第441話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》50
「いっけええぇぇぇぇぇっ!」
「あああぁぁぁっ!?」
ティファニエの身は仰け反りながら、黒い大剣の切先に運ばれてあっという間に遠ざかって行く。
装甲を貫く事は出来ていないが、少なくともかなりの距離を押し下げる事は出来た。
それでいい。必ずしもティファニエを倒す事が目的ではなく、二人でここを守れればいいのだから。
「やれる……! やれるわ! このまま押し返して……!」
レオーネは自分の足も動かして前へ駆けて行く。
奇蹟も無限に刀身を伸ばしてくれるわけではない。
自分の足も使って、可能な限りティファニエを遠ざけるのだ。
「調子に……っ!」
しかし急に前に進まなくなる。
強い手応えと共に、レオーネの前進はガクンと止まる。
圧されていたティファニエが体勢を立て直し、刀身の先を体で抱え込むようにして、組み止めたのだ。
長く伸びた黒い大剣の刀身から伝わる手応えは、尋常なものではなかった。
「くぅ……っ!? な、何て力……!?」
虫も殺さないような、清楚で華奢な見た目なのに――
「調子に乗らないで貰えるかしらッ!」
逆にレオーネのほうの体が持ち上げられ、浮いてしまう。
「きゃああぁぁっ!?」
そのまま横振りにされ、避難路の壁に叩きつけられそうになる。
手を放せば逃れられるが、奇蹟の効果が消えた魔印武具がティファニエの側に落ちるかも知れない。
それをあちらに拾われれば、レオーネは戦う武器を失ってしまう。
それではティファニエは止められない。
どうするか一瞬、逡巡してしまう。
「やらせないっ!」
その間に、ラフィニアが動いていた。
強く、長いあいだ引き絞った光の雨には、太く大きな一本の光の矢が番えられている。
普段は大量の光の矢を一斉に放つことが多いラフィニアだが、それらを一つに束ね、時間を掛けて数倍化して放つ事も可能だ。
そうして放たれた極太の光の矢が、ティファニエに突っ込み体を撃った。
こちらもティファニエの鎧を貫通する程の威力は無いが、姿勢を崩し後ろに吹き飛ばす事が出来た。
「くうぅぅぅっ……! 生意気ね!」
光の矢に弾き飛ばされたティファニエは即座に跳ね起きるが、レオーネの黒い大剣の切先は手放している。
壁に叩きつけられそうだったレオーネの体は止まり、事無きを得ていた。
「ラフィニア! ありがとう!」
「ううん、レオーネが引きつけてくれたおかげよ! 凄いわね!」
「え、ええ……! 何とかやれそうよ! このまま、押し返しましょう!」
「うん!」
今度はこちらから、ティファニエとの間を詰めて行く。
「特級印は見せかけではない……という事かしら? 舐めていては、逆に時間も手間もかかるわね――」
「だから言ったでしょ!? 舐めたら痛い目見るって!」
「そのようね!」
ティファニエが地を蹴り、大きく上に飛び上がる。
その跳躍力は尋常ではなく、一気に避難路の天井付近にまで接近する。
「「……!」」
「はぁっ!」
ティファニエは空中でくるんと姿勢を変えると、天井を蹴って別方向へと跳んで行く。
ラフィニア達から見て、右。
最初の跳躍から天井を蹴る勢いを足して、さらに加速している。
そして右側の壁を蹴り、左側へ。
左側からまた上、下――右へ左へ――
「……っ!」
「はやい……っ!?」
縦横無尽に動き回るティファニエの姿に、次第に目が追い付かなくなってしまう。
戦う場所もティファニエにとって有利だったかもしれない。
この避難路の中では、天井と左右の壁がティファニエにとって絶好の足場となっている。複雑で立体的な動きを可能としているのだ。
「う、動きが追えない……っ!」
目まぐるしく視線を動かしているラフィニアが、悲鳴を上げる。
「な、何とか……っ!」
レオーネには高速で動くティファニエの姿が歪んで見えるが、何とか着地の瞬間だけは捉えられるかも知れない。
これ以上加速されれば、レオーネも追い付けなくなる。
ならば今のうちに、せめて止めるか減速させる必要がある。
「やあああぁぁっ!」
レオーネの黒い大剣は、ティファニエの着地の瞬間に肩口を狙って繰り出したはずだった。
だが、そのティファニエの姿が歪んで消える。
刃は彼女を素通りして地面を叩いてしまう。
「消えた……っ!?」
全く捉えられなかった、という事だ。
残像が見えてしまう程に、ティファニエの動きが速いのだ。
攻撃を空振りしたという事は、直後に攻撃が来る。
レオーネは反射的に地面を叩いた刀身を伸ばし、身を後ろに運ぶ回避動作を取る。
「それでは馬鹿の一つ覚えよ? 単純ね」
囁くようなその声は、レオーネの耳元から聞こえた。
後ろに回り込んで来たティファニエが、レオーネに耳打ちしたのだ。
――完全に動きを読まれている!
「ッ!?」
直後、レオーネの視界がぐるんと一回転する。
レオーネの腕を搦め取ったティファニエは、そのまま抱え上げて投げ、床に叩き付けたのだ。
背中に強烈な衝撃。息が詰まり、胸が苦しい。
「か……は……ッ!」
そして、見上げる視界に映るティファニエが妖艶な笑みを浮かべていた。
「ふふ……」
ティファニエの片足が上がり、黄金の具足の足の裏の部分が見える。
そしてそれが、地面に寝転がったレオーネの右腕に落ちて来た。
骨が軋む、いや折れる感覚がハッキリと分かった。
焼けるような鋭い痛みが、レオーネの身を突き抜けて行く。
「あああぁぁぁぁぁっ!?」
思わず悲鳴が口を突いて出る。
「いいわね、可愛い声だわ」
ティファニエは満足そうな微笑みを浮かべる。
「特級印を頂くには、まだまだ未熟ね?」
「うぅぅ……」
悔しいがティファニエの言う通りであるとレオーネ自身も思う。
少しは対抗できるかと思ったが、ティファニエが本気で戦い始めるとまるで及ばない。
レオンやラファエルなら、こんな情けない姿は晒さないだろう。
「レオーネ!」
ラフィニアが助けに入る前に、ティファニエは再び地を蹴り、高速で動き回り始める。
「っ!? また――!」
ティファニエの動きを追い切れないラフィニアの側面から、ティファニエの飛び蹴りが襲い掛かる。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
まともに蹴りを受けてしまったラフィニアは、壁際に弾き飛ばされて叩きつけられる。
「くっ……まだッ!」
すぐに立ち上がろうとするラフィニアだが、衝撃は大きかったのか、足元はふらついている。
「……どちらかは見逃してあげましょうか? 仲良しこよしが崩壊する所って、見ていて楽しいものね?」
「ふざけないで! 誰が……!」
ラフィニアが光の雨に光の矢を番える。
「なら、嫌いな方から潰してしまおうかしら?」
ティファニエはラフィニアの方を向き、ぐっと拳を握る。
「ふふふ……あなたが死ねば、あの子どんな顔をするかしら? それは面白そうよね?」
「怖いから、見たくないわね。そんな事になったらクリス、何するか分からないし」
「ラフィニア!」
直後、ラフィニアの姿はティファニエの視界から外れる。
レオーネが横からラフィニアを抱えて行ったからだ。
黒い大剣の刀身を伸ばしてラフィニアの元に移動し、更にティファニエから遠ざかるように。折れた右手で何とか刀身を操って移動して行く。
「レオーネ……!」
「いったん、距離を!」
「うん! なら今のうちに治癒を!」
ラフィニアはレオーネの右手に手を触れ、治癒の奇蹟を発動する。
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