第439話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》48
「子供達は救命艇に! 大人達は済まないが、機竜の体に直接掴まってくれ!」
ヴィルマが天上人の住民達に、そう呼びかけている。
無貌の巨人が開けた巨大な縦穴は、一般住民達が避難していた地下施設のすぐ側を通っていた。
ヴィルマはそこに機竜達を横付けすると、隔壁を解放し、避難を呼びかけているのだった。
子供達は機竜が二体一組でそれぞれ抱えている大きな篭のような救命艇に乗り込んで行き、大人たちは機竜の体に直接しがみ付いて行く。
この救命艇は機竜が内蔵していたものらしく、ここに横付けすると、腰の横あたりから放出していた。
これは機甲鳥のように飛んだり動いたりはできない、要はただの入れ物のようだが、それでもあると無いとでは大違いだ。
「騎士長さま! ここを出て、どこへ向かうのですか!?」
「イルミナスの周辺島か、武公様か法公様に救助して頂く……! とにかく脱出だ! 急いでくれ!」
「は、はい!」
ヴィルマの剣幕に圧されたのか、天上人達は子供達だけでなく、大人たちも素直に指示に従っていた。
皆慌てているが、大きな混乱というわけではない。
ヴィルマの人望が物凄いのか、住民達がとても素直で物分かりがいいのか。
ラフィニアには分からないが、どちらの要素もありそうである。
少なくともカーラリアの王都や、ユミルで同じような状況があったら、もっと混乱しそうな気がする。
ここの天上人達はマイスがそうであったように、気性の優しい温和な人達が多いのだろうか?
魔素流体や地上の事を知らされずに、地上の人々と穏やかな形で共存できていると信じさせられている人達だから。
「ラフィニアさん! レオーネさん! リーゼロッテさん!」
噂をすれば影というやつだろうか。
マイスがラフィニア達を見つけて、側にやって来る。
「マイスくん! 大丈夫だった!?」
「う、うん、平気だよ。ねえ、これはどうなってるの!?」
知的好奇心のとても強いマイスも、さすがに不安そうな顔をしている。
「ええと……」
ヴィルキン第一博士がイルミナスを裏切ったとか、教主連側の敵が攻めて来たとか、魔素流体の事とか、色々な事が頭に浮かんだが、どう言えばマイスを傷つけずに済むのか。
「敵よ! 敵が攻めて来て、イルミナスが危ないの! だから避難しなきゃ!」
簡潔に、そう言う他は無かった。
「ええぇっ!? て、敵!? 虹の雨と魔石獣なの……!?」
マイスの発想としては、敵と言われればそうなるようだ。
「ううん……でも、必ずマイスくん達は守るから、だから安心して避難して!」
「さあ、あっちよマイスくん!」
「お急ぎになって!」
レオーネとリーゼロッテも、マイスを促して背中を押す。
「う、うん! ありがとう、ラフィニアさん達は地上の人達なのに、僕等を助けてくれて……!」
「いいのよ、そんな事! 友達でしょ?」
「うん! じゃあ、行くね……!」
言ってマイスは、機竜達の方に走って行く。
あんな屈託のない優しい子がこんな事に巻き込まれて命を落とすのは、絶対に避けなければ。ラフィニアは強くそう思う。
「ヴィルマさん! 上の穴! クリスが塞いじゃったみたいですけど、どうしますか!? 壊すならあたし達が!」
見上げると大穴の天井を塞ぐように、巨大な氷塊が鎮座している。
先程突然現れたものだ。
明らかにイングリスが出したものである。
「いや、あれが敵の侵入を防いでくれている! いい防壁代わりだ!」
「だけど、それじゃあどこから外に出るんですか? 上から出るしか……!」
「いや!」
ヴィルマの鎧が細い光を放ち、それが大穴の逆端の壁に当たる。
すると壁が大きく開き、奥に続く通路が露になった。
機竜の大きさには少々窮屈かもしれないが、一列に並べば飛んで行く事は可能だ。
「道が開いた!」
「こっちにも繋がっていたのね!」
「これなら通って外に行けるかも知れませんわ!」
「私はここで機竜に皆を乗せる! 済まないが、避難路が使えるかどうか、先を見て来て貰えるか!?」
ヴィルマがラフィニア達にそう呼びかける。
イルミナスの島が崩壊しつつある今、避難路の先が崩落して塞がっていたり、浸水して危険だったりする可能性は高い。
確かにヴィルマの言う通り、安全確認はしておいた方がいい。
「分かりました、ヴィルマさん!」
「二人とも、わたくしに掴まって!」
「ありがとう、リーゼロッテ!」
リーゼロッテの奇蹟の翼で、三人は大穴を挟んだ向こう岸、避難路の先へと侵入して行く。
所々壁に亀裂が走っているようにも見えるが、決定的な崩落ではないように見える。
天井部分から水が漏れ始めているのか、高速で飛んで行くと、頬を水滴が打つ冷たさを感じる。
「まだ大丈夫そう……かな!?」
「油断は出来そうにないけど……ね!」
「! 見えました! 出口ですわね!」
リーゼロッテの言う通り、通路の先に夜空とそこに煌めく星の姿が見えて来た。
出口らしい出口という感じでなく、本来の避難路が途中で崩れ、先が無くなっている様子ではある。
出口のすぐ下を海波が打ちつけているのか、水飛沫が上がっているのが見える。
その先は既にイルミナスの崩壊に巻き込まれて、海中に没してしまったのだろう。
だが残ったこちら側は、逆に言うと本来の距離より短い脱出経路だ。
しかし、もう少しこちらの陸地が沈んでしまえば、一気に海水が通路に雪崩れ込んで来るだろう。今のうちに早く脱出した方がいい。
「まだ大丈夫そう!」
「でも、海面がすぐそこね!」
「戻りましょう、今ならまだ避難できますわ!」
リーゼロッテは反転し、来た道を戻り始めた直後――
ドガアァァァンッ!
近くの壁が爆発したかのように弾け飛び、轟音が響いた。
「っ……!?」
「何!?」
「崩壊が始まりましたの!?」
だが、ラフィニア達の予想は正しくなかった。
壁に開いた大穴の先――そこから人影が現れたのだ。
その人物が、壁を破壊して侵入してきたのだ。
「あら? 見つけたわ。ふふふ……」
そう微笑むのは、黄金の鎧を身に纏った、美しい天恵武姫だ。
シャルロッテやマクウェルはイングリスが足止めしてくれているのだろうが、ティファニエはこちらに向かってしまったらしい。
「あなたは!」
「我儘なお客さんの我儘な娘さんは……住民を逃がそうとしているのね?」
ティファニエは避難路の前後を見渡し、的確にヴィルマ達がいる方を向く。
このままティファニエを進ませるわけには行かない。
ヴィルマが捕らえられてしまえば、マイスや住民達の避難が出来ない。
逆にマイスや住民達が人質に取られれば、ヴィルマも抵抗出来なくなってしまう。
どちらにせよ、ここは自分達が食い止めなければ。
「レオーネ!」
「ラフィニア……! ええ!」
ラフィニアとレオーネは目を合わせて頷き合う。
そして、リーゼロッテから手を放し、ティファニエの前に飛び降りた。
「ラフィニアさん! レオーネ!」
「リーゼロッテは行って! ヴィルマさんに伝えて!」
「ここは私達が食い止めるから!」
「……! わかりましたわ! すぐに戻りますから!」
リーゼロッテはラフィニア達に背を向け、ヴィルマ達の方に戻って行く。
「邪魔はさせないから! ヴィルマさんは連れて行かせない!」
「ええ、ラフィニアの言う通りよ!」
ラフィニアとレオーネは、それぞれの魔印武具を構えてティファニエに向き合う。
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