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第445話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》56

「しまった――っ!」


 真っ黒な昏い空間の中に飛び込んだイングリスは、地に足が着くと即座に蹴り返し、グレイフリールの石棺に空いた穴から飛び出そうとする。

 だが切り返すイングリスのすぐ目の前で、音も無く壁に空いた穴が消失してしまう。


「うっ……!?」


 結果イングリスの体は、元々壁と穴があった地点を通り抜け、遥か遠くまで跳躍してしまう。完全に別空間に隔離された証だ。


「ちょっとまずい、かな?」


 狭間の岩戸、もといグレイフリールの石棺は、神やそれに準じる神騎士(ディバインナイト)だけが外から扉を開くことが出来、中からは開けられないのだ。


 時間の流れも、空間も、外との繋がりが断たれた別空間であり、内側からはその繋がりを元に戻すことが出来ないのだろう。


 外から扉を開いた時にのみ、その繋がりが復元されるのだ。

 だから如何に霊素(エーテル)を以てしても……


霊素弾(エーテルストライク)ッ!」


 ズゴオオオオオオオオオォォォッ!


 唸りを上げる霊素(エーテル)の塊はしかし、何にも当たらずに遠くへ飛んで行き、消え去ってしまう。

 これでは何を破壊していいのか、分からない。


「……うーん」


 早く戻らないと、ラフィニアは心配するだろう。

 可愛い孫娘に心配をかけるのは、保護者としては避けたい所だ。

 まだティファニエやマクウェルにシャルロッテも外におり、ラフィニアがどうなってしまうかも心配だ。


 幸いな事に、こちらでの時間の流れとあちらでの時間の流れは全く違うため、この中で多少時間を取られても、あちら側にとっては少しの時間で戻る事は出来るが。

 考えているうちにふと、イングリスの横を通って行く人影があった。


 水色がかった優しい色合いの銀髪をした、気品のある美しい顔立ちをした少女だ。

 不安そうに周囲をキョロキョロと、見渡しているように見える。


「ヴェネフィクのメルティナ皇女……!?」


 イングリスが呼び止めようとすると、差し出した手がメルティナ皇女を素通りしてしまう。実体のない、幻だった。


「空間の記憶……?」


 そういえば前世のイングリス王が狭間の岩戸で修行をしていた際も、同じようなものを見た。

 その時に見えたのは勿論このメルティナ皇女ではないが、イングリス王の前に狭間の岩戸に入っていた修行者の姿だった。


 自分以外に何もない単調な修行の日々には、その光景も気晴らしになったものだ。

 つまりこれは、この空間が記憶している過去の光景ということだ。

 そしてメルティナ皇女のすぐ近くに、もう一人別の人影が現れる。


「エリスさん……」


 時間的にはメルティナ皇女の前にエリスがここに入っていたから、そうなるのだろう。

 エリスは不安そうな様子も無く前を見据え、しっかりとした足取りで進んで行く。


 凛とした美しい姿だ。メルティナ皇女の様子とは対照的である。

 エリスの場合は一度目ではないし、覚悟が違うのだ。


 イングリスは空間の記憶に映るエリスとメルティナ皇女が歩いて行く方向に、自分も付いて行く事にした。

 暫く何もない黒い空間を進み、そして――


 見えてきたのは、うっすらと輝きを放つ高い柱、いや円筒状の装置だった。

 それが二つ、並んでいるのが見える。

 中央部分は透明な硝子のような素材で、中には何かの液体が満たされ、そしてその中に人間の女性の姿がある。


「これが天恵武姫(ハイラル・メナス)? しかしこれは……!?」


 装置自体には、驚きはない。

 中にそういうものがあるのは当然だ。


 ここは天恵武姫(ハイラル・メナス)の製造施設であるグレイフリールの石棺なのだから。

 問題は、装置の中にいる人物だ。

 横並びの装置の内の片方には――


「システィアさん……」


 紅い長い髪に、意志の強そうな眼差し。

 血鉄鎖旅団の天恵武姫(ハイラル・メナス)、システィアだ。


 しかしそれも、必ずしも驚くべき事ではない。

 システィアは天恵武姫(ハイラル・メナス)なのだから、必ずどこかで造られているはず。


 それがここ、イルミナスのグレイフリールの石棺だったという事だ。

 それが空間の記憶に残っていても、不思議ではない。


 だが問題はその隣の装置だ。

 イングリスが全く想像しなかった人物が、そこにいた。


「ユ、ユア先輩!?」


 間違いない、ユアだ。

 どうしてこんな所に?


 ユアは天恵武姫(ハイラル・メナス)だったという事だろうか?

 だが本人にそれを感じさせるような言動はないし、イングリスがユアの近くにいる時も、天恵武姫(ハイラル・メナス)の気配は感じなかった。


 あの強さそのものは、天恵武姫(ハイラル・メナス)だと言われても納得するが。

 そもそも何故、ここで天恵武姫(ハイラル・メナス)化の処置を受けていたユアが騎士アカデミーの先輩になっているのか。


 それを言うならシスティアもそうだ。イルミナスが造った天恵武姫(ハイラル・メナス)が、なぜ反天上人(ハイランダー)組織の血鉄鎖旅団に?


 それはやはり、彼女が心酔している様子の血鉄鎖旅団の首領、黒仮面が関係しているのだろうか――

 と、その時。突如イングリスの頭上の壁が崩壊し、音も無く瓦礫が降って来た。


「!」


 外と空間が繋がった?

 何があったかは分からないが、脱出する好機だ。


「いや、これも幻……!」


 手で払い除けようとした瓦礫が、イングリスの手をすり抜けるのだ。

 つまりこれ自体が空間の記憶であり、過去の出来事だ。


 エリスとヴェネフィクのメルティナ皇女がグレイフリールの石棺に入る以前、ユアもシスティアもここにいたという事である。


 そして、その時に外部から石棺の壁が破壊された。

 瓦礫の中から、立ち上がる人物の後姿が見える。


 外部から石棺の壁を破壊した人物だろう。

 後姿しか見えないが、男性の青年のようだ。


 こんなことが出来るのは、神か半神半人の神騎士(ディバインナイト)だろう。

 となると後姿しか見えないこの人物は、血鉄鎖旅団の黒仮面かも知れない。


 これは、黒仮面がシスティアと出会う瞬間を見ているのだろうか。

 そしてその場にはユアもいて、それが何故、騎士アカデミーにという疑問は晴れない。


 そんなイングリスの疑問に答えるように、空間の記憶は続く光景を映し出す。

 黒仮面と思しき人物はグレイフリールの石棺の上部を貫いて侵入して来たが、勢いはそれでは止まらず、床の壁も破壊していたのだ。


 グレイフリールの石棺、もとい狭間の岩戸は内部から破壊する事は出来ないが、外に穴が開いている状態は物理的に外と繋がっている状態であり、衝撃で破壊する事も出来る。


 そして破壊された足元の壁にも穴が開き――

 その場所は、ユアが入っている装置の目の前だった。

 装置が大きく傾ぎ、穴に落ちて行ってしまう。


「落ちた!?」


 青年も驚いたように、穴の外を見つめている。

 外の様子は、イングリスの目にも入る。


 すぐに空と、そして遠く離れた陸地。

 当時はグレイフリールの石棺が今とは違う場所に配置されていたのかも知れない。

 そして、遠い陸地の方に、虹色の輝きのようなものが小さく見える。


「あれは……? 地上に虹の王(プリズマー)がいる?」


 ユアは黒仮面がグレイフリールの石棺を破壊するのに巻き込まれ、虹の王(プリズマー)の目の前に落ちて行ったのだろうか?

 その後どうなって、騎士アカデミーに入る事になったのだろう?


 本人は天恵武姫(ハイラル・メナス)の事や、天恵武姫(ハイラル・メナス)化の処置を受ける以前の事を何も覚えていなさそうだったが。


 あの普段の様子が素ではなく演技だとしたら相当な役者だが、流石にそれはないだろうと思う。


「となると、記憶が?」


 シャルロッテは、リーゼロッテの事を何も覚えていないような様子だった。

 天恵武姫(ハイラル・メナス)化によって記憶を失う事もある、という事なのだろうか? それが意図的なのものなのか、偶発的なものなのかは分からないが。


 ならばユアも、全ての記憶を失ってイルミナスから落ち、その時の衝撃で天恵武姫(ハイラル・メナス)化が中途半端なまま目覚め、そして巡り巡って騎士アカデミーに入る事になった、と――


 彼女の気配や、虹の王(プリズマー)の力を吸収してしまっているような特性から、天恵武姫(ハイラル・メナス)化が真っ当に終了していないことは確実だ。


 巡り巡って、の部分は聞けば答えてくれるかも知れない。

 ユアの普段の様子では、ちゃんと覚えているかは、妖しいが。

 ともあれ騎士アカデミーに戻ったら話を聞いてみよう。


「戻れたら、になるかも知れないけど」


 いつの間にか、空間の記憶は消えて、エリスやメルティナ皇女、ユアやシスティアや黒仮面と思しき青年の後姿も、何も見えなくなっていた。


「では、始めましょうか……!」


 戻るための努力、試みを――

 イングリスはたった一人、昏い空間の中で身構えた。

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