第446話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》55
「……うっ!?」
踏ん張りが効かなくなり、イングリスの体は大きく傾く。
そしてラフィニアを押し退けていたのは、レオーネに装着した状態から、人間の少女の姿に戻ったティファニエだった。
イングリスの虚を突く、油断も隙も無い動きだった。
「やはりあなたが、一番の厄介者だから――悪く思わないで下さいね!」
ティファニエの蹴りがイングリスを撃つ。
それは、霊素殻と竜氷の鎧を重ね掛けしたイングリスにとっては、大きな打撃とはならない。それはティファニエも分かっていただろう。
だが足元が踏ん張れない分、体は大きく弾き飛ばされていた。
「――!」
すぐ背後に、グレイフリールの石棺が迫る。
神々の遺物に対して少々不敬だが、これを足場にさせてもらい、立て直す!
そう思って身を翻し、小さな足を石棺の壁に突き出した瞬間――
「ヴィルキン博士ッ!」
「今ですッ!」
シャルロッテもいつの間にか黄金の斧槍から元に戻り、声を上げている。
「やれええええぇぇぇぇェェッ!」
そのマクウェルの視線の先には、いつの間にか無貌の巨人の肩の上に姿を現した、ヴィルキン第一博士の姿が。
「はいはいはい~~。んじゃ、オープン~~♪」
ぱちんと指を弾くと、イングリスが足を着こうとしていた石壁が消失し、内部への穴が開く。
「「「あっ……!?」」」
イングリスも急には止まれない。
そのまま、小さな体がグレイフリールの石棺の中に飛び込んで行く。
そして外に飛び出してくる前に、音も無く石棺の出入口は閉じてしまった。
イングリスは中に閉じ込められてしまった形になる。
「クリスっ!? クリスーーーー!」
「た、確か……一度入り口が閉じると、中からは開けられないと!?」
だがそれはヴィルキン第一博士の言っていた事だから、イングリスならそんな事関係なしに、飛び出して来てくれるかもしれないが――
だからと言って黙っているわけには行かない。
「開けて! クリスを出して下さい! ヴィルキン博士!」
そう呼びかけるラフィニアを、ティファニエが蹴り飛ばす。
「ああぁぁぁ……っ!?」
「黙っていて下さるかしら? あなたの相手をしている時間はありませんから、ね?」
「う、ううぅっ! どいてよ! あなたと話してない! クリスが!」
さらに間の悪い事に――崩れたイングリスの足元の岩盤の亀裂が、グレイフリールの石棺が安置されている広場全体に広がり始める。
そして壁のあちこちから、海水が流れ込み始めて行く。
あっという間にラフィニアの膝上くらいまで海水が浸食して来た。
「ハハハハハ! ようし、止めだああああぁぁァァ!」
ドゴオオオオオォォォォンッ!
無貌の巨人が、グレイフリールの石棺の足元の岩盤を殴りつける。
それが決定打となり、岩盤が完全に崩壊した。
グレイフリールの石棺は大きく傾ぎながら、海中に姿を消して行く。
「海の藻屑となって消えろおおォォォォォォッ!」
マクウェルの満足そうな高笑いが響く。
「う、ウソ!? ウソウソウソウソ……! ダメよそんな! 待っててクリス! あたしが助けてあげるから!」
ラフィニアはイングリスを追って、海に飛び込もうとしてしまう。
「いけません! ラフィニアさん!」
それを止めたのは、リーゼロッテだった。
海に飛び込んだ直後のラフィニアの体を掴み、奇蹟の白い翼の力で引っ張り上げた。
「り、リーゼロッテ!? どうして止めるの!? クリスが……! 急がないとクリスが沈んじゃう!」
「れ、冷静になって下さい! 何の準備も無しに後を追って飛び込んでも、今度はあなたが……!」
リーゼロッテとしても、目にいっぱいの涙を溜めているラフィニアを無理に引き留めるのは心苦しかった。
何かとても悪い事をしている気がするが、止めずにラフィニアを行かせて、どうにかなるとは思えなかった。むしろラフィニアの身が危ない。
イングリスはリーゼロッテの知る常識を遥かに飛び越えて行くような存在だ。
もしかしたら、平気な顔をして戻ってくるかもしれない。
その時にラフィニアがイングリスを追って海の藻屑になっていたら、喜ぶものも喜べない。
グレイフリールの石棺は真っ逆さまに、海底の奥深くへと沈んで行く。
石棺が通り過ぎて行く横には、複雑な文様の光の塊が見えた。
あれが、天上領の根本を支える『浮遊魔法陣』なのだろうか?
『浮遊魔法陣』は遠ざかって行かない所を見ると、こちらの陸地はまだ浮力を保てそうだ。
しかしグレイフリールの石棺のほうは、絶望的な深さまであっという間に沈んで行く
透明度の高い美しい海水だからこそ、その様子がはっきりと見えてしまう。
「ああぁぁぁ……! クリス! クリスうううぅぅぅぅぅぅっ!」
涙を流して暴れるラフィニアを、リーゼロッテは心を鬼にして押さえつけ続ける。
一方で、逆の手に抱えているレオーネはまだ意識を取り戻さない。
「はーーっははははははは! 愛・国・心ッッッッ! 最後は世のため人のために戦う者が勝つのだよ! それこそがこの世の摂理だぁぁぁぁっ!」
「やれやれ……全く賛同出来ませんし、少し声が大き過ぎますね」
満足そうなマクウェルと、うんざりした様子のティファニエ。
「ですが、エリスお姉様もあの中に……もう、お休みになった方がいいわ。あの子はいい人身御供でしょう」
そして、どこか遠い目をするティファニエは、ほんの少しだけ物悲しそうにも見える。
何も言わないが、シャルロッテも健在だ。
「くっ……!」
こんな強大な敵を相手に、こちらはこんな状態で、一体どうすれば?
リーゼロッテは内心、絶望的な気持ちになってしまう。
「降伏を勧告します。ヴィルキン第一博士のご息女が大人しく我々に付き従うのならば、これ以上の攻撃は致しません」
無貌の巨人の肩に乗るシャルロッテが、そう宣言をした。
「その提案を、受け入れよう――ただし、希望者は私と同行する事を認めて欲しい」
ヴィルマの返答に対して、リーゼロッテとしては異を唱えることが出来なかった。
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