第461話 16歳のイングリス・騎士アカデミー演習会
パン、パン、パン、パン――!
晴天のボルト湖上に花火の煙が上がる中機甲鳥ドッグのすぐ直上、特設ステージ代わりの機甲親鳥の上にシルヴァが立っていた。
周囲には騎士アカデミーの生徒達だけでは無く、王都カイラルの住民達が多数詰めかけている。
今日は騎士アカデミーの普段の訓練の成果を住民達に公開する演習会なのである。
その開幕の挨拶をするのが生徒代表のシルヴァだというわけだ。
「えー、お集まりの皆さん。本日はお日柄も良く、天候にも恵まれ、こうして皆様の前で日頃の訓練の成果を披露する機会を頂けた事を嬉しく思います」
シルヴァらしく堅い挨拶だ。騎士アカデミーの生徒では無い住民達の目が注がれているからか、少々緊張気味のようにも見える気がする。
「シルヴァああああぁぁぁっ! 兄さんが付いているぞ! リラーーーーックス!」
野太く良く通る声がシルヴァを声援する。
シルヴァの兄で近衛騎士団長のレダス・エイレンである。
レダスはこの通り弟のシルヴァに対しては過保護だ。
来賓として招かれているのだが、招かれていなくてもレダスは自分から来ただろう。
「に、兄さんやめてくれ……! 静かに……!」
そんな様子に会場からはくすくすと笑いが起こる。
「ははは。あれは恥ずかしいわね~」
近くで様子を見るラフィニアが苦笑いしていた。
「そうだよ。あれ恥ずかしいんだよ、レダスさんの声って良く通るし」
以前王都の大劇場でワイズマル劇団の公演を手伝った際、舞台に立つイングリスに大声で声援を浴びせられ恥ずかしかった事は忘れない。
しかも配下の近衛騎士達も一緒になって、酷い辱めだった。
イングリス達はシルヴァの挨拶を待って開始される機甲鳥の編隊飛行のために、搭乗して待機していた。
イングリスとラフィニアとリーゼロッテは一人一台だが、レオーネとメルティナは二人乗りで待機である。操縦桿はレオーネが握っている。
「じゃあ次はメルティナさんがあの声援を浴びる番ですわね?」
「…………」
しかしリーゼロッテの軽口に、メルティナは何も答えない。
伏し目がちにじっと考え込んでいるような姿勢だ。
「メルティナ? どうしたの?」
「え!? あ、はい……!? 何か言いましたか?」
はっとしたように顔を上げるメルティナ。
「本当にリラックスが必要なのはメルティナよね。レオーネ、肩揉んであげたら? 少しは肩の力が抜けると思うわ」
ラフィニアの提案にレオーネは頷く。
「ええそうね。じゃあはい、後ろを向いてメルティナ。大丈夫だから落ち着いてね?」
「どうもありがとう。こういう事には慣れていなくて、緊張してしまって……」
メルティナはふうと大きく深呼吸をしてみせる。
「お姫様だと人前に出たりする事って多いと思うけど……それでも緊張するのね?」
「今回はそれとは違います……! こんなに大勢の前で歌うなんて――」
そう、メルティナ一人が操縦桿を握っていないのはそういう事である。
訓練の成果を披露する演習会のはずなのだが、ミリエラ校長は生徒達に色々と出し物をさせたり、露店を出したりと、お祭りのようにしたいのだそうだ。
例年はそういう事はしていなかったらしいのだが、派手で楽しい催しにする代わりに入場料を取ろうという事のようだった。
「メルティナも校長先生の思いつきの被害者よね~」
一回生は歌を交えた催しをする事になったのだが、誰が一番歌がうまいのかと皆で実際にオーディションを行った所、メルティナが一番上手だったというわけだ。
「まあ、校長先生はラフィニア達の被害者って説もあるけどね……」
「そうですわね。アカデミーの運営費が圧迫されて、それを穴埋めするための演習会の有料化でしょうし」
「まあまあ、せっかくだから楽しもうよ? こういうのもたまにはいいんじゃないかな?」
「確かにそれはイングリスの言う通りよね」
「ええ。ここの所気を張り詰める事が多かったですから、いい骨休めになりますわ」
レオーネもリーゼロッテも頷いている。
「クリスの場合は、後でやる実戦演習が楽しみなだけだと思うけどね」
「ふふふふ……いやいや、せっかく入場料を払って見に来てくれるお客さんがいるんだから、それなりのものを見せないと――ね?」
「って校長先生を説得して、強引に演目をねじ込んだのよね~?」
「いや違うよ、演習会をより良くするために改善の提案をね?」
「ホントにああ言えばこう言うんだから」
そんなイングリスとラフィニアのやり取りを見て、メルティナはくすくすと笑っている。
「ふふふ。本当に二人は仲がよろしいですね。見ていて凄く楽しい気分になります」
「お? 笑ってるわね、緊張ほぐれた?」
「ええ、少しは。肩の力を抜いて楽しまないと損ですものね」
「そうそう。そういう事! よし、じゃあメルティナの緊張もほぐれたし気合い入れて……」
と勢い込むラフィニアなのだが、機甲親鳥の上に立つシルヴァの話はまだ終わりそうにはなかった。
「そもそも魔印武具を預かる騎士とは、虹の雨とそこから生み出される魔石獣から人々を守るために……! 我々は日夜、その使命を果たすべく修練を行っております。本日はその成果ををお見せする事により皆様に我々の事を知って頂き、そして我々もこの魔印に誓って皆様を守る盾となる覚悟を新たにする機会と……」
レダスによってリラックスしたのか、シルヴァの挨拶のほうは絶好調だった。
「シルヴァ先輩ー! 長いです! 早くやりましょうよ~!」
焦れたラフィニアがそう声を上げる。
まあ確かにその通りではあるのだが、にしてもこれではただの野次である。
「な……!? 静かにしていろラフィニア君! 僕はとても重要な話をしているんだ!」
そのやりとりにまたも会場からはくすくすと笑い声が生まれる。
「ラニ、ラニ。邪魔したら悪いよ?」
イングリスはラフィニアの袖を引いて制止する。
「えぇ~? せっかくいい感じにメルティナの緊張もほぐれたのに。この勢いで行っちゃわないと……あ、そうだリップルさーん。リップルさんからも早くやろうって言って下さいよ」
ラフィニアは近くの来賓席の中にいるリップルに助けを求める。
今日はレダスや近衛騎士団の面々だけではなく、聖騎士団からラファエルやリップルも招かれているのだ。今は王都に駐屯しておりちょうどタイミングが合ったのだ。
単なる来賓ではなく演習会を手伝って貰って盛り上げようという事らしい。
更にはウェイン王子やセオドア特使、マイス達イルミナスから避難してきた天上人達もいる。
「ええ? ボクが?」
「ラニ、もう少しだから……」
リップルはきょとんとして、ラファエルはラフィニアを宥めようとする。
二人にも務めがあるのだが、ミリエラ校長が頼み込んで来て貰ったそうだ。
聖騎士であるラファエルや天恵武姫であるリップルの人気にあやかろうという事で、この演習会の集客に本気だという事が感じられる。
「ん~シルヴァくーん。ラフィニアちゃんもそう言ってるし、ボクもはやく続きが見たいな~って思うんだけど……?」
「はいリップル様! では私からの挨拶は以上! 演習会を開始致します!」
「はやっ! あたしの時と全然反応が違う!」
「「「ははは……」」」
見事な変わり身だが、ラフィニアも分かっていて利用したのだから文句を言える筋合いでもないだろう。
「それでは今年騎士アカデミーに入ったばかりの一回生の皆さんの編隊飛行からお届けしますねえ、はい、皆さんどうぞ!」
シルヴァに代わってミリエラ校長が進み出てイングリス達を促す。
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