第462話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会2
「よーし行くわよクリス! みんな!」
「うん、ラニ!」
イングリス達をはじめ、他にも何機もの機甲鳥が一斉に宙に舞って鏃の形のような編隊を組む。
それだけでも観衆からは『おおっ!』と声が上がるが、まだ始まってもいない単なる整列だ。
「では、レオーネさん!」
機甲親鳥の上から、ミリエラ校長がレオーネに呼び掛ける。
編隊の先頭にいるのは、レオーネとメルティナが二人乗りしている機甲鳥だった。
「はい! 始めますっ!」
レオーネは黒い大剣の魔印武具を掲げ、奇蹟を発動する。
すると周囲の景色が一変する。
真っ黒い何もない空間。奇蹟が生み出す異空間だ。
会場の観客達も巻き込んで、一斉に転移した。
「おおおおおおぉぉっ!?」
「な、何だこれ!?」
「急に夜になった!? す、すごいなぁ!」
先程とは比較にならないどよめきの中、イングリス達の機甲鳥はレオーネとメルティナの機甲鳥を中心として散開していた。
レオーネ達を挟んで向こう側にいるラフィニアと目で合図を交わす。
ここから最初に動き出すのは、イングリスとラフィニアの担当だった。
左右の後ろ側から、レオーネ達を追い越しつつ目の前で交差するように飛ぶのだが、真っ直ぐ進むのでは無く螺旋状に回転を挟みつつ進む曲芸飛行だ。
魔石獣と戦う際に使うようなものでは無いので、今日のために皆で結構練習した。
そして機甲鳥の後方にはミリエラ校長が用意した色つきの照明が取り付けられており、それが飛行軌道に合わせて尾を引くように空間を彩って行く。
イングリスとラフィニアの機甲鳥は青い光だ。
「クリス!」
「ラニ!」
レオーネ達の目の前で飛行軌道を交差させつつ、イングリスとラフィニアはお互いの手と手を合わせて通り過ぎる。
わっと歓声が起き、それを合図にメルティナが美しい声で歌い始める。
それに合わせて、後続のリーゼロッテや他の一回生の生徒達の機甲鳥も動き始める。
イングリス達のすぐ後に続くリーゼロッテは赤い光だ。
他にも緑の光や黄色の光もある。
真っ暗な奇蹟の異空間に観客を隔離したのは、この機甲鳥の光が鮮やかに映えるからだ。
そしてレオーネがメルティナの運転手係になっているのは、流石に奇蹟を展開しながらの曲芸飛行は負担が大きいという判断である。
メルティナの歌声が響き渡る空間の中を、色とりどりの輝きが縦横無尽に広がっていく。
観客達は瞬きも忘れてそれに見入っていた。やがてメルティナの歌が終わってレオーネの奇蹟の異空間が解除されると――
パチパチパチパチパチパチパチッ!
割れんばかりの拍手が起きてイングリス達を包み込んだ。
「いやあ、凄い! 綺麗だったなぁ!」
「あんなの見た事ないよ!」
「入場料を払って見るだけの価値はあるなあ!」
それを見て、満足気に頷いているのはミリエラ校長である。
「皆さん良かったですよぉ! この盛り上がりなら演習会は大成功で収益のほうも……うふふふふふ……!」
笑顔でこちらに手を振ってくれるのだが、少々妖しい笑みでもある。
「校長先生喜んでるけど、ちょっと悪い顔もしてるわね~」
「そうだね、ラニ。目の中にお金が見えるね」
「ま、まあ、それだけ色々追い込まれてるって事なのかも……?」
レオーネが苦笑いを浮かべている。
「うん。わたし達の食堂の無料を続けて貰うためにも、頑張らないとね」
「そうねクリス! まだまだやる事あるし、頑張るわよ!」
「ああ、こちらには目の中に食べ物が見えますわねえ」
リーゼロッテも苦笑いを浮かべていた。
ともあれ演習会はまだまだ始まったばかりだ。
◆◇◆
「こんにちは~! お腹空いてませんか~!? ボルト湖で取れたてのお魚やお肉の串焼きがありますよ~! あとお野菜とチーズのスープも、甘いものが欲しい人は自家製ジャムがたっぷりのパンケーキも! みんなあたし達が一生懸命手作りしましたよ~♪」
ラフィニアがにこにことしながら、前を通る人達に呼び掛けている。
演習会のメインステージは機甲鳥ドックの外にある機甲親鳥の周辺だが、機甲鳥ドック自体も中に入れるように開放しており、自由に見学して貰うと共に見学客のための露店も用意している。
出番がない時は交代で店番だが、今はラフィニアが店頭に立って売り子をしていた。
物怖じせず明るく愛想も良いラフィニアはこういう事にとても向いている。あっという間にイングリス達の露店は大賑わいになっていた。
「わ。混んできましたわね、早くしませんと……!」
リーゼロッテが大鍋からスープを取り分ける手を早める。
「お客さんが沢山なのはいい事だけど、ちょっと誇張気味よね」
レオーネはパンケーキを焼き上げつつそう漏らす。
皆の中で料理が一番上手なのはレオーネだ。とても手際が良い。
「まあラニも沢山売って貢献しなきゃいけないと思ってるから、そのくらいはね?」
確かにレオーネの指摘通りスープはあらかじめ食堂のおばさん達が作ってくれたものを運んできて取り分けるだけだし、自家製のジャムも同じくでイングリス達が作ったものでは無い。
だがパンケーキはレオーネが焼いているし、串焼きも今イングリスが焼いている。
しかも油が跳ねて火傷をしないようにしっかりエプロンを着て、髪にも頭巾を巻いて、食堂で下働きする街娘のような格好をして手を動かしているのだ。
だからあながち全てが間違いと言うわけでもないだろう。
「はい! お肉の串焼きとパンケーキが三人前ですね! ありがとうございますっ♪ メルティナ聞こえた? 持ってきてくれる?」
「は、はい! 分かりました!」
店頭に立って注文を受けているのは、ラフィニアとメルティナだ。
勿論メルティナ自身は接客経験もない上、性格的に大得意なラフィニアとは違うため少々戸惑いながらではあるが、一所懸命頑張っている。
「はいメルティナ、こっちがお肉の串焼きだよ」
「パンケーキも三人前。熱いから気をつけてね」
「二人とも、ありがとうございます」
少しおぼつかない手つきながらも、メルティナは注文の品を運んで行く。
「お待たせしました」
「あ! 君はさっき機甲鳥に乗って歌ってた子だよね!?」
「え? あ、はい……お耳汚しを失礼しました」
「いやいやそんな、凄く良かったよ!」
その話が耳に入った周囲のお客さんも、メルティナに注目する。
「あ、本当だ! さっきの歌ってたお姉ちゃんだ!」
「あらあら、近くで見るとますます綺麗な子だねえ!」
「本当に凄く良かったわ! 感動しました!」
「ええもんをみせて貰いましたわい!」
あっという間にメルティナの周りに人だかりが出来ていた。
「え、ええと。ありがとうございます……! 皆さん!」
少し面映ゆそうにしながらもメルティナは嬉しそうだ。
「ねえ君! どこか外で歌ったりはしてないのかい? うちは酒場やってるんだけど、歌手や踊り子を呼んでステージも開催してるんだ! 出演を頼めたりしないかな!?」
「い、いえ光栄ですが私などでは――」
その横からひょこんとラフィニアが顔を出す。
「はいは~い♪ あたし達ってこれでも全寮制なんで、外に出る時には校長先生の許可がいるんですよ。メルティナも興味あるかもだけど、まず校長先生の許可を貰ってきてくれませんか?」
「ああ、そうなのかい? 分かった、後で話せそうなら聞いてみるよ」
「はい。ありがとうございましたっ」
上手にラフィニアがメルティナを守っていた。
「ありがとうございます、ラフィニア」
メルティナがふうと大きく息をつく。
「ううん、いいのよ。まああたし達が酒場に出入りするのも問題あるし、ね」
「ええそうですね。酒場には普段食べられない料理もあるでしょうから、必要以上にお腹も空いてしまいそうですし」
「いやそういう事じゃないんだけど――あはは」
メルティナは正真正銘ヴェネフィクの皇女である。
イングリスやラフィニアも貴族の家の娘ではあるが、それとも更に比較にならない深窓の令嬢だ。市井に慣れ親しんできたイングリス達とは、物事の考え方が少々異なっているのかも知れない。
「でもメルティナの言う事もちょっと分かるなあ……料理してるとお腹が空くんだよね」
イングリスは目の前で美味しそうに焼けている魚や肉の串焼きに目を落とす。
香りも良く、とても食欲を刺激してくる。
「そうね。食べ物は売るより自分で食べたいって言うのは分かるわね」
「「「…………」」」
イングリスもラフィニアもメルティナも、じっと美味しそうに焼けている途中の串焼きやパンケーキを見る。
「ちょ、ちょっとそんな目で見てもダメよ三人とも!」
「商品なのですから、食べてはいけませんわ!」
レオーネとリーゼロッテに制止され、三人はぶんぶんと首を振る。
勝手に食べてしまったらその分のお金は払わなければならない。
そしてそんな手持ちはないのである。
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