第452話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》63
カッ――――――ッ!
「「「っ……!?」」」
圧倒的な輝きがイルミナスと周囲の海を照らし、そして収まった後には――
ティファニエの黄金の鎧を全身に纏った、無貌の巨人の姿が顕現していた。
「これは……!? 前みたいに斧槍じゃないけど……!」
「天恵武姫の武器化っ!?」
「ええ、種類こそ違いますが……!」
マクウェルと無貌の巨人だけならば対抗できたかも知れないが、それがティファニエと合わさる事で、圧倒的に力を増してしまう。
武器化したシャルロッテを使う無貌の巨人は、イングリスと戦っても負けていなかった強大な敵だ。
あのまま戦い続けていたら分からないが、少なくともすぐに倒されてしまうような様子では無かった。
扱う天恵武姫の種類は違えど、それと同じ力と、今度はイングリス抜きで向き合わねばならない。
「クリスと戦って負けなかった相手と、あたし達だけで……!」
「だけどやるしかないわ、私達しかいないんだもの!」
「ええ、その通りですわ!」
身構えるラフィニア達は無視し、黄金の鎧を身に纏った巨人は拳打を中央研究所に向けて繰り出す。
「ハアァァッ!」
その拳は空を切るのだが――
ゴオオォォゥッッッ!
拳に沿った爆風が巻き起こり、崩れかけの中央研究所の建物に直撃した。
それが更に建物を軋ませ、破壊し、完全に崩れ落ちてしまいそうになる。
まだ中には避難している天上人達が多数いて、慌てて外に飛び出して来る。
「うわああああぁぁぁぁぁっ!?」
「に、逃げろおおぉぉぉぉっ!」
「崩れるぞ! 早く!」
それを見た巨人の喉元に埋まっているマクウェルが、高笑いを上げる。
「はっはははははは! 出てきた出てきた出てきたぞおおおぉぉぉォッ! さあ美味しそうな餌だぞ、巨人よおぉぉぉぉっ!」
「駄目よ! やらせないって言ってるでしょ!」
バシュウウウゥゥンッ!
再び放たれた光の矢は、またラフィニアの強い願いを聞き入れてくれたのか、青白い霊素の輝きを纏っていた。
だが――
「ふぬうぅぅっ!」
巨人は黄金の手甲に包まれた手で、それを受け止めてしまう。
「受け止めた!?」
やはりティファニエの鎧を身に纏う前とは、全くの別物だ。
「ぬわはははははぁぁぁぁぁぁっ!」
巨人は受け止めた光の矢を両手で包み込み、握り潰してしまう。
青白い輝きに包まれた光の矢は霧散し、消え失せてしまった。
「ああ……っ!?」
「残念ながら、ぬるいのだよ! この究・極・完・全・体ッ! ヴェネフィクの国ために生まれ、ヴェネフィクの国のために死す正義の戦士の前ではなあぁぁぁぁぁっ!」
世にも嬉しそうに、マクウェルは高笑いをする。
普段の冷静そうな言動はかなぐり捨てて、こちらが本来の性格なのだろうか。
「何が正義よ! こんな事が、こんな事で……!」
ラフィニアは再び意識を集中し、光の雨を強く引き絞る。
また同じ矢が撃てるかは分からないが、きっとこの魔印武具はラフィニアの意志に答えてくれるはず――
バギイィィンッ!
しかし意志に応じてくれるはずの光の雨の全体にひびが走り、ボロボロと崩れ落ちてしまう。
「えぇっ!? 光の雨が!?」
「イングリスが、私の剣を使った時みたいに……!?」
以前イングリスがレオーネの黒い大剣の魔印武具を使った時、その後魔印武具は破壊されてしまい、セオドア特使に新たなものを作って貰う事になった。
今のレオーネの魔印武具は、二代目だ。
それだけでなく、イングリスが普段魔印武具を使わないのは、『使ったら壊れるから』だと言っていた。
イングリスの力がラフィニアに宿ったのなら、そのラフィニアが魔印武具を使えば、イングリスが使ったのと同じように、壊れてしまうという事だろうか。
「こんな時に、まずいですわね……!」
「そ、そんな! 光の雨がないとあたし……もう皆を守ってあげられないの!?」
「いいえ、まだよ!」
レオーネがラフィニアの背中を叩く。
「レオーネ?」
「見て、あれを!」
レオーネが指差す先、巨人の体に埋もれるマクウェルの周囲から、何かが蒸発していく煙のようなものが燻っている。
「あれは……何でしょう!?」
「今まであんなものはなかったわ。きっと天恵武姫の武器化の影響よ」
武器形態の天恵武姫は、使い手の生命力を吸い上げ拡散してしまう。つまり、それを使って虹の王を制するほどの激しい戦いを行った後には、使い手のほうの命も無い。
そういったものなのである。
「では、あの力は永遠に続くものではないということですわね……!」
「きっとそうよ! だから、必ずしも私達があれを倒す必要は無いわ」
「時間さえ稼げば、勝手に相手が自滅して、マイスくん達を守れるのね!」
「ええ……!」
「そうですわね、出来ることを致しましょう!」
頷き合うラフィニア達を、しかしマクウェルは嘲笑する。
「ハハハハハハッ! 無駄無駄無駄あぁぁぁぁぁっ! 無駄な足掻きなのだよ、そんなものはあぁぁぁぁぁぁっ!」
「そんな事言っても、体から煙が出てるのは見えてるんだから! 強がってるのはどっちよ!? 分かってるんだからね、天恵武姫を使えばただじゃ済まないんだから……!」
「それは認めよう! 天恵武姫を使う代償を、巨人がその身で払ってくれている! 美しき愛国心……! だがそれも永続はせぬ!」
「だから早くあたし達を倒そうって言うんでしょ!? それも分かってるんだから!」
「そう簡単には……やられません!」
「皆さん! 巨人から離れてくださいまし! あれの活動時間には限界があります! それまで逃げ切れば……!」
リーゼロッテが天上人達にそう呼びかける。
「その考えが甘いというのだよッ! よしんば私と巨人が限界を迎えたとしても! あれを見ろおおォォォッ!」
マクウェルの声とともに、巨人がラフィニア達の背後、反対側の海岸線を指差す。
そこは夜の海のはずなのに、明るく美しい、虹色の輝きに包まれていた。
そして無貌の巨人と匹敵するか、上回る程の巨大な魚影と、海に突き出た虹色の背びれが見える。
「う、嘘!? あれって――」
「こ、こんな時に!?」
「虹の王!? う、海の悪魔……!?」
リーゼロッテの出身地である、カーラリアの西岸部に位置するシアロトの街では、沿岸部と半島で囲まれた内洋から外に出たシャケル外海において、海の悪魔が現れて行き来する船を沈めるという逸話が、昔から伝わっていた。
そしてアールシア公爵家に残されている記録では、その姿は虹色の鱗に包まれた巨大魚だった、と。
ここはカーラリアからの移動経路から考えるに、シャケル外海のどこかだと思われる。
そして今目の前に現れた光景は、アールシア家に残されていた記録の通りだ。
「お、お嬢さん……俺達どこに逃げればいいかな? ははは――」
そう問いかけてくる天上人の男性に、リーゼロッテはすぐに返す言葉がなかった。
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