第437話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》46
「…………っ!」
マクウェルは可愛らしいはずのイングリスの微笑みに、ぞくりと背筋が寒くなるのを感じる。
可愛いのは見た目だけだ、その所業は可愛いなどとはかけ離れている。
あの笑みは、哀れな得物を前にした、獰猛な捕食者の余裕の笑みにしか見えない。
あんな幼女が、いや本人は16歳だと言っていたが、どちらにせよ可愛いだけの小娘にしか見えないそれも無印者が、何故こんな力を持っているのだ。
(何なんだ何なんだ何なんだ何なんだなんなんだあああああああぁぁぁぁっ!? 虹の王を倒した豪傑とは聞いていたが、そんな言葉が生ぬるい化け物だろうがこれはぁぁぁぁぁぁっ! 化け物は教主連が対カーラリアのために送り込んできたあの天恵武姫共だろう!? 聞いてない聞いてない聞いてない聞いてないきいてないぞおおおおおおぉぉぉぉ……っ! たった一人の人間がこんな力を持つなんて、あってはならないあってはならないあってはならないぃぃぃぃぃぃっ! こんなんじゃあ、我が愛するヴェネフィクが! こいつ一人によって滅ぼされても何の不思議もないじゃあないか!)
「そうはさせんぞ!」
ここで自分の命を賭けてでも、潰しておかねばならない相手だ。
マクウェルとしては、そう思わざるを得なかった。
それに、怨み重なるこの者は、自分の手で打ち殺さねばならない。
見た目は本質ではない、あの者の罪は、幾星霜を経ても消えないのだ。
「? どうかなさいましたか?」
きょとんとするイングリスの背後に、何故か朧気に、気品ある老人の姿が見えた気がした。 それに何か、ずっと昔からイングリスの事を恨んでいるような気もした。
このイルミナスに来てから初めて会った相手だが、どういう事なのか。
頭を振ってもう一度イングリスを見ると、もう老人の幻は見えなかった。
(いいや! だが……! 斃すべき相手だという事は変わらない! 仮説の仮説……まだ試しもしていない行為だが!)
愛する祖国のために命を掛けるのが、騎士の道だ。それを全うするまでである。
「そんな顔をしていられるのも、今の内だッ! 見るがいい! バカフォールなどとは違う、真のヴェネフィクの騎士の生き様をおおおぉぉぉぉっ!」
バカフォールとはロシュフォールの事だろうか?
ロシュフォールもマクウェルの事はあまり良く言っていなかったし、二人は仲が悪かったと思われる。
イングリスとしては、ロシュフォールは結構好きだ。
口では皮肉や文句を良く言うが、何だかんだとイングリスの訓練に付き合ってくれる。
逆に、マクウェルの事も嫌いではない。
イングリスを敵視し倒そうとしてくれるなら、それはそれで大歓迎である。
「がんばってください!」
「うるさああぁぁぁぁいっ! だまれえええぇぇぇっ!」
応援したら、血相を変えて怒られた。少々悲しい。
ともあれ駆け出したマクウェルは巨人の足元に駆け寄ると、大きく跳躍、膝を蹴って胸のあたりまで飛び上がり、背中から巨人の胸部にぶつかり――
ずぶり、とマクウェルの体が巨人の胸板に埋まって行った。
「……! 飲み込まれて……!?」
と、同時に巨人の大きな手がシャルロッテ達を包み込む。
カッ――――――――――ッ!
巨人の全身を包み込むような、眩い黄金の光が立ち上る。
この輝きには、イングリスも見覚えがある。
「天恵武姫の武器化の光っ!?」
マクウェルは特級印の持ち主だ。
ロシュフォールと同格の、ヴェネフィク軍の将軍である。
だから天恵武姫を武器化できるのは不思議ではない。
だが、その輝きが大き過ぎる気がする。
巨人全体を包むような膨大な光の柱なのだ。
そして輝きの中、巨人の手に、その体の大きさに見合う超大型の斧槍が顕現して行くのが目に入った。
「おおおぉぉぉ……! 巨人が、天恵武姫を!?」
これは予想外の現象だ。
マクウェルはこんなことが出来るのか。
その力はどんなものになるのだろうか?
天恵武姫を武器化した相手はとして、アルルを武器化したロシュフォールと戦った事があるが、それと同じくらいの手応えは期待できるのだろうか? 楽しみで仕方がない。
そして光が収まった瞬間、巨人は手にした斧槍でイングリスが放った霊素弾を殴りつけていた。
すると霊素弾は方向を変え、イングリスの方へと突き進んで来る。
ズゴオオオオオオオォォォッ!
「いいですね……! それでこそです!」
「ハハハハハハ! 死ね死ね死ね死ねえええぇぇぇぇっ!」
そう高笑いするのは、巨人の胸部に埋まったマクウェルだ。
腕を除く上半身だけが浮き出て、その他は完全に巨人の肉に埋まっている。
ああやって一つになる事により、自分の特級印を巨人の体で使えるという事だろうか。
なんにせよ素晴らしい発想と応用である。
「そうは行きません!」
そんなに簡単に斃されては、手合わせを楽しめないではないか。
イングリスは霊素殻を発動し、目の前に迫って来る霊素弾を殴りつける。
霊素の波長は、反発して弾き合う波長に調整。
そうする事により、弾き飛ばされた霊素弾の方向をもう一度変えることが出来る。
ズゴオオオオオオオォォォッ!
「甘いわあああぁぁぁっ!」
シャルロッテが武器化した斧槍を振り上げ、無貌の巨人は再び霊素弾を打ち返して来る。
「ならば、こちらも!」
我慢比べだ!
ズゴオオォッ! ズゴオオォッ! ズゴオオオオオォッ!
イングリスと無貌の巨人との間を、何度も往復する霊素弾。
ただ殴り返して返されてでは面白くない、一発ごとに踏み込んで、距離を詰めていく。
向こうも同じ考えのようで、どんどん踏み込み距離を縮めて来る。
結果的に、霊素弾が往復する間隔が、どんどん短くなって行く。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォッ!
「はああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「天誅うううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
最終的にイングリスの拳と無貌の巨人の斧槍とが、全く同時に霊素弾を撃った。
前にも後ろにも進めない霊素弾は、上に打ち上がり、大きく弾けて消滅した。
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