第440話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》49
「身の程知らずね。あの子のおまけに過ぎないあなた達が」
ティファニエは見下すような冷たい微笑を浮かべる。
「あなた達ごときで、私を止められるとでも……」
だが、レオーネの右手に視線が向くと、その余裕の笑みが少し引き締まる。
「特級印? ふうん――」
「そうよ! あんまり舐めてると、痛い目見るわよ!」
ラフィニアはティファニエにそう言い返す。
「ら、ラフィニア……ちょっと……」
レオーネはティファニエを挑発し返すラフィニアを制止する。
特級印を持つ聖騎士と、人の姿の天恵武姫の戦闘力は、概ね互角だと聞いた事がある。
なら自分に天恵武姫であるティファニエと互角に戦えるのかと言うと、今のレオーネにはまだそこまでの自信は無い。
レオンやラファエルに追いついたとは思えない。
同じ特級印を持つ者だとしても、その実力にはそれぞれ差がある。
特級印を持つからといって、いきなりレオンやラファエルを期待されても困る。
「いいのよ……! あいつと口喧嘩するだけでも、それで時間が稼げるんだから……レオーネも何か言ってやって……!」
そう耳打ちされる。意外とラフィニアは冷静なようだった。
挑発も計算のようである。
「な、なるほど……そうね」
「でも、期待はしてるよ? 羨ましいなって思うし、特級印――」
ラフィニアは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「!」
そうだ。
特級印を持つ聖騎士と天恵武姫との関係は、決して輝かしいばかりのものではないけれど――
それでも、騎士を目指す者が皆憧れる目標だ。
レオーネもそうだったし、イングリスは例外だとしても、ラフィニアもリーゼロッテもそれは同じなのだ。
自分はそれを与えられたのだから、いずれラフィニアやリーゼロッテもそうなる時まで、恥ずかしい姿は見せられない。
特級印に相応しい自分であるように、務め続ける姿勢を忘れてはならない。
自信が無いと怯んでいる場合ではないのだ。
「ええ、分かったわ、ラフィニア!」
レオーネはそう言って、一歩前に進み出る。
「イングリスには及ばないけど、私達だって成長するんです! あなたの思い通りには、させません!」
「そうよそうよ! そっちは相変わらず性格悪くて、何の成長も無さそうだけど!」
「ふふ……あなたも変わったわね?」
「?」
首を捻るラフィニア。
ティファニエはレオーネをまず指差す。
「おまけの……」
そして、次にラフィニアを指差す。
「おまけに落ちぶれたという事よね? 可哀想に」
「そ、そんな事ないもん! そう思うなら試してみなさいよ!」
「そうさせて頂こうかしら? あまり遊んでもいられませんし、ね!」
言ってティファニエは地を蹴り、ラフィニアとレオーネ目がけて突進してくる。
まだ甘く見ているのか、それとも焦っているからか、直線的な突進だ。
「! ラフィニア! 一緒に……!」
「うん! 光の雨ッ!」
レオーネの黒い大剣の刀身から、幻影竜が発せられる。
ラフィニアの光の雨からは、糸を引くように拡散する無数の光の矢。
それらが一斉に、突進してくるティファニエを襲う。
しかしティファニエは、一切の動揺を見せない。
顔の前で軽く腕を交差する防御姿勢を作ったものの、速度は落とさず突進してくる。
幻影竜と光の矢はまともに直撃するが、彼女の纏う黄金の鎧がそれらを悉く弾き返してしまうのだ。
「そんなものでは、無駄撃ちね!」
あっさりとこちらの放った攻撃を突破し、肉薄してくる。
「! 効かない!?」
「もっと強く撃たなきゃ!」
ティファニエは見ての通り、鎧の天恵武姫である。
この防御力の高さこそが、最大の武器であり脅威なのだ。
「ラフィニア! 後ろから、力を溜めて撃って! 私が食い止めるから!」
「うん……! 分かった!」
レオーネは前に、ラフィニアは後ろに。
横並びだった状態を、前後に変更する。
「やあああぁぁっ!」
レオーネは目の前にまで迫って来たティファニエに、黒い大剣の斬撃を繰り出す。
特に刀身の拡大や伸長は行わない。通常の大剣の大きさの攻撃だ。
奇蹟の効果で遠い間合いから攻撃する事は出来るが、避けられた時の隙も大きい。
今は自分の前を突破させない事が一番だ。
「大振りね……!」
しかしレオーネの縦振りの攻撃を、ティファニエは姿勢を低く、身を翻しながら回避する。
ドガッ!
空振りした黒い大剣は地面を撃ち、剣先が床に喰い込み、小さなひび割れを残す。
「隙だらけだわ!」
流れるようにレオーネの間合いに踏み込み、脇腹目がけて拳が繰り出される。
「レオーネ!」
「……っ!」
やはり天恵武姫。動きが速い――!
だが、全く見えていないわけではない。
戦闘訓練で相手をしてくれるアルルと同じくらいだろうか。
少なくとも、自分が何をされようとしているかは分かる。見える。
だから――
ティファニエの拳が直撃する寸前、レオーネの体がスッと後ろに下がる。
剣を振り下ろした、隙だらけの姿勢のまま。
まるで床が動いたような、そんな奇妙な様子にティファニエの目には映る。
「え……っ!?」
だが目標の位置がずれてしまった以上、ティファニエの拳は空振りせざるを得ない。
「うまい……っ!」
ラフィニアが声を上げている。
離れた位置で見ていると、ティファニエの攻撃の寸前で、レオーネの黒い大剣の魔印武具の刀身が伸び、レオーネの体を後ろに運ぶのが見えたのだ。
レオーネが初撃を奇蹟の効果を使わずに放ったのは、このためだ。
わざと攻撃を外し、隙を晒す事でティファニエの攻撃を誘い、それを奇蹟の力で避ける。
そうする事によって、逆にティファニエの隙を誘うのだ。
(よし! できるわ……!)
レオーネは内心で強く頷く。ここに来てから、夜な夜な練習していた甲斐があった。
ちょっとした奇蹟の応用だけに見えるかも知れないが、この使い方は特級印を得る前の自分には出来なかったものだ。
よく見ると、地面に叩きつけられた黒い大剣の切先は、足元に食い込む鍬のように曲がって変形しており、しっかりと重量を支えるように仕込まれている。
これまでのレオーネの奇蹟では、刀身は拡大縮小ができるのみで、形自体を変形させる事は出来なかった。
それが僅かながら、出来るようになった。その僅かが、この動作に効いてくるのだ。
元々奇蹟自体にはその機能があったが、レオーネの上級印の魔印との兼ね合いで、伸び縮みしかできなかったのだろう。
それが特級印になる事により、奇蹟の全ての性能が発揮できるようになった。特級印は全ての魔印武具を扱える万能の存在だから。
更に、刀身を伸ばす速度、精度の問題もある。
これまでのレオーネであれば、ティファニエの速度に対抗する程の勢いで刃を伸ばせば、もっと長く伸びてしまっていた。
基本的に、奇蹟による刀身の変化は、遠く、大きく伸ばそうとするほど速く、近く、小さく伸ばそうとするほど遅い。
総合的には、どんな変化でもほぼ同じ時間がかかる、という感じになる。
今までと同じなら、回避出来たにせよ、もっと間合いが開いていたはずだ。
だが今は、大きく攻撃を空振りしたティファニエは、レオーネの目の前を素通りして行く。紙一重。短く、速く、奇蹟を制御できた証だ。
そして、それをすることにより――
「くっ……!」
足を止めて振り返ろうとするティファニエの、その動きの隙を突く『間』がレオーネに与えられる。
「そこぉっ!」
力一杯突き出した黒い大剣の切先は、ティファニエを逃がさずに捉えていた。
脇腹の部分に当たり、鎧の装甲とぶつかる硬い感触が手に伝わる。
その瞬間、レオーネは全力、全速で奇蹟を発動させる。
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