第444話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》53
「ぜ、全然通じないっ!」
「こ、これが天恵武姫の武器化ですのね……」
「ラフィニア! リーゼロッテ! 大丈夫っ!?」
レオーネが心配そうな顔でこちらを見る。
『ふふふっ。特級印を頂くには足るけれど、未熟なのもまた事実……あなたの体と命、有意義に使わせて貰いますね?』
鎧からティファニエの声が響き、ラフィニア達の耳にも入る。
「そんな事!」
「させませんわ!」
ふらつきながら立ち上がるラフィニアとリーゼロッテ。
だがレオーネはそれに構わず、避難路を遡るように、ヴィルマがいる避難施設の方に駆け出してしまう。
もうこちらに構わず、ヴィルマを押さえにかかるつもりだ。
その動きは普段のレオーネよりも、そして先程まで戦っていたティファニエの、縦横無尽に動き回る高速移動よりも更に速い。
「は、速い! あんなの追いつけない!」
「お、追いますわ! 掴まって!」
リーゼロッテに運んでもらい、ラフィニア達もレオーネの背中を追う。
「ラフィニアさん、今のうちに矢を……! 力を溜めておいてください!」
リーゼロッテはラフィニアの両手が空くように、脇を抱えてくれる。
「う、うん……!」
だが、いくら力を溜めたとしても、今のレオーネに通じるとはとても思えない。
そもそも、ティファニエが単体の時ですら、僅かに姿勢を崩す事が出来た程度だ。
それが強制的とはいえ、特級印を持つ使い手と、天恵武姫が一つになった状態では――
今のラフィニアでは、レオーネは止められないかも知れない。
やはり特級印と上級印には明確な壁がある。
リーゼロッテもそれをするかは別として、天恵武姫化への最上級の適性という進歩の余地を残している。
自分には何があるのだろう?
セオドア特使に治癒の奇蹟を持つ光の雨を授かって以来、特に進歩がないように感じる。
もちろんラフィニアなりに一生懸命やって来たし、サボっていたわけではないのだが、それでも――
「……っ!?」
はっと気が付いて、ラフィニアは強く首を振る。
今はそんな事を考えている場合ではない。
自分に出来る限りの事をするのだ。
先程レオーネがティファニエに黒い鉄の竜で攻撃した時は、機転を利かせて有効に手助けする事も出来た。
と、レオーネの姿がラフィニア達の視界から消えた。
避難路は先程無貌の巨人が開けた大穴に繋がっている。
そちらに出て行ってしまったのだ。
少し遅れて、ラフィニアを抱えるリーゼロッテも大穴に飛び出す。
「待て! 止めろおおぉぉぉぉっ!」
ヴィルマの大きな声が耳に入る。
「に、逃げて下さい! お願いっ!」
レオーネの悲鳴に近い声も。
見ると、避難施設の前から大穴に飛び出した機竜の一体に、黒い大剣の魔印武具を振り下ろそうとしていた。
「い、いけませんわ!」
あそこで機竜が斬り倒されたら、抱えている避難民ごと大穴の底に墜落してしまう。
そうすれば当然無事では済まない。
そして機竜の腕のところには、マイスがラフィニアのほうを見ているのが見えた。
ダメだ。このままでは――!
止めてあげないと、マイス達の命が失われるだけではなくなる。
いくらティファニエに体を操られ、自分の意思でなかったとしても、そんな事が起きてしまったら、レオーネは自分を責めるだろう。
きっと心に、一生消えない傷を負う。
騎士アカデミーの休暇中のアールメンの街で、不死者に襲われていた時は、自分を訪ねて来た住民達を、襲われたとはいえ手にかけてしまったと泣いていたのだ。
騎士アカデミーに入学する前は、兄のレオンが聖騎士を捨て血鉄鎖旅団に入った事で、裏切者の一族だと散々嫌がらせを受けて来たのに――
ラフィニアには分からないような苦労を沢山して来ているのに、いや、だからこそかも知れないが、レオーネは優しいのだ。
そんな優しい大事な友達に、これ以上辛い思いはさせない、させたくない。
今間に合うのは、矢を準備していた自分しかいない。
何としてでも……! 絶対に止めたい――!
「駄目えええぇぇぇっ! レオーネ!」
極限まで研ぎ澄まされた集中力は、ラフィニアの手に異様な感触を生んでいた。
自分の体の内から、よく分からない力が湧いてくるような。
それが強く、大丈夫だと、とても強く自分を後押ししてくれるような。
これまで感じた事が無い感覚はやはり、見た目にも明確な違いとなって現れる。
バシュウウウウゥゥゥンッ!
ラフィニアの放った光の矢は、まるでイングリスが放つ霊素弾のような、青く力強い輝きを発していたのだった。
「えっ……何!?」
自分でも分からないが、それはラフィニアの知らない程の高速でティファニエに憑依されるレオーネに迫って行く。
そして、機竜を斬り伏せる寸前で直撃をすると――
「きゃああああああぁぁぁぁぁっ!?」
『あああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?』
有無を言わさない程の強烈さで、激しく黄金の鎧とレオーネを弾き飛ばし、大穴の底のほうに叩きつけた。
「す、すごいですわ、ラフィニアさん! 先程までとはまるで違います! こ、こんな事ができましたのね、驚きましたわ!」
「え? えーと……?」
まるで違うのはリーゼロッテに同意するのだが、こんなことが出来るとはラフィニアも知らなかった。
一体何なのか、本当に自分がやったのか、よく分からない。
「よくやってくれた! 今のは、取り返しのつかない事になる所だった!」
ヴィルマも顔を輝かせて、ラフィニアを称賛する。
「ラフィニアさん! ありがとう!」
機竜の抱える救命艇に乗るマイスがそう言うと――
「「「ありがとう!」」」
「「「助かりました! 凄いお嬢さんだ……!」」」
他の天上人の避難民達も、マイスに続いてラフィニアにお礼を言う。
「あ~。あはははは……ど、どういたしまして――」
自分でも実感のない力なので、そんなに言われても何となく恥ずかしいが。
それはそうと、レオーネだ。
今のでどうなっただろう。ティファニエにだけうまく打撃を与えられていればいいが。
「リーゼロッテ、下に! レオーネを!」
「ええ、分かりましたわ!」
ラフィニアが促すとリーゼロッテが頷く。
「ヴィルマさん! 今のうちに避難を……!」
「ああ分かった! 機竜全機、避難路から脱出するぞ!」
ヴィルマが機竜の一体に飛び乗り、そう指示を出した直後――
ラフィニア達の頭上、イングリスが蓋をした巨大な氷塊の向こう側に、真っ赤に膨れ上がる輝きが発生する。
「「!?」」
ドガアアアアアアアァァァァァァァァァァァンッ!
爆音が耳に入った時には、氷塊が粉々に砕けて、大穴の中に降り注いでいた。
氷の欠片だけでなく、吹き飛んだ地表の瓦礫も、雨霰のように飛び込んで来る。
イングリスが残っている地表で、巨大な爆発が起きたのだ。
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