第458話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》69
「ど、どういう事だ!? 何故……!?」
思わず口調も声色も、普段の自分を忘れてしまうほどに。
――見覚えがあるのだ。
いや、見覚えがあるどころの話では無い。
これは、この人物は自分だ。
ただし今の時代に生を受けた、イングリス・ユークスでは無い。
自分の前世、イングリス王だ。
更に言えば、イングリス王の若かりし頃の、青年の姿だ。
他人の空似では決して無い。
自分の事だ。自分が一番分かる。
だが黒仮面が神騎士であるのも、イングリス王の体であれば納得がいく。
一体何がどうなって、黒仮面がイングリス王の若かりし頃の容姿をしているのか、皆目見当も付かない。
今のこの世界では気配の感じられない、女神アリスティアの御業なのだろうか?
「クリス? どうしちゃったの?」
明らかに動揺している様子のイングリスを、ラフィニアがきょとんとして覗き込む。
「え? ああ、ええと、ええと……」
動揺して、うまい言い訳が咄嗟に出てこない。
「ひょっとして、好みのタイプだったり?」
「え? あ、ああ……そう、かな? 気になるって言うか」
ラフィニアの言葉に、イングリスは曖昧に頷く。
とりあえず話を合わせておいた。
「ええぇぇぇぇっ!? クリスがそんな事言うなんて!」
ラフィニアはかなり吃驚した様子だった。
「見ちゃダメ! クリスはラファ兄様と……!」
後ろから手で目を塞がれた。
「だからわたしは結婚とかはしないから!」
「あ、ユア先輩達消えちゃった」
「この空間が覚えてる記憶だから……」
「あ、ちっこいおっぱいちゃんだ」
空間の記憶が最近の、グレイフリールの石棺の中で修行をするイングリスの姿を映し出す。 大分時間が飛び飛びに、だんだんイングリスの姿が成長して行く。
自分の体感時間も長かったが、やはり一度小さくなった体がまた成長して元の姿になる位の時間が経っていたのだ。
どんどんと、イングリスの着ている服が体に引っ張られて小さくなっていく。
身長が伸びて袖や裾の丈も短くなってくるが、一番は胸元だ。
成長して膨らんでいく胸元で強く布地が張り、そして――
ビリッ!
決定的に胸元が破れた。
「あ、おっぱいちゃんのおっぱいだ」
ユアの言う通りの光景である。
完全に胸元が露わになっている。
「止めてください! 見ないでくださいっ!」
イングリスは空間の記憶の自分の前に立ち、全員から見えないようにした。
そんなイングリス達の様子を見て、ミリエラ校長がため息をつく。
「やれやれ、お話が逸れちゃいましたねえ」
「ははは、そうですね。賑やかな事です」
「ゴホン! ともあれ、ユア先輩はあまり事情を覚えていないようですし、一度血鉄鎖旅団の首領やシスティアさんに話を聞いてみたいものですね」
最後に彼等と顔を合わせたのは、アールメンの氷漬けの虹の王との戦場だ。
あの時は相手が虹の王だった事もあり、共通の敵として協力してくれたが、今度はどうなるだろうか。
「ええ……そうでなくとも、今後はイルミナスからの避難民達がこのカーラリアで暮らします。彼等が安全に暮らしていくためには、セイリーンのように血鉄鎖旅団に襲われては困ります」
セオドア特使の言う通り、マイスやイルミナスからの避難民の天上人達はこのまま地上に留まる事になっていた。
イルミナス自体はボルト湖の中央に不時着して動いていないし、イルミナスと運命を共にしようとした彼等にとっては、そのままそこにいる、というのが自然なようだ。
そしてイルミナスの中枢だった技公が沈黙した今、その代わりの拠り所になるのは技公の息子で跡継ぎであろうセオドア特使だ。
二重の意味で、彼等が地上に留まろうとする理由があるのだ。
今後はイルミナスの修復を行いながら、食料その他の供給をカーラリアに頼る分、見返りに魔印武具や機甲鳥の技術を供与する事になっていきそうだ。双方にとって利のある話である。
空と地上の関係では無く、地上で両者が共存していく先行事例になっていくのだろうか。
セオドア特使やマイスをはじめイルミナスの住民達は、元々天上人としては極めて穏健派で、地上の国々に対して友好的だ。
彼等と共存できないのならば、他の勢力の天上人達と共存するのは難しい。
何とか成功例を全ての天上人達に示すべく、マイス達が地上でも問題なくやっていけるところを示すべき――そしてそのためには、血鉄鎖旅団等の反天上人組織に邪魔されてはならない、というのがセオドア特使の考えなのだ。
「では、彼等と交渉を?」
「可能であれば。先日の虹の王との戦いでは、彼等も協力してくれました。全く話の通じぬ相手ではないでしょう。個人的には、少々複雑なものもありますが」
それはそうだ。セオドア特使は妹のセイリーンを、血鉄鎖旅団によって魔石獣に変えられてしまっている。それが気にならないはずが無い。
「でも、それでいいと思います! あたしも賛成です! マイスくん達がそれでカーラリアで幸せに暮らせるなら、それが一番だから!」
ラフィニアがセオドア特使を笑顔で励ます。
「ありがとう、ラフィニアさん……! 君がそう言ってくれるのならば、私は自分が間違っていないのだと、信じる事が出来ます」
セオドア特使は、嬉しそうな笑顔をラフィニアに向ける。
「い、いえ! あたしなんてそんな……ただ、マイスくんにあたし達の故郷のユミルを見せてあげたくって、安心して遊びに行ける世の中になってればいいなって」
「それはいい。是非、連れて行ってあげて下さい。見聞を広めるいい機会になるでしょう」
「はい……!」
「しかし交渉をしようにも、血鉄鎖旅団の本拠地はおろかその実態も掴み所がありませんね」
イングリスはラフィニアとセオドア特使の間にすかさず割り込む。
油断はしない、必要以上に二人を近づけてはならない。
ラフィニアがイングリスにラファエルと結婚しろと言い続けるように、イングリスもラフィニアにはまだ恋人なんて早いと言い続ける。絶対にだ。
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