第457話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》68
そして、アルカードに向かった封魔騎士団が戻って来た後――
イングリス達は再び、グレイフリールの石棺の中に足を踏み入れていた。
そして目の前には、空間の記憶が映し出されている。
天恵武姫化の円柱状の装置が二つ横並びに、そして隣り合ってそこに入っているのは、システィアとユアだ。
その前に、石棺の外から落ちて来た青年が立っている。
「ほ、ほんとだ! ユアちゃんだ!」
それを見たリップルが、驚いて声を上げている。
「そっくりさん?」
ユアは気怠そうな表情で、小首を傾げている。
「いやどう見てもそっくりさんと言うより、ユア先輩本人に見えるんですが」
ユアは相変わらずの調子で、イングリスの調子も乱されてしまう。
「何か覚えて無いんですか? ユア先輩?」
ラフィニアの質問にも、ユアは小さく首を振る。
「うーん……分からん」
ユアの頭の上に小さな魔石獣になってしまったモーリスがいて、一緒に首を振っている。
「そ、そうですか」
「けど――」
「けど?」
「この姉ちゃんは、この前会った」
と、指を指すのはシスティアのほうだ。
「モヤシくんをちっこくするのを手伝ってくれた」
「と言う事は、アールメンの戦場で……」
先日、アールメンで行われた巨鳥の虹の王との会戦――
モーリスが魔石獣になってしまったのは、その時のはずだ。
どうやらモーリスには血鉄鎖旅団との繋がりがあったらしく、携帯していた虹の粉薬が虹の王に反応し、真っ先に魔石獣に変えられてしまったらしい。
確かにその戦場にシスティアの姿もあり、イングリス達を助太刀してくれた。
その前に、ユアとシスティアも邂逅していたらしい。
「うん。何か私の舎弟になりたがってた」
「は、はあ? システィアさんがそんな事を言っていたのですか?」
「いや……何かヘコヘコしてきたから」
「ヘコヘコ?」
「うん。喋り方が」
「敬語で、遜るような感じと言う事ですか?」
「そんな感じ」
ユアはこくこくと頷く。
「…………」
イングリスが見てきた限り、システィアは割と気位は高い人物だ。
血鉄鎖旅団の首領である黒仮面には絶対の忠誠を誓っているように見えるが、理由も無く他人に遜るような事はしないように思う。
「つまり、システィアさんにとっては、ユア先輩は旧知の仲で、敬うべき人物だという事ですね」
「こっちは全然分からない……けどね? やっぱりそっくりさん?」
どうしてもそっくりさん説を推したがるユアだった。
「いや、ユア先輩本人にしか見えないのですが……どちらかと言うと、この天恵武姫化の装置によって、以前の記憶を無くしてしまったとか、そちらの方が可能性が高そうですが」
イングリスがそう考えるのは、イルミナスで出会ったシャルロッテが、明らかにリーゼロッテに似た容姿をしており、なおかつリーゼロッテの母と同じ名をしていながら何も覚えていない様子だったからだ。
天恵武姫化にはそういう副作用もあるのかも知れない。
ただエリスやリップルやアルルには天恵武姫になる以前の記憶はあるようなので、必ずそれが起こるわけではないようだ。
「あ、落ちましたよぉ!」
ミリエラ校長が声を上げる。
グレイフリールの石棺から、ユアだけが地上に落ちていく様子だ。
「! 下に虹色の輝きが見える……! あれは虹の王!?」
セオドア特使が続く光景に驚きの声を上げる。
今現場にいるのは、イングリス、ラフィニア、ユア、リップル、ミリエラ校長にセオドア特使だ。
元々はグレイフリールの石棺の中のエリスとヴェネフィクのメルティナ皇女の様子をセオドア特使に見て貰い、場合によっては装置を即破壊し、彼女達を救い出すかの判断をして貰うためである。
ユアの事はどちらかというと主題では無いが、イングリスとしても気になるため一緒に来て貰い、事情を聞いているのである。
「状況から見て、こちらの青年が血鉄鎖旅団の首領の黒仮面の可能性があります。わたし達は彼とシスティアさんが邂逅するところを見ているのかも知れません」
黒仮面がシスティアをイルミナスから救い出し、その事に恩を感じてあのように絶対の忠誠を誓うような態度を取っている、と考えると納得は行く。
「そうかも知れませんねえ」
ミリエラ校長がイングリスの言葉に頷く。
「つまり、ユア先輩自身は、血鉄鎖旅団とは無関係と推測できるかと。ここで離れ離れになってしまっているのですから」
ユアが下手に血鉄鎖旅団との内通を疑われるような事になってしまうのは、可哀想だ。
ここは一言添えておきたい。
「ええ、それは、そうでしょう」
セオドア特使がイングリスの言葉に頷く。
「ユアちゃんに血鉄鎖旅団との内通を隠して学生生活するような、器用なマネはできそうにないもんね」
リップルもそう言って頷いていた。
「セオドアさん、イルミナスではこの事故というか、事件はどう伝わっていたんですかあ?」
ミリエラ校長がセオドア特使に尋ねる。
「そうだよね。天上領にとっては結構大事だよね、これ」
「グレイフリールの石棺や天恵武姫については、ヴィルキン博士や父の――技公の間だけで情報が閉じられた状態でした。私も初耳です」
セオドア特使はそう述べて首を振る。
「ユアさんは何も知らないと思いますが、モーリスさんは血鉄鎖旅団の一員でしたし、あちらはユアさんの消息を掴んで監視していた可能性はありますねえ」
「それは否定できませんね。本当は天恵武姫としてユア先輩を仲間に引き入れたかったけれど、ユア先輩は以前の事を何も覚えておらず、それが出来なかった、とか……」
「ユアちゃん、何か心当たりは……」
リップルがユアを振り向くと、そこにユアの姿は無かった。
黒仮面と思しき青年の前にしゃがみ込んで、じーっと顔を見つめている。
「おぉ結構イケメンだ」
「あ、ほんとだー♪」
しかも、ラフィニアも一緒に。
「でも、小鬼ちゃんの兄上様のほうがイケメンだった、かな?」
「え? ラファ兄様ですか?」
「うん。イケメンの神様」
「はははは……神様の妹だからあたしも神様だ、やったぁ」
「そして、将来は私の妹としてもよろしく」
ユアはぽんとラフィニアの肩を叩く。
「えぇぇっ!? で、でもラファ兄様はクリスと結婚して貰わないと! ねえ、クリス?」
「わたしは結婚とかはしないから! そんな事より、ラニもユア先輩もちゃんと聞いて下さい……!」
「まあまあ、それよりクリスもこっち来て見てみなさいよ」
「おっぱいちゃん、目の保養になるよ?」
と、ラフィニアとユアが二人してちょいちょいと手招きしてくる。
「もう……」
話が進まないので、言う通りにしてみる事にする。
そう言えば一人でここにこもっている時も、わざわざ黒仮面と思しき青年の顔を検めようとはせず、気にして見てはいなかった。
まあ、見ておくのも悪くは無いだろう、と思う。
イングリスは青年の立っている場所の前に回り込み、何気なく顔を覗き込む。
「なっ――!?」
そして思わず、目を見張ってしまう。
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