第451話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》62
「……!?」
「真上!?」
「落ちてきますわ!」
蹴りを振りかぶったティファニエの姿が、物凄い速度で上から迫って来ていた。
まるで、上空の雲の隙間から飛び出して来たかのように見える。
落下の勢いを蹴りに乗せて、星のお姫様号ごと叩き落すつもりだ。
「駄目っ……!」
星のお姫様号の操舵は間に合わない。
「私が……っ!」
レオーネがかろうじて反応し、ティファニエの蹴りの軌道に黒い大剣の魔印武具の刀身を滑り込ませた。
ガキイィィィンッ!
ティファニエの脚甲と剣の刀身がぶつかり合う音が響く。
しかしレオーネの足元を支えているのは、大地ではなく空を飛ぶ星のお姫様号だ。
衝撃を支えきれずに、船体が大きく傾いでしまう。
「くぅ……っ! ひっくり返っちゃう! マイスくん、あたしにしっかりに掴まって!」
「う、うん!」
「わたくしが、支えます!」
リーゼロッテは船体から身を躍らせると、白い翼の奇蹟を発動。
押し込まれる星のお姫様号の船底に回り込み、強く翼をはためかせて支える。
「な、何とか……凌げるっ!」
「咄嗟によく反応したものね……ですがっ!」
ティファニエは黒い大剣の刀身を蹴り、高く大きく身を躍らせる。
一度身を引いた形だが――
「はははははは! 行けえええぇぇぇぇぇいッ!」
マクウェルの哄笑が近づいてくる。
ティファニエと入れ替わるように、無貌の巨人が飛空戦艦から飛び降りて来ていた。
そして、星のお姫様号を叩き潰そうと、大きな掌を広げて振り下ろして来る。
――旋回は間に合わない! 受け切れる質量でもない!
「飛び降りてっ!」
リーゼロッテの声が響く。
「「っ!」」
一も二も無く、ラフィニア達は星のお姫様号から身を躍らせる。
バチイイィィンッ!
小虫を叩き潰すように、無貌の巨人の掌が星のお姫様号を撃つ。
船体は真っ逆さまに、イルミナスの中央研究所の側に落ちて行く。
ラフィニア達は何とかその攻撃を逃れて空中に身を躍らせていたが、体が落ちて行く何とも言えない感覚に、全身を包まれていた。
「わあああぁぁぁ!?」
「大丈夫よ、マイスくん! リーゼロッテが……!」
「きゃああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」
マイスより大きな悲鳴を上げているレオーネだった。
「レオーネも! 大丈夫だから!」
レオーネは元々少々高い所が苦手なようだ。
騎士アカデミーの訓練ではよく機甲鳥に乗るし、真面目な性格のレオーネだから、機甲鳥を操ったり機上で戦う事については克服出来ているようだが、流石に生身で飛び降りるのは怖かったらしい。
「レオーネ! 掴まって下さい!」
「あ、ありがとう……!」
手を差し伸べてくれるリーゼロッテの腰に、しっかりと抱き着くレオーネだった。
「ラフィニアさん!」
「うん……! ありがとう!」
全員リーゼロッテに掴まらせて貰い、事無きを得た。
その眼下で、巨人は地上に、すっかり小島になってしまったイルミナスに向かって落ちて行く。
そのまま落下の衝撃で潰れてしまってくれれば面倒は無いが、そこは元々魔素流体という液体で形成される体である。
ぐにゃりと変形しながら地表に落ち、肩に乗るマクウェルやティファニエへの衝撃を和らげつつ着地してしまう。
ただしその重さは相当であり、着地の衝撃でイルミナス全体が一瞬傾いでいた。
その地震のような衝撃に驚いて、生き残りの天上人達が外に出て来てしまう。
「こ、これは……!? 前に襲って来た奴か!」
「また戻って来たのか!? 今度こそイルミナスを沈めようと!?」
「機竜の戦闘制御はまだ取り戻せない! も、もう今度こそダメか……!?」
天上人達は巨人を目の当たりにし、打ちひしがれた様子である。
「その通りだ、魔素流体を生み出した悪魔どもめが……! せめてこの巨人の一部となり、貴様らの魔素を地上の国のために役立てるがいいッ! それでお相子さまだと認めてやるぞおおぉぉぉッ!」
巨人が手を伸ばし、天上人達を掴み上げる。
「「「うあああぁぁっ!?」」」
「いけません! 降りますわ!」
それを見たリーゼロッテが、全速力で下降を始める。
しかし、間に合わない。
無貌の巨人の口元だけが大きく裂けて口のようになり、そこに天上人達が飲み込まれてしまう。
「「「ああっ……!」」」
ラフィニア達が声を上げる中、巨人の体が一瞬パッと明るく輝く。
「ほう! そうか、天上人は美味いか、巨人よ! ハハハハハハッ!」
マクウェルの言葉からするに、あの輝きは天上人達の命が消えて、魔素流体の一部として、魔素が取り込まれた証だ。
つまりもう、間に合わない。
「こ、これは!? 魔素流体の巨人が、私達を喰らおうというの!?」
また別の天上人の女性が外に姿を見せ、巨人の姿に息を呑む。
身に纏った白衣が、如何にも研究者という雰囲気だった。
その人物には、ラフィニア達三人も面識があった。
「その通りだあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
無貌の巨人が、その女性を掴み上げる。
「うぅっ……!?」
「お母さんっっっっ!」
マイスが悲鳴のような声を上げる。
そう、マイスの母親、イルミナスの第二博士の女性だった。
巨人の顔が口のように裂け、そこにマイスの母親を放り込もうとする。
「おやめなさいっ!」
その時、降下するリーゼロッテは、地表のかなり近い所まで迫っていた。
ラフィニアの身をしっかり抱えて、両手で弓の魔印武具を扱える体勢に。
ラフィニアも既に、光の雨を強く引き絞っている。
「マイスくんのお母さんまで、やらせないからっ!」
バシュウウウゥゥンッ!
放たれた光の矢は青白い霊素の輝きを帯び、力強く無貌の巨人の腕を貫き、吹き飛ばす。
「やった、出来た!」
自分の思うようには中々制御できず、成功したのはティファニエに操られるレオーネを止めた時以来だが、とにかくマイスの母親を助けられて良かった。
「お見事ですわ、ラフィニアさん!」
「す、すごい! これが私を止めてくれた力……本当にイングリスみたいだわ」
「うん! 全然うまく操れないけどね、いい時に出てくれて良かったわ!」
「お母さん! 良かったっ!」
マイスが母親に駆け寄って行く。
「マイス! 皆さんも、ありがとう、助かりました……!」
マイスの母は深々とラフィニア達に頭を下げる。
「いえ、無事で良かったです!」
「でも!」
「ええ、油断はできませんわ!」
ラフィニア達がマイスの母の前に着地している間に、巨人は落ちた右腕を拾い上げ、自分の体にくっつけて修復していた。
「おおぉ! 巨人よ! 痛くない、痛くないぞ! すぐにくっつくからな! おのれ、巨人の腕を軽々吹き飛ばすとは! この間とはまるで違う、ただのイングリス・ユークスの金魚のフンでは無かったという事ですか……」
「う、うるさいわね! 余計なお世話よ!」
抗弁するラフィニアの視界の中で、ティファニエがマクウェルの横に立つ。
「動揺する必要は、ありませんよ。私がいますから――ね?」
「ティファニエ殿……ならばお力をッ!」
「ええ、お貸ししましょう」
「行くぞ巨人よ! はぁぁぁぁッ!」
ティファニエの体が眩く輝き、マクウェルの体は巨人の胸部に吸い込まれる。
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