第450話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》61
「あ、あいつは!?」
「戻って来たの!?」
「そんな! 教主連の天上領に戻ったのでは!?」
「ハーッハハハハハハハハハハハハハッ!」
そして夜空に響き渡る、哄笑は間違いない、ヴェネフィクのマクウェル将軍のものだ。
こちらの星のお姫様号をあちらも視認したのか、巨人の肩から呼び掛けて来る。
「やあやあ、久しぶりですね、カーラリアの騎士の皆様! シャルロッテ殿は彼女の天上領に戻られましたので、教主連から下された命は果たしました……ここから先は純粋にヴェネフィクの将軍として、国のために働かせて頂きますよ?」
「! なるほど、あの方の目が無ければ、わたくし達を逃がすつもりはないという事ですのね……!」
カーラリアと敵対するヴェネフィクの将軍としては、こちらの戦力は削げるうちに削いでおく、という事だ。
騎士アカデミーに所属し、セオドア特使の指令でエリスの護衛としてイルミナスにやって来た身としては、カーラリアとは無関係の個人だと言う事は出来ないし、そう言う見方をされてしまうのは仕方がない。
「だとしたら、私達がここから離れれば!」
マクウェルの狙いがラフィニア、レオーネ、リーゼロッテの三人だとするならば、すぐにマイスを降ろして星のお姫様号を飛ばせば、マクウェルはこちらを追ってくるはずだ。
そうすれば、イルミナスに残る天上人達は巻き込まずに済む。
「……!」
レオーネの言葉を聞いたラフィニアは、イングリスが沈んだ海中に視線を向けている。
イングリスの側を離れるのが不安なのだ。
一度離れて、また戻って来れるのか――
下手したら、離れている間にイルミナスが沈んでしまい、もう二度と場所が分からなくなってしまうかも知れない。
海は広い。圧倒的に広大な世界だ。
それだけに、そこで目印を失う事は、そのもの自体を永遠に失う事に等しい。
「ラフィニア……」
「ラフィニアさん……」
ラフィニアの気持ちが理解でき、レオーネもリーゼロッテもそれ以上は何も言えなかった。
「気にしないで! イルミナスで戦って! その方が戦いやすいでしょ!」
マイスだけは、ラフィニアにそう声をかけていた。
ぶるぶるぶるぶるっ!
と、ラフィニアが強く、大きく首を振る。
自分の迷いや、弱い心を追い出すかのように。
「マイスくんを降ろそう! あたし達はここから離れて、敵をイルミナスから引き離すのよ! レオーネ、リーゼロッテ!」
「ラフィニア……ええ、分かったわ!」
「異論はありませんわ!」
しかし決断を下して動き出そうとするラフィニア達をあざ笑うかのように、無貌の巨人の肩に乗るマクウェルがにやりとする。
「用があるのは、あなた方だけではありませんがねぇ!」
その視線の先は、マイスや、その下の海に浮かぶイルミナスへと向けられている。
マクウェルの狙いがラフィニア達だけではない、となってしまうと、話の前提が変わってしまう。自分達がイルミナスを離れる意味がない。
「……! これ以上何をしようって言うのよ! マイスくんや残った天上人の人達は、自分の生まれた所も、住む所も無くなって、もう戻れないんだから! もういいでしょ! 止めてあげてよ!」
ラフィニアの訴えに、しかしマクウェルは肩を竦めて首を振る。
「いいや、それでは生温い――私にはね、聞こえるんですよ。この巨人の嘆きや、恨み辛みがね……いや正確には、この巨人を形成する魔素流体にされてしまった人々の、と言った方が正しいですね」
「魔素流体……? 恨み辛みって、一体どういう――」
マイスがマクウェルの言葉に強く反応する。
「「「……!」」」
マイスはイルミナスの第二博士の子息でも、まだ子供だし何も知らないのだ。
都市防衛を担う騎士長のヴィルマですら薄々勘付きながらも、明確には知らなかったようであるし、相当限られた人間の所で、魔素流体の製造方法は秘匿されていると思われる。
それを、わざわざ聞かせるような事はしなくていい。
それはラフィニア達三人の共通理解だった。
「レオーネ!」
ラフィニアはレオーネを振り返る。
操縦桿を握る手は離せない。マイスの真後ろにいるレオーネに任せる。
「ええ!」
レオーネはラフィニアの意を汲んで、後ろからマイスの耳を塞ごうとする。
だがその手は、マイスに強く振り払われてしまう。
「マイス君!」
「いけませんわ、あの方に耳を貸す必要は……!」
マクウェルは口元を笑みの形に歪めながら、片眼鏡に指先を触れる。
気のせいか、片眼鏡は異様な輝きを放っているように見える。
「ははははっ! やはり知らぬか、小僧! 魔素流体の原材料は人間だ! 貴様らのご自慢のイルミナスは、地上の人間を買い取ってはドロドロのグチャグチャに溶かし、どうとでも扱える万能素材にしていたのだよ! アレに含まれる豊富な魔素は、本来人間の体が宿していた魔素だ!」
「そ、そんなっ!? だ、だったらイルミナスでは奴隷を使わず、地上との共生を計るなんていうのは……」
「ちゃんちゃら可笑しいのだよッ! 哀れな者を見たくないからと、人の形も意識も奪い魔素だけの素材にするのが小僧、貴様等のやり方だ! この悪魔どもが! 私は許さんぞ!」
「そ、その通りだ……魔導体の兵士が地上の人に優しいだなんて、とても……!」
マイスはがっくりと肩を落として、震える声で呟いている。
「止めて! こんな子を悲しませて何が楽しいのよ!? あなただって魔素流体にされる事が分かってて、ヴェネフィクの反対派の人達を引き渡したんでしょ!? 人の事なんて言えないわよ!」
「さぁて、それはどうでしょうか? 知らぬ仲ではないし、私は魔素流体にされずに、彼等が天上領で幸せに暮らせることを祈っていましたよ? ベネフィク国内に残っていれば反逆者として斬首され晒し首だったでしょう。生き残るためには、新天地へ向かわざるを得なかったわけです。結果はこの通りですがね」
と、無貌の巨人の首を軽く叩く。
「自分達が何故死ぬのかもわからなければ、この悪魔どもも浮かばれぬでしょう? それに、興味があるのですよ。天上人は地上人に比べて強い魔素を持ち、何よりそれを独力で制御できる種族だ。それを溶かした魔素流体は、一体どうなるか!? きっと素晴らしい力となる違いない! この巨人で、それを実践させて頂きますよ? それが我がヴェネフィクの力となる!」
「! つまり、マイスくん達を巨人に取り込んで……」
「強化しよう、という事ね! そんな事が出来るなんて!」
「それが狙いで、戻って来たのですわね!」
「天上人共だけではなく、あなた方も……ね! 全てを取り込んで、私とこの巨人は最強の存在となり、ヴェネフィクの国を支える礎となる! バカフォールが国を裏切った分、私が働かねばなりませんのでね!」
「バカフォール!? ロシュフォール先生のこと? ああ見えて結構いい人よ、ロシュフォール先生は! 少なくとも、あなたよりは!」
ラフィニアの言葉に、レオーネとリーゼロッテも頷いていた。
「ハッ! 国を裏切るような輩がいい人間なわけがないでしょう、最悪のクズですよ、あの男は! さあ、ティファニエ殿! もうよろしいですよ!」
マクウェルがティファニエの名を呼ぶ。
「! ティファニエも一緒に!?」
「天上領に戻ったんじゃ!?」
「厄介ですわね……!」
ラフィニア達は身構えて、飛空戦艦に跨る巨人の周囲に目を向け警戒をする。
だが、一拍置いてもティファニエの姿は現れない。
「では――そうさせて頂こうかしら!」
その声は、前方の飛空戦艦からではなく真上から響く。
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