第453話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》64
ひょっとしたら先ほど現れたイルカの群れは、あの虹の王から逃げてきたのかも知れない。
こちらにやってくる方向は、虹の王と同じだった。
「どうだ!? 私達だけではないのだよ! 天も地も海も魔石獣さえも! 貴様らに死ねと言っているのだああぁぁぁぁァァァッ!」
「ど、どうしよう!? 虹の王なんかに近づかれたら、マイスくんや天上人人達は……!」
天上人は虹の雨への抵抗力が地上の人間より弱い。虹の雨を浴びれば魔石獣になってしまうし、血鉄鎖旅団が用意した虹の粉薬も効いてしまう。
そして虹の雨の塊とも言えるのが、虹の王の存在だ。
アールメンの街に氷漬けにされていた巨鳥の虹の王との戦場では、天上人ではない普通の人間すら、魔石獣に変えられてしまうのを見た。
虹の王同士の個々の力の差はあるにせよ、普通の人間より抵抗力の弱い天上人があれに近づかれて、無事に済むとは思えない。
近づいただけで、皆一斉に魔石獣になってしまうかも知れない。
「「……!」」
強い危機感を覚えるラフィニアに、レオーネもリーゼロッテも返す言葉がない。
二人とも必死に打開策を考えてはいるが、何も妙案は浮かばないのだ。
ぽつり、ぽつり――
さらにそれに追い打ちをかけるように、ラフィニア達の額に落ちてきたものは、虹色をした雨粒だった。
「虹の雨!?」
イルミナスに迫ってくるあの虹の王が呼んだとでも言うのだろうか。
「ど、どうしてよ!? こんな時に……っ!」
そんな中、ラフィニア達に声をかけるのはマイスだった。
「ラフィニアさん、レオーネさん、リーゼロッテさん! もう十分だよ! 三人は逃げて! 三人だけならどこか近くの小島を見つけて、逃げられるかも知れないから!」
「マ、マイスくん!」
「そ、そんな事……!」
「わ、わたくし達には!」
「いいんだよ。僕達はもう……どちらにせよ、この虹の雨か虹の王で魔石獣に! そうなったらラフィニアさん達を襲ってしまうから、そんな事はしたくないから! だから、早く行って! ラフィニアさん、レオーネさん、リーゼロッテさん!」
そのマイスの背中を、強く押す人物がいた。
それは、マイスの母である。
「後生です! この子だけでも連れて一緒に逃げてください! 状況はこの子の言う通りです! だけどせめて、私達全員の代表として、この子を!」
「お母さん! 何を言うんだよ! 僕もみんなと一緒に!」
そう抗弁するマイスを、ぐっと抱き寄せたのはラフィニアだった。
「……わ、分かりましたっ!」
その言葉に、レオーネもリーゼロッテも口を挟む事は出来なかった。
目に一杯の涙を溜めているラフィニアの気持ちは、痛いほどよく分かったから。
自分達全員の代わりに、ラフィニアが決断を背負ってくれたのだ。
「ら、ラフィニアさん! 僕はいいんだよ! ここでお母さん達と……!」
「いいから! マイスくんもあたし達と一緒に行くのよ!」
抵抗しようとするマイスを、ラフィニアが押さえつける。
「リーゼロッテ!」
レオーネはラフィニアを手伝いながら、リーゼロッテに呼びかける。
「ええ、分かっていますわ!」
リーゼロッテは白い翼の奇蹟を発動する。
「そうは問屋が卸しませんがねえええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
無貌の巨人が拳を振りかぶり、その衝撃波が飛び立つ寸前のラフィニア達を襲った。
「「「「ああああああぁぁぁっ!」」」」
それぞれバラバラに大きく弾き飛ばされ、地面に背中を強くぶつける。
「う、ううぅ……っ!」
だが、大人しく倒れてなどいられない。
マイスだけでも逃がすと決断をしたのだ。
何としてでもそれだけは、マイスだけは助けたい。
身を起こそうとするラフィニアの視界に、ふっと黒く大きな影が差す。
「き、来たぞおおおぉぉぉっ!」
「虹の王だ! と、跳んだあぁぁぁぁぁっ!?」
あっという間にイルミナスの海岸まで迫ってきた虹の王が、水中から飛び出して、見上げるほど高く飛び上がっていた。
自ら陸に飛び出して、ラフィニア達や天上人達を喰らおうというのだ。 虹色に輝く巨大な魚影の姿は、ある意味美しくすらある。
「はは……怖いけど、き、綺麗だね……何だか」
マイスの呟きが、耳に入る中――
ばしゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁんっ!
唐突に、恐ろしく巨大な水柱が海から立ち上り、虹の王の土手っ腹にぶち当たった。
ギュオオオオオォォォォッ!?
鳴き声を上げ、虹の王はイルミナスを飛び越え遙か彼方へと吹き飛んでいく。
身をバタバタとくねらせる様は、釣り上げられた魚にそっくりだ。
「えぇっ!?」
「な、何!?」
「あれは――」
「「「グレイフリールの石棺っ!?」」」
ラフィニア達の声が揃った。
四角い巨大な石の箱――
何の前触れもなく海から飛び出してきたグレイフリールの石棺が、その勢いで虹の王に衝突して弾き飛ばしたのだ。
直後、グレイフリールの石棺はまるで意思でもあるかのように、黄金の鎧を身に纏う無貌の巨人に突進する。
「ぬうっ!?」
反応した巨人は、両腕を体の前で組んで防御を固める。
――が、それをあざ笑うかのように、グレイフリールの石棺の巨大な姿が歪んで消える。
「「「えっ……!?」」」
驚くラフィニア達の視界の中、次の瞬間には無貌の巨人の背後にグレイフリールの石棺が出現していた。
「何いィッ!?」
そして無防備な巨人の脇腹に向け、尋常ではない勢いでぶつかって行く。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオォォォォンッ!
「ぬおあああああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁァッ!?」
イルミナスから弾き飛ばされた巨人は、水飛沫を上げながら水面を何度も跳ね、見えないくらい遠くまで吹き飛んでいった。
ちょうど虹の王弾き飛ばされたのと同じ方向だ。
「「「…………」」」
あまりの光景にラフィニア達は言葉を失ってしまう。
いきなり海から飛び出してきたグレイフリールの石棺が、まるで意思でもあるかのように巨大魚の虹の王も黄金の鎧の無貌の巨人も、一瞬で弾き飛ばしてしまったのだ。
だが、グレイフリールの石棺はあくまで巨大な石の塊。
意思などないし、一人でに動いたりはしない。
そこには、それを動かしていた犯人がちゃんといた。
石棺が大きすぎて、姿が隠れていただけだ。
「ふぅ。間に合って良かった、あの巨人だけじゃなく虹の王までいるなんて、楽しそうだね?」
グレイフリールの石棺を当たり前のように簡単に抱えて笑顔を見せるのは、やはりというか勿論というか――
「クリスっっっ!」
「イングリス!」
「イングリスさん!」
しかもグレイフリールの石棺に閉じ込められる前の幼い子供の姿ではなく、元の16歳の大人のイングリスだった。
着ていた子供用の服は小さくて着れなくなってしまったのか、胸元と腰だけを隠すように巻き付けている。
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