第443話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》52
初撃の黒鉄竜はティファニエの肩口に喰らいついた。
ティファニエの黄金の鎧が軋む金属の音が響く。
一撃で鎧を食い破る程ではなかったが、ティファニエの体を引き摺り倒し、強烈に床に叩き伏せた。
「ああぁぁっ……!?」
だがその悲鳴も――
グォォアアアアアアアアアアァァァッ!
続く黒鉄竜達が一斉に上げる咆哮でかき消され、聞こえなくなる。
同時にティファニエの姿も、殺到する黒鉄竜に囲まれて見えなくなった。
黒鉄竜の威力の余波が地面を削り、大きな穴を穿って行くのだけが見える。
「あれなら絶対効いてる! 凄いわ、レオーネ!」
「え、ええ……! こんなに威力が上がるのね……」
レオーネ自身も驚くほどだ。
これまでの幻影竜や黒い大剣の斬撃とは比べ物にならない。
明確に一段上の力――
特級印に見合う、相応しい力だという手応えがあった。
それは単純に、嬉しい事だ。
成長できた実感がある。特級印を与えて貰ってよかった。
大切な友達であるラフィニアや、今奥にいるリーゼロッテやヴィルマやマイス達天上人の住民、皆を守れる力になれたと思う。
そう思っているうちに、ティファニエに殺到していた黒鉄竜達が囲みを解き、元の黒い大剣の魔印武具に戻って行く。
その後に残されるのは、黒鉄竜達の総攻撃を受けたティファニエだ。
地面に倒れた状態で、全く動かない。
一呼吸、二呼吸――
すぐに動けるように慎重に様子を窺うが、ティファニエが立ち上がる様子はない。
「「……」」
レオーネとラフィニアは、頷き合うと、ティファニエの方に歩いて近づいて行く。
すると、段々詳しく様子が分かって来る。
鎧はあちこち傷ついているように見えるが、決定的に破壊されているわけではなさそうだ。
だが鎧の隙間の、ティファニエの身体が見えている部分――
頬や腕や脚の隙間からは、あちこちに傷を負い、血が滲んでいるのが見える。
決して浅くはない傷だ。
そしてピクリとも動かない。
「……か、完全に……?」
不安になって、ラフィニアはティファニエの息を確かめようとすぐ側まで近づく。
敵として戦った結果であるし、ティファニエは決して善人ではなく、カーラリアの北の国アルカードでは、リックレアの街の周辺を散々荒らしたむしろ悪人なのだが――
それでも何故か、ラフィニアはそうしていた。
ラフィニアが側にしゃがみ込んでも、ティファニエは反応を見せない。
鎧に包まれた形の良い豊かな胸に、耳をつけてみる。
天恵武姫は通常の人間より遥かに強靭で、耐久力のある肉体である。
通常の人間と同じような確認の仕方が合っているかは分からないし、そもそも鎧に阻まれて鼓動が聞けるか分からないが――
「うーん?」
「ラフィニア、どう?」
レオーネもティファニエを挟むように、側にやって来る。
「よく分かんない。意識は無いみたいだけど」
「いいえ、違いますね――!」
ティファニエが急に目を見開き、そう答えてきた。
「!? 死んだふりっ!?」
「きゃっ……!」
レオーネが声をあげたのは、ティファニエの手に足首を強く掴まれたからだ。
「認めましょう、特級印を頂くに足ると……だからッ!」
「レオーネ!」
「遅いっ!」
ティファニエの声と共に、爆発的に光が広がっていく。
それはティファニエとレオーネを包んで、姿を覆い隠してしまう。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
何度か、ラフィニアも見た事のある輝きだ。
「天恵武姫の武器化っ!?」
目を開けていられない程の輝きが収まると――
ラフィニアの目の前には、黄金に輝く鎧に身を包まれたレオーネがいた。
「レオーネ! す、すごい……!」
神々しい姿だ。武器化してレオーネと一つになる事で、先程までの鎧の傷は完全に跡形も無くなってしまったようだ。
力強く輝いて、それでいてしなやかで美しい。
思わず見惚れてしまいそうになるが、これは見惚れていい姿ではない。
その事はもう、ラフィニアには分かっている。
「レオーネ! でもダメよ! 早く元に戻して! 天恵武姫は……!」
使用者の命を削り取り、奪ってしまう。
ラフィニアはレオーネの肩を掴んで、強く揺さぶった。
「ち、違うの……! 私の意思じゃない! も、元に戻せないの!」
レオーネは蒼ざめた顔をして、強く首を振って見せる。
「えぇっ!?」
以前、アルカードでティファニエとイングリスが戦った時と同じかも知れない。
ティファニエはレオーネの意思に関わらず、無理やりレオーネに装着したのだ。
そして天恵武姫の代償で、命を削り取る――
これは明確な殺意を込めた、ティファニエの切り札とも言える攻撃なのだ。
「わ、分かったわ! 落ち着いて! あたしが脱がせてあげるから!」
ラフィニアは黄金の鎧に手を掛け、レオーネから脱がそうと力を込める。
「くっ……うううぅぅぅ!」
全力で力を込めるのだが、鎧の金具は揺らがない。
まるでティファニエが強い意志で拒否しているかのようだ。
――苦戦するラフィニアの側に、飛来する影がある。
「戻りましたわ! これは一体どうしましたの!?」
リーゼロッテだ。いい所に戻って来てくれた。
「リーゼロッテ! ごめん手伝って! ティファニエがレオーネに無理やり装着してるの! このままじゃレオーネが! 早く脱がせてあげないと!」
「ええぇぇっ!? わ、分かりましたわ! 急ぎましょう!」
リーゼロッテも協力して、鎧の留め具に手を掛けるのだが――
「外れないっ!」
「ここに柄を差し込んで、梃子のようにすれば……!」
リーゼロッテが鎧の隙間に、自らの斧槍の魔印武具の石突を差し込もうとする。
しかし、その動きは阻まれてしまう。
レオーネが拳を振りかざし、リーゼロッテを殴りつけたからだ。
「あうぅっ!? れ、レオーネ!? 何をなさいますの!?」
「ち、違うの! 体が勝手に!」
「! これもティファニエがやらせてるって事ね!」
本当に卑劣なやり方だ。
やはりラフィニアはティファニエの事は好きになれない。
先程は少し心配して損をしたと思う。
「だけど、私が未熟だからだわ……! だから天恵武姫を操り切れなくて……!」
悲しそうな顔をしながら、しかしレオーネは黒い大剣の魔印武具を振り翳し、ラフィニアに斬り付けて来る。
「レオーネ!」
ラフィニアとしても、一度距離を取って攻撃を回避せざるを得ない。
今のはレオーネがかなりティファニエを抑えてくれたのか、鋭い攻撃ではなかったが。
「に、逃げて、二人とも! あ、危ないから!」
「だ、ダメよそんな、レオーネを放っておくなんてできるわけないわよ!」
「その通りですわ!」
「な、なら攻撃して止めて! このままじゃ、何をするか……!」
ラフィニアとリーゼロッテは、顔を見合わせて頷き合う。
「わ、分かったわ!」
「少々痛くても、我慢して下さいませ!」
ラフィニアは光の弓を強く引き絞り、リーゼロッテは竜の咢の形の斧槍の先端を、レオーネへと向ける。
「「ええぇぇぇいっ!」」
光の矢と竜理力の吹雪。
それが混ざり合って、黄金の鎧を纏ったレオーネへと向かう。
手加減などしていない。全力で撃った攻撃だが――
ティファニエに体を操られたレオーネが軽く腕を一振りしただけで、光の矢も吹雪も弾き返されてしまう。
「「っ!? ああぁぁぁぁっ!」」
そしてそれに巻き込まれ、ラフィニアもリーゼロッテも壁まで吹き飛ばされて叩きつけられてしまう。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!