第44話 15歳のイングリス・天上人が支配する街15
氷柱に黒仮面が触れた個所から、青白い煙のような光が少しずつ立ち上る。
それは空中に消え、霧散して行くが――
その光は――
「霊素……!」
自分以外に霊素を操る人間を初めて見た。
ではこの男も神騎士なのか?
神騎士を生むには神の祝福が必要だが――?
では未だに、この世界のどこかには神が存在しているのか?
これは前から感じていたことなのだが、転生したこの世界には神の気配が無いのだ。
イングリスを神騎士とし、第二の人生を与えてくれた女神アリスティアは勿論、その他の神々も――だ。
神騎士は半神半人。意識を研ぎ澄ませば、暖かく世界を見守る神々の気配を感じられたものなのだが――今はそれが無い。
世界と人は独り立ちを許されたのか、はたまた見捨てられたのか――
それは分からないが、神騎士が他にいる以上、自分の分からない所に何かがある――その事は確かのようだ。
しかもこの波動、使い方は――イングリスにすら、よく分からない霊素の流れだ。それだけ複雑な技巧を伴った霊素の制御法なのだ。
「霊素の構成比率を変えず、数だけを減らすように分解して行く――そうすれば、姿形を保ったまま……」
黒仮面の台詞と共に、立ち上る青白い霊素の煙の量が爆発的に増した。
そして、氷漬けのセイリーンに変化が起こる。
黒仮面の言う通り、姿形を保ったままで氷柱ごとグングンと小さくなって行く。
「わ! わ! ちっちゃくなってく!」
「……! 凄い――!」
自分にはとても出来そうにない霊素の制御法だ。
自らの持つ霊素を操作するのではなく、魔石獣の身体やそれを覆う氷など、既にある物体を霊素に還元したのだ。
それも一切合切というわけではなく、元の姿形を傷つけず残したままの繊細な操作だ。生き物の複雑な霊素の構成を完璧に読み解かないと出来ないのだ。
やがて、黒仮面の足元には片手で掴める程度の氷の塊と、その中に納まる魔石獣化したセイリーンの姿があった。
黒仮面はそれを掴み上げると、イングリスの方にやって来て、手渡してくれた。
「これで運びやすくなったはずだ。肉体を構成していた霊素は霧散してしまったゆえ、元の大きさに戻すのは至難の業だがな。逆に言えば、元の大きさに戻って暴れ出すという事は絶対にない」
「……お礼は言えませんが、正直言って驚きました。そんな霊素の使い方が出来るなんて――」
「霊素の動きが止まった、完全なる静態でないと難しい。君が氷漬けにしてくれたおかげだ」
「……悔しいですね。今のわたしには出来そうもありません――」
「力の質の違いだな。君は力に優れ私は技に優れている。君ほどの馬力は私にはないよ」
「わたしは力も技も、全てを極めたいんです……!」
「フフッ。豪気な事だ――では行くがいい。まさかゲリラなどとの約束は守れぬと言い出しはせんのだろう?」
「……ですが、この城や街の人達を――」
「安心しろ傷つけはしない。必ず守る。我等が敵は天上領のみ」
「分かりました」
「ではな――また会おう」
「敵としてなら、喜んで」
と、イングリスは黒仮面に鋭い視線を向ける。
「天使のような見た目をして、怖ろしい娘だな……」
流石の黒仮面も、少々戸惑っているようにも見えた。
「ラニ。行こう? はやくセイリーン様の氷も溶かしてあげないとね」
「うん――! じゃ、じゃあ……!」
ラフィニアは黒仮面たちに軽くだけ一礼し、イングリスの後を付いて来る。
そもそも虹の粉薬をセイリーンに飲ませるように手引きしたのはあちらなので、礼をする筋合いでも無いのだが――
それだけラフィニアは、変わり果ててはしまったが、セイリーンを殺さずに済み安堵していたのだろう。
◆◇◆
それから――
ノーヴァの街を離れたイングリス達は、そのまま王都方面に向けて旅を続けた。
そして、氷漬けの虹の王の死骸がある、アールメンの街ももう少しという所までやって来た。
ポツ――ポツ――
御者台にいるイングリスの鼻の頭に、雨粒が落ちて来た。
「あ。雨だ」
虹の雨ではない、普通の雨だ。
だがいつ虹の雨に変わるか分からない。
なので、雨が降ったらすぐに雨宿りをする方がいい。
「ほんとだ! 雨宿りしよ、クリス!」
「うん。あの木の下につけるよ」
イングリスは、大きな木の下に馬車を進めた。
「足止めか……早くアールメンの街に行きたいのに」
「仕方ないわよ。のんびりいきましょ。まだ騎士学校の入学式までは余裕あるし」
ラフィニアがごろんと御者台で寝そべる。
「中に入って、毛布を着た方がいいよ? 風邪ひくから」
そういうイングリスの服の胸元が、もぞもぞと動き出した。
そして胸の谷間からぽんと顔を出して来たのは、魔石獣化したセイリーン――が小さくなった姿だった。
黒仮面の手により小さくなったセイリーンは、あの後氷を解かすとすぐに復活した。
この小ささで可愛らしいが、魔石獣は魔石獣。
話す事は出来ないし、基本的に気性は荒く攻撃的だが、イングリスやラフィニアの事は分かるようで、段々と慣れて来た。
暫く旅を共にするうちに、今では二人のペット的な存在になっているのだ。
二人の間では、リンちゃんと呼ばれている。セイリーンからリンを取った。
で、困ったことにそのリンちゃんが好む居場所が、ここなのである。
ラフィニアの胸はリンちゃんにとっては少々サイズ不足のようで、胸に納まりたいときは必ずこちらにやって来る。
「り、リンちゃん。あんまりもぞもぞしないで。くすぐったいから……」
リンちゃんは小首をかしげるような仕草をした後、再び顔を引っ込めた。
そして――
もぞもぞもぞもぞ!
先程よりももぞもぞし始めた!
「ひゃあっ!? あっ、ダメやめてリンちゃん……! ねぇラニ、リンちゃんを止めて!」
「んー? 代わってあげたいけど、あたしじゃ代わりにならないしねぇ。まま、頑張ってクリス」
「薄情ものっ!」
ラフィニアはその様子に目を細めていたが、暫くしてリンちゃんが大人しくなると、ふとため息を吐いた。
「ラニ。どうしたの?」
「ねえクリス。リンちゃんってさ、セイリーン様の時凄くいい人だったじゃない?」
「そうだね」
「でも天上領の偉い人達は、あの街ごと空に持っていこうとしてたんだよね?」
「うん。セイリーン様はそれを止めたがっていたけど」
「でさ、血鉄鎖旅団の連中も街を守るためとか言ってたじゃない?」
「そうだね『浮遊魔法陣』を壊すって言ってたし……」
「結局何が正しくて何が間違ってるのか、よく分からないなぁって。何かもやもやするっていうか……」
「ラニ、青春してるね?」
「いや、青春って言うのこれ? 違うような気が――クリスは悩まないの?」
「うん。考えてないから。自分が強くなることだけ考えてたら、悩まずに済むよ? ラニもそうする?」
「あははは……クリスらしいわね。あたしは遠慮しとく――」
「いっぱい悩めばいい。わたしはずっとラニの味方だよ」
イングリスは寝転んでいるラフィニアの黒髪を、そっと撫でた。
「うん――ありがと」
そんな風に雨宿りの時間は過ぎて――イングリス達はアールメンの街に到着した。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
『面白かったor面白そう』
『応援してやろう』
『イングリスちゃん!』
などと思われた方は、ぜひ積極的にブックマークや下の評価欄(☆が並んでいる所)からの評価をお願い致します。
皆さんに少しずつ取って頂いた手間が、作者にとって、とても大きな励みになります!
ぜひよろしくお願いします!