第436話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》45
「ふん。通さない、と言いたいのかしら?」
「さすが、ご理解が早くて助かります」
「……まあいいわ、こんな子の言う通りにするのは癪ですものね!」
どうやらイングリスの呼びかけには応じてくれなかったようで、ティファニエはラフィニア達を追って大穴に飛び込もうとする。
「させません!」
ピキイイイイイィィィィィィンッ!
澄んだ音を立て、空中に氷塊が出現する。
大穴の中心あたりに生まれたそれは、一瞬のうちにみるみる拡大していく。
「「「何……っ!?」」」
そして大穴の円周を超える程に巨大化をすると、完全に蓋となりその場に鎮座する。
「ふう……!」
以前、魔石獣化したセイリーンを氷漬けにして封じた時以上の巨大な氷塊。
魔術でこれを生み出すには、霊素から変換した魔素をかなり溜め込む必要があるが、今のイングリスは霊素の戦技と魔素による魔術、それに竜理力は同時並行的に扱うことが出来る。
魔素と竜理力は、それらを複合させた竜魔術にする事も可能だ。
今は、シャルロッテと霊素の戦技である霊素殻を発動して打ち合いながら、魔素を溜め込んで魔術の発動に備えていたのだ。
セイリーンの時は動きを止めて集中する必要があったし、全ての力を使ってしまった。
が、今はまだ余裕がある。
氷の質量はあの時以上だから、明らかにイングリスの力の制御技術も持久力も、両面で増していると言える。
自分の成長を実感できるというのは、いい事だ。
騎士アカデミーに入学するために故郷のユミルを出て以来、行く先々で様々な戦いを経験してきた結果だ。
やはり、実戦に勝る修行は無いのである。
そして、戦いとは無縁の天上領に来たと思いきや、ここでも戦火はやって来る。
恐らく、歴史における転換期が今なのだろう。
そんな時は得てして、巨大な紛争が巻き起こるものだ。
現にイルミナスは、こうして炎に包まれている。
もしかしたら女神アリスティアは、自分の力を極限まで突き詰めたいというイングリスの願いのためには、この時代が最も相応しいとして転生させてくれたのかも知れない。
――ありがたく、そして素晴らしい事ではないか。
「ふふふ……さあ、これで気兼ねなく戦えます。イルミナスが沈むとしても、まだ多少時間はありますよね?」
可愛らしく微笑むイングリスに、マクウェルが忌々しそうに舌打ちする。
「戦闘狂の異常者め! 虹の王との接触で、人格を侵食されたか!?」
それは心外な発言である。イングリスは胸を張って堂々と抗議する。
「失礼な! そんな事はありません、わたしは元々こういう性分です!」
「ならば余計に救い難い!」
「どうでもいいけれど、こんなものを出させるのは食い止めて頂かないと……追いかけるものも追いかけられないんですけれど?」
ティファニエはシャルロッテに向け、笑みを浮かべながら嫌味を言う。
「面目ありません。しかし、あれだけの攻撃を繰り出しながら、こんな巨大な氷塊を生む魔素を溜め込んでいるとは……これは――」
「何であろうと、氷を砕いてしまえばいいッ!」
マクウェルの意思を受け、無貌の巨人は大穴を塞ぐ氷塊に向け、拳を振り上げる。
「それも、させませんっ!」
せっかくお膳立てを整えたのだ。
そう簡単に強敵を逃がしたりはしない。
イングリスは強く地を蹴り、無貌の巨人の拳の軌道に先回りする。
そして小さな握り拳を突き出して、巨大な拳と正面衝突させる。
ドゴオオオオォォォッ!
巨人の拳が、内から爆発したように砕け散る。
元となった魔素流体が細かい水滴のようになって辺りに飛び散った。
イングリスの拳の勢いの余波で、巨人の姿勢は圧されて崩れ、尻餅をつくような形になった。
巨人の拳から氷塊の蓋は守った。
だが――
「追風ッ! 雷槍ッ!」
シャルロッテが拳を繰り出したイングリスの脇腹を突こうと、すぐ真横に迫っていた。
流石、霊素殻を発動したイングリスの動きに付いて来る速さだ。
更に彼女が手にする斧槍の穂先は、バチバチと弾けるような雷に包まれている。
シャルロッテはこれまで、彼女が追風と呼ぶ強烈な風を身に纏った加速に加え、イングリスの使う超重力の魔術に似た技を繰り出して来ていた。
自分を強化しつつ、相手の動きを鈍らせるという強力な合わせ技である。
が、動きを封じる超重力の枷の効果は、霊素殻を発動したイングリスには通じない。
霊素殻自体が強力な防御壁であり、シャルロッテの枷の効果を弾いてしまうのだ。
だから霊素殻を発動したイングリスに対しては、シャルロッテの合わせ技は合わせ技にならない。自分を追風で強化しているだけの状態になる。
――その事をシャルロッテも分かっているのだ。
だから効果の無い技は諦め、斧槍の穂先を雷で包む攻撃力の強化を行っている。
超重力と併用ではなく、別の効果に置き換えた所を見ると、シャルロッテが同時に扱える技は二つという事だろうか。
いずれにせよ正しい見立てであり、適切な対応だ。
やはり、シャルロッテの力量は素晴らしい。
斧槍の穂先も、拳を繰り出し無貌の巨人を弾き飛ばしたイングリスの動きの隙を確実に捉えている。
このままでは、こちらが体勢を立て直す前に、攻撃が当たる。
「捉えたっ……!」
シャルロッテもそう口に出すほどだ。
だが――
「竜理力っ!」
イングリスの小さな背中の後ろから、白く半透明の竜の尾が出現する。
神竜フフェイルベインから譲り受けた竜理力だ。
扱いに習熟して来た今は、もっと強く練り上げれば自分の体の一部を模して具現化する事も可能であり、その方が単純な破壊力も出る。
が、今はあえて長い竜の尾の形を残した。
今の短い手足の形を模しても、シャルロッテに上手く届かないからだ。
それに今行う事に、そこまで威力は関係ない。
竜理力の竜の尾は、強く撓るとシャルロッテの斧槍の柄を叩き、突きの軌道を僅かに狂わせる。
「……っ!?」
今の小さいイングリスの体には、その僅かなズレで十分。
穂先はイングリスに当たらず胸の前を通過して行き、次いでシャルロッテの体も目と鼻の先を通り過ぎて行く。
シャルロッテがこちらの攻撃の隙を突いてくることは想定内。
竜理力を使って攻撃を逸らす事は準備していた。
だから使わずにとって置いたのだ。
一対一の戦いもいいが、こうして複数相手に戦うのもいい。
こういう駆け引きの複雑さを楽しめる。
そして、シャルロッテはイングリスの前をただ通過したのではない。
その先には逆方向からティファニエが迫っており、その彼女と激突した。
「くっ……っ! 小賢しい!」
「女同士で抱き合う趣味なんて……!」
激突自体は、大した打撃にはなっていない。
だが、お互いの動きが衝突し硬直した隙は大きい。
「はあああぁぁっ!」
ドゴオオオォォッ!
イングリスは二人を纏めて、蹴り飛ばす。
抱き合ったままのような姿勢の二人は、弾丸のような勢いで吹き飛んで行く。
その真正面には、尻餅から立ち上がろうとする無貌の巨人が。
二人は巨人の胸元に激突し、結果的に受け止められるような形になる。
――それもまた、想定内!
「並んだ……っ! 霊素弾!」
ズゴオオオオオオオォォォッ!
巨大な霊素の光弾が、シャルロッテ達に襲い掛かる。
「くうううううぅぅぅぅぅっ……! 何て強力な!」
「何とか、逸らすだけでもっ!」
流石シャルロッテは無抵抗で消滅したりはせず、斧槍を盾に何とか受け止めようとしている。
ティファニエも今度ばかりは突っかかったりせず、それに加勢している。
そして圧される二人を身を挺して支えているのは、無貌の巨人だ。
巨人だけならば先程のように体の形自体を変えて胸に大穴を開け、霊素弾をやり過ごす事も出来るのだろうが、今それをするとシャルロッテとティファニエは遥か彼方に吹き飛ばされる。
踏ん張りも効かず、今はかろうじて凌いでいる霊素弾の直撃を浴び、最悪の場合は消滅となるかも知れない。
ただ、この程度では終わらないとイングリスは信じている。
巨人を魔印武具で操っているマクウェルは、動きを見せずに見ているままなのだ。
まだきっと、何か手を持っているに違いない。
彼からはこれだけでは終わらない、何かを感じるのだ。
手合わせの相手として、期待しているのだ。
「さあ、どうします?」
イングリスは淑やかな微笑みを、マクウェルに向けた。
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