第445話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》54
「い、いかん! 戻れ、機竜!」
機竜達は元居た避難施設の手前に戻り、何とか降り注ぐ瓦礫から身を隠す。
「レオーネを……!」
大穴の底の方に落ちたレオーネは、まだ動いていない。
このままでは振って来る瓦礫に圧し潰されかねない。
リーゼロッテは全速力の直滑降で、レオーネの元へと飛んで行く。
「拾い上げてください!」
「分かった!」
ラフィニアが手を伸ばし、黄金の鎧を纏ったレオーネの体を拾い上げる。
リーゼロッテが飛行方向を変えて大穴の脇の広場に滑り込んだ直後、レオーネがいた場所に大きな岩の塊が落ちた。
「ふぅ……良かった」
間一髪。拾い上げなければ、あの岩塊にレオーネが潰されていたかもしれない。
「ええ……ですが、ここは――」
リーゼロッテが周囲に目を向ける。
静謐な空気に包まれた空間だ。そして、自然の岩石が剥き出しである。
そしてラフィニアとリーゼロッテのすぐ近くに、巨大な石の箱が鎮座していた。
「グレイフリールの石棺?」
「ええ、すぐ下だと言われていましたものね」
「エリスさんや、ヴェネフィクのメルティナ皇女も中に――」
エリスが今すぐ出て来てくれたら、とても助かるし頼りになるのだが。
それにメルティナ皇女は、早く助け出してあげなければならない。
ガガガガガガガガガガガガガガッ!
上から再び、大きな音。
大穴の逆側――外に出る避難路に通じる側が大きく崩落し、大穴が更に巨大に拡張されたのだ。
そして無数の瓦礫と共に、巨大な影が降って来る。
「はハハハハハハはっ! 見たかぁ糞餓鬼めがああぁぁぁぁッ!」
無貌の巨人だ。
その巨体に見合う大きさの、黄金の斧槍を携えている。
あれは、シャルロッテが武器化した姿なのだろうか?
そしてその胸に埋まったマクウェルが、叫び声をあげている。
「な、何あれ!?」
「わ、分かりませんが! 禍々しいですわ」
リーゼロッテの言う通りだと思う。
何があったかは分からないが、何か色々と凄い姿だ。
そしてその禍々しい巨人の前に、すたん、と軽く飛び降りて来る幼い少女の姿。
「クリス!」
顔を見ると、とてもほっとする。
ラフィニアは顔を輝かせてその名を呼んだ。
「ラニ! ごめんね、大丈夫だった!?」
イングリスはとても心配そうな顔をして、ラフィニアに駆け寄った。
無貌の巨人が操る黄金の斧槍が巨大な爆発を放ち、大穴を塞ぐ氷塊を吹き飛ばされてしまった。
それだけで済まず、地表を吹き飛ばされて大穴が更に広がってしまった。
その威力は霊素殻と竜氷の鎧を重ね掛けしたイングリスの防御を貫き、鎧を破損させるほどだった。
腕にも擦り剥いたような傷跡が残ってしまっている。
だがそれよりも何よりも――
巨人が爆発を放つ寸前、下の方で霊素が弾けるのを感じた。
血鉄鎖旅団の黒仮面が侵入しているのかと思い、かなり肝を冷やしたが――
下に降りた瞬間ラフィニア達がいてくれたのには、正直ほっとした。
「今、何があったの? あの黒仮面が来てたの……!?」
「え? ううん? レオーネがティファニエに憑依されて操られてたのよ、それを止めるために、光の雨で光の矢を撃ったら……何か手応えが変で」
「青い強い光で、まるでイングリスさんが撃つ光みたいでしたわ」
リーゼロッテがそう証言する。
「……! じゃあ、さっきのはラニが?」
「うん。何かあたしがあたしじゃないみたいに、凄い力だったわ」
どういう事だろう? 何故ラフィニアに霊素が。
「…………」
もしかしたら、魔印武具の暴発による幼児化からラフィニアの方が早く戻ったのも関係があったのかも知れない。
普通に考えたら、霊素を身に纏う半神半人の神騎士とラフィニアが同時に同じ効果を浴びて、イングリスの方が重い現象になるはずがない。
如何に当たり所が悪かったとは言え、それで済まされる話ではないはずだ。
だが、ラフィニアの方も潜在的に霊素を身に纏い、イングリスに及ばずとも、近い水準の魔術的抵抗力を獲得していたとしたら?
ならばそれこそ当たり所の問題で、ラフィニアの方が先に戻る事もあり得る。
では何故ラフィニアがそのような状態になったかというと――
考えられる原因は一つしかない。
自分だ。イングリスの存在の影響だ。
神竜フフェイルベインの竜理力が、彼の肉を大量に食べ続けたイングリスに宿ったように、イングリスとずっと一緒に育って来たラフィニアに、イングリスの霊素が浸透し、宿る事になったのだ。
霊素でも竜理力と同じような現象が起きるとは知らなかったが、前世を振り返ってみても、ラフィニアほど一緒に過ごして来た時間が長い存在は他にはいない。
苦楽を共にした戦友や、旗揚げの頃から長く使えてくれた譜代の臣下は数多かったが、彼等と四六時中行動を共にし、寝る時まで一緒だったわけではない。
「そうか……ラニはずっとわたしと一緒にいたから、わたしの力が移ったのかもしれないね」
その絆の深さ、濃さが、ラフィニアにイングリスの力を分け与えたのだ。
そして、だからこそラフィニアに起ころうとしている変化に気が付かなかった。
自分の霊素が近くにあっても、それは自分の霊素だとしか思わず、疑問に感じなかったのだ。
先程イングリスが感じた強い霊素の発動は、イングリス自身の霊素にとても似ていた。
血鉄鎖旅団の黒仮面は、ずば抜けた霊素の制御技術で、イングリスと同じような性質の霊素を操る事も出来る。
だから黒仮面が下にいるのかとイングリスは思ったのだ。
「力が移る……? そんな事あるんだ?」
「あるみたいだね、わたしも知らなかったけど……フフェイルベインと同じかな? 竜理力もわたし達に宿ったわけだし」
「竜さんと同じ……? わたし、クリスの事食べてないけどね」
「ふふっ。食べてくれていいけどね?」
イングリスの知識や経験、時間、そして霊素――
何でも吸収して、食べてくれていい。
それが役に立つのなら結構な事だし、嬉しく思う。
可愛い孫娘のように大切なラフィニアには、出来る事は何でもしてあげたいではないか。それが親心、ならぬ祖父心である。
ドドドドドドドドドドド……ッ!
とその時、遠くから響く水の音がした。
それはあっという間に近づいて来て、大穴の底に流れ込んで来る。
圧倒的な水量が、イングリス達の足元を浸して行く。
「あ……! 今ので傾いて、避難路の先が海の中に入っちゃったんだわ!」
「早くレオーネを!」
リーゼロッテがレオーネのほうに飛び、引き上げようとする。
まだティファニエの鎧を身に纏ったままだが、抵抗をする様子もない。
「クリス! このままじゃグレイフリールの石棺も沈んじゃう! エリスさん達が!」
「うん、引き上げないと!」
持ち上げて、まだ無事な上の方に移動させなければ。
「いい事を聞いちゃったぞおぉぉぉぉぉぉッ! ならばあぁぁぁぁぁぁぁッ!」
無貌の巨人に埋もれてるマクウェルが、叫び声を上げる。
「これは避けられまいいぃぃぃィィィィィッ!」
無貌の巨人は、黄金の斧槍の穂先をグレイフリールの石棺に向けて突き出した。
イングリスがグレイフリールの石棺を守ろうとするならば、避けられないと見越した動きだ。
それが分かっていても、ここは守りに入らざるを得ない。
「はああぁぁっ!」
巨大な穂先を見切って手を出し、組み止める。
「元々そんなつもりはありませんっ!」
「ふぬうぅぅぅぅっ! 馬鹿力がああああぁぁぁぁっ!」
「クリス!」
「大丈夫だよ! ラニもリーゼロッテと一緒に!」
「う、うん!」
リーゼロッテの方に走って行くラフィニア。
そのラフィニアの体が押し退けられるのと、イングリスの足元の岩肌が崩れるのは同時だった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!