第459話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》70
「わっ……! ちょっと何よクリス、前見えないんだけど?」
「何でもないし見なくてもいいよ?」
セオドア特使は先程のイングリスの言葉に頷く。
「ええ、それはそうですね……機会を待つしか無いのかも知れませんが」
「少し前までは、聖騎士団や騎士アカデミーにも内通者が沢山いたみたいですけど、アールメンの戦場で皆魔石獣になってしまいましたからねえ……」
と、ミリエラ校長が複雑そうな顔をする。
血鉄鎖旅団の一員が携帯している虹の粉薬が過剰反応し、モーリスやその他戦場に紛れ込んでいた血鉄鎖旅団の人間達が真っ先に魔石獣化してしまったそうだ。
「皮肉な話だね、虹の王のおかげで、内通者を炙り出せて、排除まで出来ちゃったワケだ」
状況としてはリップルの言う通りだ。
「また新たに内通者が増えたりしている可能性もありますが、だからと言ってそれを探し出して血鉄鎖旅団の拠点を吐かせるような真似をすれば、相手の態度を硬化させてしまいますね」
それに、血鉄鎖旅団はそもそも反天上人の組織だ。
それが天上人であるマイス達を見逃して危害を加えないというのは、組織の目的には反する。
仮に黒仮面が首を縦に振っても、部下達も同じだとは限らない。
となると相手の出方次第だが、こちらから血鉄鎖旅団を壊滅させる方向に動く事になる可能性もある。
「ええ、そうですね。平和裡に交渉をしようというのに、それは良くありません」
「結局のところ、彼等がイルミナスの天上人を狙って動く所を押さえるのが、最も確実なのかも知れません」
「……そうはさせたくありませんが」
「う~ん、じっとしててくれればいいんですけどねえ」
セオドア特使もミリエラ校長も困り顔だ。
「いずれにせよ、イルミナスの天上人の方々の警備には、力を尽くします」
「ええ、是非お願いします」
「いえ……血鉄鎖旅団の首領――彼にはまた会いたいと思っていますから」
そう答えるイングリスを、ラフィニアがじーっと見ている。
「な、何、ラニ?」
「好みの相手だからってまた会いたいって言ってないわよね!? ダメよ、そんなの!」
「ち、違う違う! そんな事無いよ」
「じゃあ、また戦いたいから?」
「う、うん、勿論!」
「だったらいいけど……」
本当はそれも半分間違いだ。
勿論、黒仮面はイングリスの知る中でも指折りの強者だ。
いつでも、何度でも手合わせをしたい、と思わせてくれる相手である。
だが流石に、かつてのイングリス王の若かりし頃の姿をしているとなれば、聞きたい事が山ほどある。
だから聞きたい事を全て聞いた後、心行くまで手合わせを楽しみたいものだ。
「さあ、奥に進みましょう。エリスさんやメルティナ皇女は、そちらに」
イングリスは皆にそう呼びかける。
そして奥に進むと、空間の記憶が映し出したユアとシスティアが入っていた円筒状の装置が、いくつも立ち並びはじめる。
「おぉ。これはホンモノだ」
ユアがぺしぺしと、装置の表面を叩いていた。
「でも、空っぽですね」
ラフィニアも同じように装置をぺしぺしと触っている。
確かに装置はいくつも、数十個はありそうに見えるが、その殆どは空で何も入っていない。
だが、全てが空というわけでは無い。
「こっちになんか入ってる、よ?」
「どれですか、ユア先輩……ひいいぃぃぃっ!? こ、これガイコツじゃないですか!?」
ラフィニアが吃驚して悲鳴を上げている。
「……ボクも下手したら、こうなってたって事だね」
リップルはそれを見て、複雑そうな表情を浮かべている。
「今でこそ天恵武姫化の成功率は事前に判断し、危険度の高い方の天恵武姫化は避けられますが、昔は手当たり次第だったそうです。ヴィルキン第一博士の功績の一つですね」
「……あの人、完全に悪人ってわけじゃないのよね。ヴィルマさんの事を心配してたし、事前に判断できるって事は、失敗して犠牲者が出るのを減らす事になるわけだし」
「ラニはイーベル殿に印象を引っ張られてるから」
「ほんと、それはそうよね……ちょっと反省しなきゃ」
一つため息をつくラフィニアだった。
「でも、悪人だっていうのも間違ってないと思うよ? ヴィルキン博士が手引きをして、イルミナスは崩壊したし、セオドア特使のお父上の技公様も沈黙しちゃったって……」
「ああ、そ、そうだ! ご、ごめんなさい、あたし……!」
と、ラフィニアはセオドア特使に深々と頭を下げる。
「いえ、いいんですよ。あなたの感性は清く、そして正しい……あなたがそう感じるのなら、それでいいのです」
あくまで温和なセオドア特使だった。
「い、いえあたしはそんな……まだまだ子供で、思った事を言っちゃうだけで」
――これは不穏な空気だ。
イングリスはセオドア特使の前にさっと立ち、両者の視線を遮断する。
咳払いを一つし、話題を変える。
「ところで、こちらに残されている亡骸は、後で引き上げて埋葬して差し上げてもよろしいでしょうか? 先日はそうする余裕もありませんでしたので。その方がリップルさんやエリスさんのお気持ちも晴れるかと思います」
「ええ、勿論です。是非そうしてあげて下さい」
イングリスの提案に、セオドア特使は大きく頷く。
「イングリスちゃん。ありがとね?」
リップルも嬉しそうに微笑んでいた。
喜ぶとそうなるのか、獣の尻尾や耳がぴくぴくと動いている。
「いえ、リップルさんにもエリスさんにもアルル先生にも、いつもお世話になっていますから」
そう話しているうちに、人が入っている装置が二つ、目に入る。
片方がエリス、そしてもう片方が、ヴェネフィクのメルティナ皇女だった。
「エリス! 良かった、無事そうだね、今のところ……!」
リップルがエリスの入っている装置に駆け寄る。
装置の中に満たされた液体の中に浸かったエリスは、意識は無いようで静かに瞳を閉じている。
「こちらがヴェネフィクのメルティナ皇女ですね」
その隣の装置に入っているメルティナ皇女を見て、ミリエラ校長が言う。
「わたしでは、どうしたものか判断に迷いましたので……お願いします」
イングリスはセオドア特使をそう促した。
中で修行している最中も時折様子は見ていたのだが、特に異変は無かったため、エリスとメルティナ皇女はそのままにしておいた。
セオドア特使に状態を判断して貰いつつ、自分もそれを見て天上領の技術を学んでおこうと思う。
「ええ、分かりました」
セオドア特使は頷いて、装置に取り付けられた制御盤へと手を伸ばした。
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