第435話 16歳のイングリス・絶海の|天上領《ハイランド》44
「くっ……! この小さな拳が、なんて重い……っ!」
「やりますね! 流石です!」
シャルロッテの実力は素晴らしいし、喜ばしい事である。
イングリスの知る天恵武姫達より、明らかに一段上の実力を持っていると感じる。
もし彼女がリーゼロッテの母親だとするならば、天恵武姫化の適性というものは遺伝なのだろうか?
リーゼロッテも適性が極めて高いと言われていた。
シャルロッテも極めて高い天恵武姫化の適性を持っていたのだとしたら、それがこの一段抜けた力量に繋がっているのだろうか。
だとすれば、リーゼロッテが天恵武姫化すればシャルロッテに匹敵する力になるのかも知れない。
イングリスとシャルロッテの力は相殺し、二人とも地面に着地をする。
そうすると無貌の巨人は、イングリスの脇を抜いて行ってしまう事になる。
巨人は一体の機竜の尾を掴むと、勢いよく叩きつけるように地面に引き摺り下ろした。
ドガアアァァンッ!
機竜の大きな体が地面を叩く衝撃で、足元が揺れる。
「あぁっ! 機竜が!」
しかし伸び切った無貌の巨人の腕を目がけて、巨大な黒い刃が振り下ろされる。
「えええぇぇぇぇいっ!」
レオーネの黒い大剣の魔印武具だ。
巨大化させ、巨人の腕が伸び切るところを的確に狙い澄ました一撃だ。
「レオーネ! ナイス!」
「いいですわよ!」
「でも……! 斬れない……ッ!」
黒い刃は巨人の腕に食い込んではいるが、斬り飛ばす事は出来ていない。
捕まったままの機竜は、何とか振り解こうと地面でもがいている。
「! そうだ……! これならっ!」
ラフィニアが光の雨を強く引き絞る。
「レオーネ! 剣を引かずに、そのまま押し込んで!」
言いながら放った光の矢は、淡い水色の輝きを放っている。
治癒の奇蹟の効果を持つ、光の矢だ。
それがレオーネの黒い大剣の刀身を撃ち、黒い刀身に治癒の矢の水色の輝きが浸透して行く。
すると先程よりも深く、剣の刃が巨人の腕に喰い込んで行く。
「ちいぃぃっ! あれは治癒の力の奇蹟か!」
マクウェルが忌々し気に舌打ちする。
「不死者には、治癒の力が効くのよね!? あれだってそうでしょ……!?」
「よく覚えてたね、ラニ……! 偉いよ!」
シャルロッテを相手に拳と斧槍を打ち合いながら、イングリスは声をかける。ラフィニアも着実に成長しているのだ。
「これなら斬れる……!」
「わたくしも加勢致しますわ! やああぁぁぁぁぁっ!」
奇蹟の生む白い翼で飛び上がったリーゼロッテが、急降下しながら魔印武具の斧槍を振り下ろす。
それがレオーネの剣を後押しし、完全に無貌の巨人の腕を斬り飛ばしていた。
「「「やった……!」」」
ラフィニア達が声を上げる。
解放された機竜は身を起こし、飛び上がろうと翼を大きく広げる。
しかし次の瞬間――黄金の煌めきが機竜の首元に迫る。
バシュウウウゥゥンッ!
弾け飛ぶような衝撃で、機竜の首が胴体から切り離されてしまう。
首をもがれた機竜の体は力無くその場に倒れ、動かなくなった。
「「「ああぁぁっ!?」」」
「ふふ、残念……ぬか喜びだったわね?」
そう笑みを見せるのは、黄金の鎧を身に纏ったティファニエだ。
ティファニエの武器化した姿は、剣や槍でなく鎧だ。
鎧の天恵武姫である。
元ヴェネフィク軍で今は騎士アカデミーの教官であるアルルは盾の天恵武姫であるし、防具になる場合もあるのだ。
この鎧を身に纏ったティファニエは、当然先程までより防御力が高く、また動きの速さや力も増している。
イングリスの霊素殻や竜氷の鎧と同じ、身体能力を引き上げる効果も備えているのだ。
そして強化された身体能力と鎧の硬度を以てして、機竜の首を蹴りで叩き落したのである。
シャルロッテと目まぐるしく矛を交えながら、イングリスは横目でその動きを追っていた。
いざという時は、いつでも割り込めるように。
ラフィニアが騎士として生きて行く以上、戦う事を避けては通れない。
その事は分かっているのだが、ラフィニアが特級印を持つ騎士や、天恵武姫のような格上の相手と戦うのを見るのは、やはり心臓によろしくない。
どうしても心配になってしまう。
「こちらも腕を切り落とされたとて……ね」
無貌の巨人が地面に落ちた手首に両腕の断面を近づけると、何事も無かったかのようにくっ付き、元に戻ってしまう。
「戻っちゃった!」
「せっかく斬り落としたのに!」
「効いていませんの……!?」
あれはマクウェルが操ってはいるが、元は魔素流体という液体だ。
斬ったり突いたりは決定的な効果を生まない。
例えば霊素弾であるとか、神竜フフェイルベインの竜の吐息であるとか、強大な力の奔流で消滅させるしか無い。
ラフィニアの奇蹟を二種複合した治癒の矢も、一発では難しいだろうが、何十発何百発撃ち込めば倒せるかも知れない。
「いや、だがお前達のおかげで時間は稼げた! まだ一体倒されただけだ!」
こちらの攻防が続くうちに、残りの機竜達は、無貌の巨人の開けた大穴に次々飛び込んで行っていたのだ。
まだ六体の機竜が無事である。その最後が、大穴に飛び込んで行く所だった。
「ここを頼む! 私は住民達の避難に向かうっ!」
言ってヴィルマは、大穴の縁から最後尾の機竜の肩へと飛び降りた。
「ラニ達も行って! ここはわたしが食い止めるから!」
「うん……! 任せるわ、クリス!」
「二人とも、わたくしに掴まって!」
「ええ……!」
リーゼロッテがラフィニアとレオーネを連れ、ヴィルマの後を追っていく。
これで少しは、安心して手合わせを楽しむ事が出来る。
シャルロッテともティファニエともマクウェルや無貌の巨人とも、全員と手合わせをしたいし、ラフィニアが危険な相手と戦うのは出来れば避けたい。
そうなれば、この形が一番いい。
「ティファニエ、あなたは彼女等を追いなさい」
命令をされると、ティファニエは露骨に不快そうな顔をする。
シャルロッテに指図されるのは不服、と如実に物語っている。
「まあまあ、ティファニエさん。ここは仲良くして頂いて、皆さんでわたしと戦いましょう?」
イングリスはたおやかに微笑みながらティファニエを宥める。
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