ねえ、ラファ兄様に一本食べさせてあげて?」
「え? どうして?」
「まあまあいいからいいから……! 兄様、ほらクリスがお肉食べさせてくれるって!」
「え、ええっ!? いやそんなクリスも迷惑なんじゃ――」
「いえ、そんな事はありませんよ。さあどうぞ、兄様」
イングリスは微笑んでラファエルの口元に串焼きの肉を運ぶ。
男性の精神を持つ自分としては男が男にお肉を食べさせているのに他ならない印象なわけで、少々思う所はある。
が、孫娘のように可愛いラフィニアの言う事なら聞きもする。
相手も幼い頃から成長を見てきたラファエルなら、それほど嫌でもない。
「じゃ、じゃあいただきます……」
とラファエルは串焼きを一口し、ぱっと顔を輝かせる。
「ああ! 凄く美味しいね。さすがクリスが作った料理だよ!」
「でしょでしょ、兄様! でもね、あたし達も味見したいんだけど商品だから勝手に食べられないし、手持ちのお金もなくて……だけどお腹も空いて――」
と、ラフィニアが猫撫で声でラファエルに言う。
要するにおねだりする前のご機嫌取りとしてイングリスを使ったという事だ。
「ああなるほど。じゃあ後十人前ずつあれば良いかな?」
「ん~もう一声! 兄様! 十五人分ずつでいい?」
「? いいけど、そんなにお腹が空いているのかい?」
「いや、もう一人分必要なの!」
ラフィニアはにっこり笑顔でメルティナのほうを見た。そして――
ばくっ! ばくっ! ばくばくばくっ!
店の商品の串焼きもパンケーキもスープもあっという間に消えて無くなっていく。
「ああ~美味しい~!」
ラフィニアが幸せそうな笑顔を浮かべている。
「やっぱり料理はするより食べる方がいいね」
「私まで頂いてしまって済みません。ですが、とても美味しいですね」
イングリスもメルティナも、満面の笑みである。
「そ、そんな予感はしてたけど、結局こうなっちゃったわね……」
レオーネが深くため息をついている。
「ま、まあまあ。代金は頂いているのですから、構わないと言えば構いませんわ」
「い、いつの間にかもう一人大食いの子が増えてるなんて……これはミリエラがいきなりお祭りで集金しようって言い出したのも分かるなぁ……はははは」
リップルも乾いた笑いを浮かべていた。
「僕らの家族と同じくらい食べる人が他にもいるなんて……しかもそれが――」
ヴェネフィクの皇女とは、と言いたいのだろうがラファエルはそれを飲み込んでいた。
ラファエルには当然事情は耳に入っており、メルティナの素性も知っている。
ラファエルの視線に気付いたメルティナは、少し目を伏せる。
「え、ええ……」
カーラリアとヴェネフィクは敵国同士。
しかも先日ヴェネフィク軍が王都を襲撃して来た事は人々の記憶に新しい。
国内に大きな被害を出した氷漬けの虹の王による侵攻も、ヴェネフィクの仕業と考えられている向きもある。
ヴェネフィクに対するカーラリアの人々の感情は、決して良いものでは無いのだ。
その辺りの事がメルティナも気になるのだろう。
「親しみを感じちゃうわよね? ねぇ兄様?」
しかしラフィニアは笑顔でラファエルに問いかける。
「ああ、そうだね。そう思うよ」
「私がその――かの国の皇女でも、でしょうか?」
「今は騎士アカデミーの生徒でしょう? 僕もここの卒業生ですから、同じくらいよく食べる後輩に親しみを感じるのは当然の事かと思います」
ラファエルも微笑みながらそう応じる。
「ラニやクリス達に国の事を色々教えてあげて下さい。これから困難もあるかも知れませんが、一緒に過ごしてお互いを理解する事がいつか大きな財産になる時が来ると思います。みんなも、メルティナ様の事をよろしく頼むよ」
「「「「はいっ!」」」」
イングリス達の返事が揃う。
「皆さん……ありがとうございます!」
メルティナは嬉しそうな笑顔を浮かべた後、深々と頭を下げていた。
「さあ、遠慮せず食べたいだけ食べて下さい。ラニもクリスもね」
「うん! じゃああたしはあと全部三人前ずつ!」
「わたしも。すぐ食べていいなら焼くのも楽しいね」
「では私も……!」
「はいはい。じゃああと九人前ずつね」
「まあ売り上げのほうは上々ですわね。ラファエル様のお財布は心配ですが」
「い~え! ダメですっ!」
と、その場に割り込んでくる声がある。
「あ。ミリエラじゃん。どうしたの?」
リップルがミリエラの名を呼んだ。
「ええぇぇぇっ!? 校長先生、お金なら兄様が払ってくれるからあたし達もっと食べたいんですけど……」
「後にして下さい! もう交代の時間ですよお、イングリスさん達は次のお店があるでしょう? 時間になっても来ないから呼びに来たんですっ」
「ああ、もうそんな時間ですか。次は分け前が出るお店でしたよね?」
「ええ――お願いしますよお。うふふふふふ……」
ミリエラ校長の眼鏡がキラリと輝いたような気がする。
「うわぁ、何よその悪い笑顔は」
「み、ミリエラ先輩。何するつもりなんですか……?」
リップルとラファエルが顔を引きつらせている。
「仕方が無いんです! 騎士アカデミーの運営は遊びじゃあ無いんですからねえ……! さ、行きますよイングリスさんっ!」
「はい、校長先生」
イングリスは頷いてミリエラ校長の後について行く。
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